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第三章 罪深いオフィーリア
第19話 勇者の帰還
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ため息交じりに重ねた罪を女神に謝罪する。
兄に会う資格は自分にはもう、ない。そう思って落ち込んでいた彼女の元に、召使が駆けるようにしてやってきた。
「聖女様、オフィーリア様! 大変です!」
彼女は我が身のように喜びながら息を切らして、報告する。
小走りに走ってきたらしい、はあはあと肩を上下させていた。
「どうしたの。いつも静かなお前が珍しいのはどういうこと?」
「勇者様です! 婚訳者のアレク様が、戦場からお戻りになられました!」
「ああ、そうなのね。ようやく」
「はい、お戻りになられました! いま来賓室においでです!」
正直言って、いま一番会いたくない男性が、勇者アレクだった。
一難去ってまた一難。
オフィーリアはため息をまた漏らす。自分にとっては最も会いたくない相手の一人が彼だった。
「そう。戻られたのね。魔王様との戦いが、一時的に休戦したということから、それででしょうね……用意をします。しばらく待っていただいて」
「はい!」
自室の鏡に映る罪深い女は、地下で妹に会いたいとずっと願っている彼にそっくりな横顔をしていた。
勇者アレクの最初の言葉はとても不躾なものだった。
「おまえに話があるのだが。偽物というのは本当か?」
「は?」
それはオフィーリアが聖女として女神リシェスの大神殿に奉公するようになってから十五年の間にかけられた侮辱的な言葉のなかで、最高位に値する聖女を愚弄する賛辞だった。
「は、ではない。本当か、と聞いている」
「聞いていると言われましても、疑っていなければ訊ねないのが、普通のことと思いますが。アレク様?」
彼女の肌は透けるように白く、銀色の髪が怒りに震えていた。
湖の底のように透けたようなアイスブルーの瞳には激しい非難の色が浮かんでいる。
しかし、相手は勇者だ。無礼は許されない。
彼の神は、オフィーリアの女神よりも古い神で、格上だった。
「問うているのは俺の方なのだがな? オフィーリア。聖女なのか偽聖女なのか、とな」
「ですから、疑いを持たなければ問いかけなどされないと、そう申しております」
女性としては背丈のある自身よりもさらに高みから挑まれては、失礼がない様に視線を逸らすしか方法はなかった。
「それに、いささか距離が近いと思いますよ、アレク。勇者としての品格を疑われます」
それとなく近すぎるんだよ、と注意を促してみる。
しかし、相手は面白がっているのか、それとも気づいていないのか。
更に上からオフィーリアの瞳を追いかけてくるのだから、彼女は対応に困ってしまった。
「勇者としての品格なんて、どうでもいい。それよりも君は聖女なのかそれとも……? そこが国を揺るがす問題になりかねない。だから、こうやって俺が訊ねに来たのだが?」
「ああ……はい」
なるほど、そういう理由ですか。
私の生まれに興味がおありですか。
「何のことでしょうか」
「そんな噂を耳にしたんだ。君には生き別れた兄君がいると」
「その噂は本当のことです。ですが彼は」
聖女の言葉を遮って勇者は叫んだ。
「彼は闇属性だ」
「……私もそう聞いています。そのために地下迷宮に送られてしまったと」
「間違いないのか」
「この国がそれを証明しておりますので。今更否定のしようがないかと」
「光属性の選ばれた僕たちが結婚するというのに、闇属性の家族がいるというのはとても都合が悪い。君にはわかるだろう?」
魔物ような真紅の瞳には、怒り見て取れる。
勇者は長い金髪を撫でつけるようにして、取り乱したと苦笑した。
屈託のないその笑顔はどんな人でも虜にしてしまう。
その笑顔を私に負けないで欲しい。私は他人の力をその身に宿すことで、あなたの側に近づいた卑しい人間だから。
オフィーリアはそんな告白ができない自分を情けないと心で罵る。
「あなたの自分の神に訊いてみてください。私も女神リシェスに確認します。兄は生きているのか、と。聖女になった時、初めて女神に問いかけたのはそのことでした」
懐かしむようにオフィーリアは言った。
アレクはその言葉に興味を持ったのか、彼女の瞳を覗き込むようにして結果は? と訊いてくる。
困ったような笑顔を浮かべ、オフィーリアは寂しそうに首を振った。
「そうか。女神がそうおっしゃるなら、そうなんだろう。なら俺たちの問題はこれで一つ片付いたことになる」
「問題? あなたは彼にどんな問題を抱えてらっしゃるの?」
「……地下迷宮を攻略しろと。国王陛下から命令が出た。君にも参加してもらうことになる」
「でも、それをすれば地上世界の安定が……他の神殿から聖女や勇者様たちをそちらに向かわせていただくことはできないの?」
私はあなたと結婚する未来を早く掴みたい。
オフィーリアはアレクの耳に、静かに囁いた。
彼の妻になれば、聖女から解放される。そうすれば今のように辛い人の生き血をすするような真似をしなくても済むのだから。
「君は可愛いね。俺は君のためならとなんでも捧げたい気分だ。この命すらもね。他の勇者たちではレベルが足りないらしい」
兄に会う資格は自分にはもう、ない。そう思って落ち込んでいた彼女の元に、召使が駆けるようにしてやってきた。
「聖女様、オフィーリア様! 大変です!」
彼女は我が身のように喜びながら息を切らして、報告する。
小走りに走ってきたらしい、はあはあと肩を上下させていた。
「どうしたの。いつも静かなお前が珍しいのはどういうこと?」
「勇者様です! 婚訳者のアレク様が、戦場からお戻りになられました!」
「ああ、そうなのね。ようやく」
「はい、お戻りになられました! いま来賓室においでです!」
正直言って、いま一番会いたくない男性が、勇者アレクだった。
一難去ってまた一難。
オフィーリアはため息をまた漏らす。自分にとっては最も会いたくない相手の一人が彼だった。
「そう。戻られたのね。魔王様との戦いが、一時的に休戦したということから、それででしょうね……用意をします。しばらく待っていただいて」
「はい!」
自室の鏡に映る罪深い女は、地下で妹に会いたいとずっと願っている彼にそっくりな横顔をしていた。
勇者アレクの最初の言葉はとても不躾なものだった。
「おまえに話があるのだが。偽物というのは本当か?」
「は?」
それはオフィーリアが聖女として女神リシェスの大神殿に奉公するようになってから十五年の間にかけられた侮辱的な言葉のなかで、最高位に値する聖女を愚弄する賛辞だった。
「は、ではない。本当か、と聞いている」
「聞いていると言われましても、疑っていなければ訊ねないのが、普通のことと思いますが。アレク様?」
彼女の肌は透けるように白く、銀色の髪が怒りに震えていた。
湖の底のように透けたようなアイスブルーの瞳には激しい非難の色が浮かんでいる。
しかし、相手は勇者だ。無礼は許されない。
彼の神は、オフィーリアの女神よりも古い神で、格上だった。
「問うているのは俺の方なのだがな? オフィーリア。聖女なのか偽聖女なのか、とな」
「ですから、疑いを持たなければ問いかけなどされないと、そう申しております」
女性としては背丈のある自身よりもさらに高みから挑まれては、失礼がない様に視線を逸らすしか方法はなかった。
「それに、いささか距離が近いと思いますよ、アレク。勇者としての品格を疑われます」
それとなく近すぎるんだよ、と注意を促してみる。
しかし、相手は面白がっているのか、それとも気づいていないのか。
更に上からオフィーリアの瞳を追いかけてくるのだから、彼女は対応に困ってしまった。
「勇者としての品格なんて、どうでもいい。それよりも君は聖女なのかそれとも……? そこが国を揺るがす問題になりかねない。だから、こうやって俺が訊ねに来たのだが?」
「ああ……はい」
なるほど、そういう理由ですか。
私の生まれに興味がおありですか。
「何のことでしょうか」
「そんな噂を耳にしたんだ。君には生き別れた兄君がいると」
「その噂は本当のことです。ですが彼は」
聖女の言葉を遮って勇者は叫んだ。
「彼は闇属性だ」
「……私もそう聞いています。そのために地下迷宮に送られてしまったと」
「間違いないのか」
「この国がそれを証明しておりますので。今更否定のしようがないかと」
「光属性の選ばれた僕たちが結婚するというのに、闇属性の家族がいるというのはとても都合が悪い。君にはわかるだろう?」
魔物ような真紅の瞳には、怒り見て取れる。
勇者は長い金髪を撫でつけるようにして、取り乱したと苦笑した。
屈託のないその笑顔はどんな人でも虜にしてしまう。
その笑顔を私に負けないで欲しい。私は他人の力をその身に宿すことで、あなたの側に近づいた卑しい人間だから。
オフィーリアはそんな告白ができない自分を情けないと心で罵る。
「あなたの自分の神に訊いてみてください。私も女神リシェスに確認します。兄は生きているのか、と。聖女になった時、初めて女神に問いかけたのはそのことでした」
懐かしむようにオフィーリアは言った。
アレクはその言葉に興味を持ったのか、彼女の瞳を覗き込むようにして結果は? と訊いてくる。
困ったような笑顔を浮かべ、オフィーリアは寂しそうに首を振った。
「そうか。女神がそうおっしゃるなら、そうなんだろう。なら俺たちの問題はこれで一つ片付いたことになる」
「問題? あなたは彼にどんな問題を抱えてらっしゃるの?」
「……地下迷宮を攻略しろと。国王陛下から命令が出た。君にも参加してもらうことになる」
「でも、それをすれば地上世界の安定が……他の神殿から聖女や勇者様たちをそちらに向かわせていただくことはできないの?」
私はあなたと結婚する未来を早く掴みたい。
オフィーリアはアレクの耳に、静かに囁いた。
彼の妻になれば、聖女から解放される。そうすれば今のように辛い人の生き血をすするような真似をしなくても済むのだから。
「君は可愛いね。俺は君のためならとなんでも捧げたい気分だ。この命すらもね。他の勇者たちではレベルが足りないらしい」
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