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第一章 ダークエルフ
第12話 死にたがりのケリー
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「あたしが自分で決めて出て行くの! 二回も死のうとした! それでも向こうが諦めてくれないんだから仕方がないじゃない!」
「だからどうしてそんなに死にたがりなんだ、お前は!」
本当に……どうしてこうなったんだ。
キースは呆れたように口のなかでぼやいた。
「文句は父親に言ってよね! あの飲んだくれで借金ばっかり作って、娘を金貸しの嫁にしようとしているろくでなしに!」
「……お前の気持ちはよくわかる。だが父親のことを悪く言うもんじゃない。あいつだって冒険で、片足を無くさなければ、あんな風にはならなかったんだ」
「そうかもね! でももう十年以上よ! 働いてお金を貯めれば、神殿で足を作ってもらうことができるのに!」
不遇なままに、不自由な足で稼いできたお金を、あいつは全部飲み代にあててしまった。
それだけでは飽き足らず、金貸しに金を借りてまで、酒を飲もうとした。
結果がこれだ。
「あいつの足に俺も責任がある。あの時、俺も参加していた」
「先生は……先生は、悪くないわよ。だって、お父さんを庇って先生だって大怪我を負ったんだから。さっきまでは私の先生だった」
「さっきまでか? たった数週間の教師だな」
「それでも元先生は元先生よ。でもあたしの人生なの。自分の好きなようにさせて欲しい。どっか間違ってる?」
ケリーは理解を示して欲しいと、片手を広げて見せた。
荒れた手だ。
冬の冷たい水と空気に晒される農家の手伝いは、決して楽じゃない。
まだ十四歳。街の中で同じ年頃の娘達は恋や遊びに花を咲かせていることだろう。
そう思うと、キースはなぜかやるせなさを感じた。
自分も彼女の父親と同じように毎晩のように飲んでいるからだ。
そういえば昨夜不思議な女性から連絡先をもらった気がするが。
何かメッセージも入っていたような気もするが。
そこに書かれていた時間と場所も、なんだかここと近いような気がするが。
まあ今はそんなことはどうでもいい。
ケリーのことが先だ。
「油切って街の人みんなから嫌われている金貸しのあいつに。あんなやつの愛人になるくらいだったら死んだ方がマシよ!」
「だからこの前、死のうとしたのか?」
「そうよ! これから死んでもいいわ!」
ちょうど、駅の真後ろは、迷宮へと続く深い竪穴になっている。
そこから吹き上げて来る寒風に、キースは開いていた上着の襟元を閉じた。
ケリーの視線は、その竪穴と人がそこに落ちないように立てられている柵へと注がれている。
その瞳には、怯えるとか、おじけづくとか、そういったものは見えない。
まったく。
死ぬことを決めた人間のすわってしまった肚の大きさには、毎回のことながら驚かされる。
そのふてぶてしさには、呆れを通り越して、驚嘆のまなざしすらおくってしまうほどだ。
「まあそういうんだったら。好きにしたらいいと思うんだが」
「ならそうするわよ!」
と、言いながらもケリーの言葉には、先ほどまでの勢いはない。
ようやく落ち着いたその背中は、切り立った断崖の果てに、歩を進めようとしていた。
あと数歩頑張って歩けば、そこには竪穴が待っている。
とはいっても、最下層まで続いているわけではなく、第四階層の海がそこには広がっている。
ざぶざぶと冬の荒波が、竪穴の上にまで押し寄せているのだ。
こんな寒い時期に飛び降りたら、さぞかし身も心も凍ることだろう。
その前に断崖絶壁といっても、そこは緩やかな傾斜となっている。
海中に沈む前に、鋭く角度を描き出した部分に、体を強く打ち付けて、後悔の念が心に生まれる方が早いんじゃないだろうか。
そう思ってしまった。
「そっから飛び降りても、痛いだけだと思うんだよなー」
「あなたね……。これから死のうかっていう人間を脅す気? 良い度胸ね」
「度胸があるかどうかって言えば君の方がよほど、あるんじゃないか?」
「あたしは――」
今やっている行為が褒められたかのように感じて、ケリーの思考は一時停止した。
度胸がある? あたしが? 岸壁に打ち付ける波のように絶え間なくやってくる痛みから逃げようとしている、こんな自分が?
ケリーの表情はそんな内心を物語るように、不安に揺れていた。
「なんだよ? 死にたいんだろ? 俺の生徒になってからずっとそんなことばっかり言ってるじゃないか」
「……あなたには話してない! 話したの先生……だから」
「俺がその先生なんだが?」
「もう生徒じゃないから! ほっといてよ!」
「生徒じゃない、か」
「そうよ!」
ケリーがいままでの落ち着きが嘘だったみたいに、小鹿のように跳ねて柵へと向けて走り出す。
彼女の腰ほどまでしかない柵を、ケリーの身体能力なら、簡単に飛び越えれるだろう。
しかし、ケリーは立ち止まってしまった。
キースがいつのまにか距離を縮めて、眼前に立ちふさがったからだ。
彼女は逃げるようにして身をよじった。
キースは手を掴み、それを離さない。彼は力強く、少女がいくら足掻いてもかなわない。
「無茶するな!」
「やだっ!」
離して! 強い拒絶の声が心の中から湧き上がる。
「だからどうしてそんなに死にたがりなんだ、お前は!」
本当に……どうしてこうなったんだ。
キースは呆れたように口のなかでぼやいた。
「文句は父親に言ってよね! あの飲んだくれで借金ばっかり作って、娘を金貸しの嫁にしようとしているろくでなしに!」
「……お前の気持ちはよくわかる。だが父親のことを悪く言うもんじゃない。あいつだって冒険で、片足を無くさなければ、あんな風にはならなかったんだ」
「そうかもね! でももう十年以上よ! 働いてお金を貯めれば、神殿で足を作ってもらうことができるのに!」
不遇なままに、不自由な足で稼いできたお金を、あいつは全部飲み代にあててしまった。
それだけでは飽き足らず、金貸しに金を借りてまで、酒を飲もうとした。
結果がこれだ。
「あいつの足に俺も責任がある。あの時、俺も参加していた」
「先生は……先生は、悪くないわよ。だって、お父さんを庇って先生だって大怪我を負ったんだから。さっきまでは私の先生だった」
「さっきまでか? たった数週間の教師だな」
「それでも元先生は元先生よ。でもあたしの人生なの。自分の好きなようにさせて欲しい。どっか間違ってる?」
ケリーは理解を示して欲しいと、片手を広げて見せた。
荒れた手だ。
冬の冷たい水と空気に晒される農家の手伝いは、決して楽じゃない。
まだ十四歳。街の中で同じ年頃の娘達は恋や遊びに花を咲かせていることだろう。
そう思うと、キースはなぜかやるせなさを感じた。
自分も彼女の父親と同じように毎晩のように飲んでいるからだ。
そういえば昨夜不思議な女性から連絡先をもらった気がするが。
何かメッセージも入っていたような気もするが。
そこに書かれていた時間と場所も、なんだかここと近いような気がするが。
まあ今はそんなことはどうでもいい。
ケリーのことが先だ。
「油切って街の人みんなから嫌われている金貸しのあいつに。あんなやつの愛人になるくらいだったら死んだ方がマシよ!」
「だからこの前、死のうとしたのか?」
「そうよ! これから死んでもいいわ!」
ちょうど、駅の真後ろは、迷宮へと続く深い竪穴になっている。
そこから吹き上げて来る寒風に、キースは開いていた上着の襟元を閉じた。
ケリーの視線は、その竪穴と人がそこに落ちないように立てられている柵へと注がれている。
その瞳には、怯えるとか、おじけづくとか、そういったものは見えない。
まったく。
死ぬことを決めた人間のすわってしまった肚の大きさには、毎回のことながら驚かされる。
そのふてぶてしさには、呆れを通り越して、驚嘆のまなざしすらおくってしまうほどだ。
「まあそういうんだったら。好きにしたらいいと思うんだが」
「ならそうするわよ!」
と、言いながらもケリーの言葉には、先ほどまでの勢いはない。
ようやく落ち着いたその背中は、切り立った断崖の果てに、歩を進めようとしていた。
あと数歩頑張って歩けば、そこには竪穴が待っている。
とはいっても、最下層まで続いているわけではなく、第四階層の海がそこには広がっている。
ざぶざぶと冬の荒波が、竪穴の上にまで押し寄せているのだ。
こんな寒い時期に飛び降りたら、さぞかし身も心も凍ることだろう。
その前に断崖絶壁といっても、そこは緩やかな傾斜となっている。
海中に沈む前に、鋭く角度を描き出した部分に、体を強く打ち付けて、後悔の念が心に生まれる方が早いんじゃないだろうか。
そう思ってしまった。
「そっから飛び降りても、痛いだけだと思うんだよなー」
「あなたね……。これから死のうかっていう人間を脅す気? 良い度胸ね」
「度胸があるかどうかって言えば君の方がよほど、あるんじゃないか?」
「あたしは――」
今やっている行為が褒められたかのように感じて、ケリーの思考は一時停止した。
度胸がある? あたしが? 岸壁に打ち付ける波のように絶え間なくやってくる痛みから逃げようとしている、こんな自分が?
ケリーの表情はそんな内心を物語るように、不安に揺れていた。
「なんだよ? 死にたいんだろ? 俺の生徒になってからずっとそんなことばっかり言ってるじゃないか」
「……あなたには話してない! 話したの先生……だから」
「俺がその先生なんだが?」
「もう生徒じゃないから! ほっといてよ!」
「生徒じゃない、か」
「そうよ!」
ケリーがいままでの落ち着きが嘘だったみたいに、小鹿のように跳ねて柵へと向けて走り出す。
彼女の腰ほどまでしかない柵を、ケリーの身体能力なら、簡単に飛び越えれるだろう。
しかし、ケリーは立ち止まってしまった。
キースがいつのまにか距離を縮めて、眼前に立ちふさがったからだ。
彼女は逃げるようにして身をよじった。
キースは手を掴み、それを離さない。彼は力強く、少女がいくら足掻いてもかなわない。
「無茶するな!」
「やだっ!」
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