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悪い狼
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「お前が村を出て神殿に向かってからどれくらいだ……半年も経ってない頃だ。この村に旅人がやってきた」
「……旅人? こんな辺鄙な村に来るなんて珍しいわね」
「そうだろう?」
「ええ……目当ては精霊王様?」
「なんでわかる」
「なんとなく」
行商人、近隣の村々の誰か、王国からの使者。
いろいろとこれまでの話から思い浮かぶ関係者をあたまの中に並べてみるが、どうもそれが一番ただしいような気がしたから、ライラはそう答えてみる。
神殿関係者なら大神殿に行くだろうし、彼は……精霊王は現世ではあちらによく顔を出しているようでこの村はあまり気にかけて貰えていないような気がした。
「そうか。放浪の剣士だった。顔見知りだと言って、村はずれの祠に行かれてさ。それから二週間ほど出てこなかった。村に戻ってきた彼女にお前を預かっと言われ面食らったが。そのまま村を出てついていくことになった」
彼女? 女剣士? と頭でライラは変換する。
あの祠の向こうは神の世界に通じているからそこで二週間を滞在したのだろうと推測する。
女性が神に遇されるような、高位の名のある存在だとも理解する。
「それからどうしたの?」
「あー弟子になった。剣を教えてもらいながら、東、西、南の大陸と……あと、天空大陸。ハグーンや各地の竜族、魔族、精霊王や妖精王たちに拝謁した。あと、地下の魔界にも……行った」
「へえ」
恋愛したての男女や新婚生活の甘い時間を過ごす男女じゃあるまいし。
男がグダグダとこう語る時は、たいていが自分を自慢したいときだ。
神殿で同僚や部下の男性たちと交友経験でそう知っているライラは、あまり興味を示さない。
アレンは思ったような手ごたえのなさを感じながら、話を続ける。
「弟子になり、しばらくして称号も貰えた。あまり無いことらしい」
「それはいつ頃のことなの?」
「村に戻ってくる少し前、だ」
「十四、五歳ってこと?」
「もう少し……前だな」
「そう。良い称号だったらよかったと思って」
「あり、がとう……なかなか良いものだと思うよ」
「村からでて、蒼狼の本来の血が力を取り戻したって実感はあったの?」
「え?」
いきなり出てきた質問にアレンは面食らう。
それはそうだけど、もう少し自分の話を聞いてくれてもいいじゃないか。
彼の目はそう求めていた。
しかし、少女は興味を示さない。
「どうなの? あったの、なかったの」
「あ、あったさ。あったから、ここまで……剣皇まで成れた」
「それはおめでとう……けん、のう?」
「そうだが――?」
どうした、といぶかしむアレンの視線は気にならない。
ライラの脳裏でその特別な名前の由来と階級が思い浮かぶ。
王、帝、皇、聖。
そんな感じにしたから上へと上る剣士の称号は、流派とかそんなものではなくてたった一人の頂点にいる聖の称号を前の剣聖から受けついた者のみが弟子に与えることができる。
となると、アレンの師は当代の剣聖だということになる。
初代はたった一晩で二万の魔王軍を滅ぼした英雄。
それも一人で第八位の魔王を打ち滅ぼし、その空いた席は未だに空位だという。
今は六代目だったかなあ、と記憶の中を掘り起こす。
三代目の真紅のミランダから剣聖は代々、獣人が受け継いできたはず。
だから彼にそれを伝えようとした? いやいや、それはいまはどうでもいい。
六代目って……。
「黒髪の薔薇姫……ラティア様?」
「あ、え? ああ、そうだが。知り合いか」
「一度だけ、お会いしたことがあるけど……そうなんだ」
「剣聖を名乗っていいとも言われているが、俺にはどうにも重くてな」
「名乗ったら……どうなる、の」
そんなどうでもいいことをついつい質問してしまう。
黒薔薇姫が相手だと、自分には勝ち目ないような気がするのはなぜだろう。
弟子のディアスが女と知っただけで動揺するのに、どうして自分を追いつめるようなことを私はしてしまうのだろう。
名乗ったらどうなるかも知っているというのに。
「……一つどころにはいれなくなる。ついでに家族も、な。持てなくなる」
「どっちが本当?」
「なに? いや、それは」
分かるだろう?
そう言われそうな気がした。
言われたら、はい。そう答えそうな自分がいた。
深く知ることのできないままに、うやむやにしてしまいそうな自分の心の弱さをライラは感じた。
それではだめ。
叱咤激励して、理性をどうにか呼び戻す。
彼が好きだから全部受け入れる、それではだめだと。
今だからこそ初めてだからこそ聞いておかなければならないこともここにはある。
そう思って、
「どっちも本当だって言うのは分かっているけど、私が知りたいのはあなたの……ごめんなさい。聞くべきじゃなかったかもしれない」
「聞いておいてそれはないだろライラ」
「うぬぼれだと思われたくない……から」
「そういう質問はもっと仲が深くなってからしても良かったんじゃないのかなと、俺は思うんだがな」
アレンはそう言って壁向こうを指さした。
「……みんな、聞いているし」
「知っているわよ……馬鹿」
そうか、と剣皇は頷いていた。
彼の尾が一度止まり、しゅっと上に巻かれていくのをライラは見た。
緊張する時に起きるあの動作だと理解する。
彼も心のなかに秘めていたものがあるのだと感じ取る。
それが愛なのか、それとも村を優先する決意なのか。
どちらかライラには分からないけれど、前者であって欲しいとは思っていた。
「なんだか話が逸れてしまったよな。元に戻そう」
「あ……はい」
なんだ。
言ってくれないのか。
そう思ったら、自分の尾があっという間に膨らみを失ったのを感じた。
せっかく育ててきた期待感がぽっきりと折れてしまった。
もう一度、同じくらいに育てるのは難しいんだからね。
話題を逸らせたのは自分だと分かっているけど、それは見て見ぬふりだ。
はっきりとしないアレンが悪い。
女はいつでも自分勝手だとライラは自覚する。
「村に出れば祖先の能力が戻る。これは俺の体験で確認できた。その前後……俺が村に戻る前後からだ。三年前ほどから」
「子供たちを集めて村から出すようにした? 合法的に、奴隷売買を通じて?」
「なんでそんなことを、と言いたいだろうな」
「それはもちろん。その通りじゃない。他にもやりようはあったはずだし、それに今更、数百年の間失ってきた祖先の能力を取り戻す必要なんて……」
幼い子供達を犠牲にしてまでやる必要はどこにもない。
それがこれまでの経緯を見にしたライラの意見だった。しかしアレンは、俺だけの考えではないと首を振る。
どういうこと? その質問をするのはとても愚かだとライラには分かっていた。
もっと上の人間達が考えたこと。
村長とか神父とか、国王とか。そんな類ではなくもっと上。
思いいたって、確認するように口を突いて出た。
「精霊王様がそう……望まれたって言うの? 私が聖女になりその故郷だというのに?」
「むしろお前の出身だからこそ、そう考えるとかもしれん」
「そんなっ」
「魔王の血筋。それは俺も知っているよ。ずっとずっと過去をさかのぼれば色んな問題があったこと俺は旅を通して知ることができた。だけどそれも今ここで語るべきじゃない。それと俺が剣聖を名乗らなかったのは、ここにずっと定住できないっていうのもあったしお前との約束も忘れていない」
「は? え……待って、なんか話が違う」
「違うことはないよ。俺たちの神が命じたことだ。聖女は現世での神の代理人。その代理人には必ずもう一人の代理人が寄り添う。それは知っているだろう?」
「……だから、ならなかったって……こと?」
「なってしまったら俺は永遠にお前のそばにいられないから。ライラ、こんな形ですまん。お前が戻ってきたら一緒になろうって約束は必ず守ろうと思ってた」
本当に卑怯な方法で。
本当に意外なやり方で。
とっても……とても予想しなかった方向から。
ずっと待ち望んでいたその一言がやってくるなんて。
聞いた瞬間、熱いものが頬を伝ったことも。
鼻の奥が熱くなってしまって何も言えなくなってしまったことも。
全部ぜんぶ、アレンが悪い。
何もかもが彼のせいで彼が悪い!
そう心で叫びながらでも言葉にすることができないまま。
聖女はようやく一人の少女なって、待ち望んだ恋人の腕の中に抱き締められていた。
「……旅人? こんな辺鄙な村に来るなんて珍しいわね」
「そうだろう?」
「ええ……目当ては精霊王様?」
「なんでわかる」
「なんとなく」
行商人、近隣の村々の誰か、王国からの使者。
いろいろとこれまでの話から思い浮かぶ関係者をあたまの中に並べてみるが、どうもそれが一番ただしいような気がしたから、ライラはそう答えてみる。
神殿関係者なら大神殿に行くだろうし、彼は……精霊王は現世ではあちらによく顔を出しているようでこの村はあまり気にかけて貰えていないような気がした。
「そうか。放浪の剣士だった。顔見知りだと言って、村はずれの祠に行かれてさ。それから二週間ほど出てこなかった。村に戻ってきた彼女にお前を預かっと言われ面食らったが。そのまま村を出てついていくことになった」
彼女? 女剣士? と頭でライラは変換する。
あの祠の向こうは神の世界に通じているからそこで二週間を滞在したのだろうと推測する。
女性が神に遇されるような、高位の名のある存在だとも理解する。
「それからどうしたの?」
「あー弟子になった。剣を教えてもらいながら、東、西、南の大陸と……あと、天空大陸。ハグーンや各地の竜族、魔族、精霊王や妖精王たちに拝謁した。あと、地下の魔界にも……行った」
「へえ」
恋愛したての男女や新婚生活の甘い時間を過ごす男女じゃあるまいし。
男がグダグダとこう語る時は、たいていが自分を自慢したいときだ。
神殿で同僚や部下の男性たちと交友経験でそう知っているライラは、あまり興味を示さない。
アレンは思ったような手ごたえのなさを感じながら、話を続ける。
「弟子になり、しばらくして称号も貰えた。あまり無いことらしい」
「それはいつ頃のことなの?」
「村に戻ってくる少し前、だ」
「十四、五歳ってこと?」
「もう少し……前だな」
「そう。良い称号だったらよかったと思って」
「あり、がとう……なかなか良いものだと思うよ」
「村からでて、蒼狼の本来の血が力を取り戻したって実感はあったの?」
「え?」
いきなり出てきた質問にアレンは面食らう。
それはそうだけど、もう少し自分の話を聞いてくれてもいいじゃないか。
彼の目はそう求めていた。
しかし、少女は興味を示さない。
「どうなの? あったの、なかったの」
「あ、あったさ。あったから、ここまで……剣皇まで成れた」
「それはおめでとう……けん、のう?」
「そうだが――?」
どうした、といぶかしむアレンの視線は気にならない。
ライラの脳裏でその特別な名前の由来と階級が思い浮かぶ。
王、帝、皇、聖。
そんな感じにしたから上へと上る剣士の称号は、流派とかそんなものではなくてたった一人の頂点にいる聖の称号を前の剣聖から受けついた者のみが弟子に与えることができる。
となると、アレンの師は当代の剣聖だということになる。
初代はたった一晩で二万の魔王軍を滅ぼした英雄。
それも一人で第八位の魔王を打ち滅ぼし、その空いた席は未だに空位だという。
今は六代目だったかなあ、と記憶の中を掘り起こす。
三代目の真紅のミランダから剣聖は代々、獣人が受け継いできたはず。
だから彼にそれを伝えようとした? いやいや、それはいまはどうでもいい。
六代目って……。
「黒髪の薔薇姫……ラティア様?」
「あ、え? ああ、そうだが。知り合いか」
「一度だけ、お会いしたことがあるけど……そうなんだ」
「剣聖を名乗っていいとも言われているが、俺にはどうにも重くてな」
「名乗ったら……どうなる、の」
そんなどうでもいいことをついつい質問してしまう。
黒薔薇姫が相手だと、自分には勝ち目ないような気がするのはなぜだろう。
弟子のディアスが女と知っただけで動揺するのに、どうして自分を追いつめるようなことを私はしてしまうのだろう。
名乗ったらどうなるかも知っているというのに。
「……一つどころにはいれなくなる。ついでに家族も、な。持てなくなる」
「どっちが本当?」
「なに? いや、それは」
分かるだろう?
そう言われそうな気がした。
言われたら、はい。そう答えそうな自分がいた。
深く知ることのできないままに、うやむやにしてしまいそうな自分の心の弱さをライラは感じた。
それではだめ。
叱咤激励して、理性をどうにか呼び戻す。
彼が好きだから全部受け入れる、それではだめだと。
今だからこそ初めてだからこそ聞いておかなければならないこともここにはある。
そう思って、
「どっちも本当だって言うのは分かっているけど、私が知りたいのはあなたの……ごめんなさい。聞くべきじゃなかったかもしれない」
「聞いておいてそれはないだろライラ」
「うぬぼれだと思われたくない……から」
「そういう質問はもっと仲が深くなってからしても良かったんじゃないのかなと、俺は思うんだがな」
アレンはそう言って壁向こうを指さした。
「……みんな、聞いているし」
「知っているわよ……馬鹿」
そうか、と剣皇は頷いていた。
彼の尾が一度止まり、しゅっと上に巻かれていくのをライラは見た。
緊張する時に起きるあの動作だと理解する。
彼も心のなかに秘めていたものがあるのだと感じ取る。
それが愛なのか、それとも村を優先する決意なのか。
どちらかライラには分からないけれど、前者であって欲しいとは思っていた。
「なんだか話が逸れてしまったよな。元に戻そう」
「あ……はい」
なんだ。
言ってくれないのか。
そう思ったら、自分の尾があっという間に膨らみを失ったのを感じた。
せっかく育ててきた期待感がぽっきりと折れてしまった。
もう一度、同じくらいに育てるのは難しいんだからね。
話題を逸らせたのは自分だと分かっているけど、それは見て見ぬふりだ。
はっきりとしないアレンが悪い。
女はいつでも自分勝手だとライラは自覚する。
「村に出れば祖先の能力が戻る。これは俺の体験で確認できた。その前後……俺が村に戻る前後からだ。三年前ほどから」
「子供たちを集めて村から出すようにした? 合法的に、奴隷売買を通じて?」
「なんでそんなことを、と言いたいだろうな」
「それはもちろん。その通りじゃない。他にもやりようはあったはずだし、それに今更、数百年の間失ってきた祖先の能力を取り戻す必要なんて……」
幼い子供達を犠牲にしてまでやる必要はどこにもない。
それがこれまでの経緯を見にしたライラの意見だった。しかしアレンは、俺だけの考えではないと首を振る。
どういうこと? その質問をするのはとても愚かだとライラには分かっていた。
もっと上の人間達が考えたこと。
村長とか神父とか、国王とか。そんな類ではなくもっと上。
思いいたって、確認するように口を突いて出た。
「精霊王様がそう……望まれたって言うの? 私が聖女になりその故郷だというのに?」
「むしろお前の出身だからこそ、そう考えるとかもしれん」
「そんなっ」
「魔王の血筋。それは俺も知っているよ。ずっとずっと過去をさかのぼれば色んな問題があったこと俺は旅を通して知ることができた。だけどそれも今ここで語るべきじゃない。それと俺が剣聖を名乗らなかったのは、ここにずっと定住できないっていうのもあったしお前との約束も忘れていない」
「は? え……待って、なんか話が違う」
「違うことはないよ。俺たちの神が命じたことだ。聖女は現世での神の代理人。その代理人には必ずもう一人の代理人が寄り添う。それは知っているだろう?」
「……だから、ならなかったって……こと?」
「なってしまったら俺は永遠にお前のそばにいられないから。ライラ、こんな形ですまん。お前が戻ってきたら一緒になろうって約束は必ず守ろうと思ってた」
本当に卑怯な方法で。
本当に意外なやり方で。
とっても……とても予想しなかった方向から。
ずっと待ち望んでいたその一言がやってくるなんて。
聞いた瞬間、熱いものが頬を伝ったことも。
鼻の奥が熱くなってしまって何も言えなくなってしまったことも。
全部ぜんぶ、アレンが悪い。
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