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新たな危機
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これは驚きました。
そう言いたいのをぐっと喉元におさめて、ライラは教会で待っていた相手を上から下までじっと見降ろしてみた。
とはいえ、相手は祭壇の上にいてライラとリー騎士長、それに村人やディアスなどは説法を聞くためにしつらえられている、横に数列、後方にその倍の列が並ぶ長椅子と長椅子の間。
数段下がった広間にいるから、彼を見上げるといったほうが正しい。
「なかなか、遅い到着でしたな、聖女様」
彼はそう言い、神殿騎士でも騎士長クラスのものしかつけることを許されない、リー騎士長とはまた違った銀色の胸当てに横一文字の朱色の線が三本引かれたものを着用していた。
「朱色の一本は神殿本部勤務、二本は城塞都市の管理勤務、三本は……神殿直轄地の守護と決まっていますが。これはどういうことでしょか、グラント……騎士長?」
「お待ちしていましたよ、聖女様。ああ、騎士長ではなく、グラント守護卿となりますな」
二十歳の金髪の青年は、自分はいまは貴方の上司だ。
さもそう言いたそうな顔をして、そこに立っていた。
壇上にいるのは三人。グラント守護卿、元々この教会の管理を任されていた神官、そして――。
「そう、守護卿とはまた分不相応な地位を手にしましたね。神殿大学を出た者の中では、異例の出世だわ。ああ、皆様、どうぞ、席にお座りになってください。いつまでも立つのは辛いでしょうから」
「そうだな。足が棒になりそうだよ」
ディアスがお前、と睨む相手は一人の細身の蒼狼族の若者。
全身が真っ青と言ってもいい彼は、まだら模様が多いこの村の若者にしては目立っていた。
「イブリース。言葉が過ぎるぞ!?」
「ディアス、良いの。イブリース? 知らない名前ね」
「……アレンの、師匠の弟です。聖女様は村を出られてからすぐに生まれた――純血かもしれないと言われています。その分、態度も大きい……」
純血、ね。
確かに、蒼狼族の伝え聞くままの純粋な色模様をしている。
だからイブリース、か。蒼狼族の救世主たる英雄の名前だ。
「後にしましょう。グラント守護卿、貴方も降りてきなさいな」
ライラは神殿では大神官と同格の聖女。
神殿の序列で言えば、はるかに足元にいるはずのグラントごときに見下ろされる覚えはなかった。
「これは手厳しい。貴方の席を温めていたのですよ、どうぞ」
「……温めるって立っていただけじゃない。無作法な……」
入れ替わりになるようにライラがグラントと階段ですれ違った時にそんな嫌味を言うと、彼は炎がこもったような視線でこちらを激しくねめつけるように見てから、ふいっと顔をそらして降りていく。
ライラが壇上に立ち、長年この村、アルフライラを守ってくれた神官、ゼフトに黙礼をすると、最後に壇上にいた青年は身じろぎ一つしないまま、沈黙の中で彼女を迎えていた。
「聖女様、お会いできて光栄です。このような一地方のさびれた教会の主が貴方様に、お目にかかれる機会など生涯あるかないか」
「大変、ご苦労でした。ゼフト神官。かなうならば、その力が及ぶ限りライラを助けていただければと思います」
それはもちろんです、とゼフト神官はそう言い、しかし、どこか不安そうな目をして視線でライラに合図をする。
彼の左眼がふと見たのはやはりグラント守護卿かと思いきや、後ろに控えているはずの幼馴染アレンだと思われる男性だった。
「今年の雪竜の被害は甚大になりましょう。それはこの北のアルフライラも同じ。グラント守護卿はその加勢に、と。お越しになられたようです」
「そう、ありがとうございます、ゼフト神官。雪竜退治など愚かなことはなりませんよ、グラント守護卿?」
早く会話を後ろの男性に振りたいのに。
どうも彼には何か危険があるとゼフト神官は伝えたいらしい。しかし、アレンであればそんな危険な存在になるはずもなく――情報が少なすぎた。
時間稼ぎをするべきかと、ライラは村人たちに話を振ってみる。
「みな、ご苦労様でした。ここには村人一同が? 村長?」
「あーいえ……朝早く野良仕事に出ている者もおりますし、家で火元を管理している女たちももちろん。危険ですので、子供には外では遊ばないようにと……」
「危険? この村は魔族との国境線に近いものの、精霊王様の別なる結界が張られているはず……」
王国全体を守るべき結界とは別のものがもう一つ。
ライラの故郷ということで、精霊王が施した結界があったはずだ。
それに――大神官や代々の聖女にしか伝えられていないが、この村の水源近くには水の精霊王の神殿への、いくつかある入り口も存在する。
危険の意味がライラには理解できない。
「何ですか、危険、とは……?」
「それは……」
村長が言い淀み、グラント守護卿がひそやかに微笑んだ時。
「獣人狩りだよ、ライラ」
黄金色に輝く麦帆のような力強い声に、かすかな威厳と新しい命を育むものを見守るような大地の優しさを備えたあの懐かしい声が、ライラを思わず振り向かせていた。
彼は間違いない。そう、あのアレンだとライラは確信した。
そう言いたいのをぐっと喉元におさめて、ライラは教会で待っていた相手を上から下までじっと見降ろしてみた。
とはいえ、相手は祭壇の上にいてライラとリー騎士長、それに村人やディアスなどは説法を聞くためにしつらえられている、横に数列、後方にその倍の列が並ぶ長椅子と長椅子の間。
数段下がった広間にいるから、彼を見上げるといったほうが正しい。
「なかなか、遅い到着でしたな、聖女様」
彼はそう言い、神殿騎士でも騎士長クラスのものしかつけることを許されない、リー騎士長とはまた違った銀色の胸当てに横一文字の朱色の線が三本引かれたものを着用していた。
「朱色の一本は神殿本部勤務、二本は城塞都市の管理勤務、三本は……神殿直轄地の守護と決まっていますが。これはどういうことでしょか、グラント……騎士長?」
「お待ちしていましたよ、聖女様。ああ、騎士長ではなく、グラント守護卿となりますな」
二十歳の金髪の青年は、自分はいまは貴方の上司だ。
さもそう言いたそうな顔をして、そこに立っていた。
壇上にいるのは三人。グラント守護卿、元々この教会の管理を任されていた神官、そして――。
「そう、守護卿とはまた分不相応な地位を手にしましたね。神殿大学を出た者の中では、異例の出世だわ。ああ、皆様、どうぞ、席にお座りになってください。いつまでも立つのは辛いでしょうから」
「そうだな。足が棒になりそうだよ」
ディアスがお前、と睨む相手は一人の細身の蒼狼族の若者。
全身が真っ青と言ってもいい彼は、まだら模様が多いこの村の若者にしては目立っていた。
「イブリース。言葉が過ぎるぞ!?」
「ディアス、良いの。イブリース? 知らない名前ね」
「……アレンの、師匠の弟です。聖女様は村を出られてからすぐに生まれた――純血かもしれないと言われています。その分、態度も大きい……」
純血、ね。
確かに、蒼狼族の伝え聞くままの純粋な色模様をしている。
だからイブリース、か。蒼狼族の救世主たる英雄の名前だ。
「後にしましょう。グラント守護卿、貴方も降りてきなさいな」
ライラは神殿では大神官と同格の聖女。
神殿の序列で言えば、はるかに足元にいるはずのグラントごときに見下ろされる覚えはなかった。
「これは手厳しい。貴方の席を温めていたのですよ、どうぞ」
「……温めるって立っていただけじゃない。無作法な……」
入れ替わりになるようにライラがグラントと階段ですれ違った時にそんな嫌味を言うと、彼は炎がこもったような視線でこちらを激しくねめつけるように見てから、ふいっと顔をそらして降りていく。
ライラが壇上に立ち、長年この村、アルフライラを守ってくれた神官、ゼフトに黙礼をすると、最後に壇上にいた青年は身じろぎ一つしないまま、沈黙の中で彼女を迎えていた。
「聖女様、お会いできて光栄です。このような一地方のさびれた教会の主が貴方様に、お目にかかれる機会など生涯あるかないか」
「大変、ご苦労でした。ゼフト神官。かなうならば、その力が及ぶ限りライラを助けていただければと思います」
それはもちろんです、とゼフト神官はそう言い、しかし、どこか不安そうな目をして視線でライラに合図をする。
彼の左眼がふと見たのはやはりグラント守護卿かと思いきや、後ろに控えているはずの幼馴染アレンだと思われる男性だった。
「今年の雪竜の被害は甚大になりましょう。それはこの北のアルフライラも同じ。グラント守護卿はその加勢に、と。お越しになられたようです」
「そう、ありがとうございます、ゼフト神官。雪竜退治など愚かなことはなりませんよ、グラント守護卿?」
早く会話を後ろの男性に振りたいのに。
どうも彼には何か危険があるとゼフト神官は伝えたいらしい。しかし、アレンであればそんな危険な存在になるはずもなく――情報が少なすぎた。
時間稼ぎをするべきかと、ライラは村人たちに話を振ってみる。
「みな、ご苦労様でした。ここには村人一同が? 村長?」
「あーいえ……朝早く野良仕事に出ている者もおりますし、家で火元を管理している女たちももちろん。危険ですので、子供には外では遊ばないようにと……」
「危険? この村は魔族との国境線に近いものの、精霊王様の別なる結界が張られているはず……」
王国全体を守るべき結界とは別のものがもう一つ。
ライラの故郷ということで、精霊王が施した結界があったはずだ。
それに――大神官や代々の聖女にしか伝えられていないが、この村の水源近くには水の精霊王の神殿への、いくつかある入り口も存在する。
危険の意味がライラには理解できない。
「何ですか、危険、とは……?」
「それは……」
村長が言い淀み、グラント守護卿がひそやかに微笑んだ時。
「獣人狩りだよ、ライラ」
黄金色に輝く麦帆のような力強い声に、かすかな威厳と新しい命を育むものを見守るような大地の優しさを備えたあの懐かしい声が、ライラを思わず振り向かせていた。
彼は間違いない。そう、あのアレンだとライラは確信した。
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