15 / 34
抱擁
しおりを挟む
「お手を、聖女様」
「あ、ええ。ありがとう」
手を引かれた。
段差があるからと、お気をつけ下さいと案内が入る。
思ったよりも高いその声は優しそうだがどこかぶっきらぼうで、優しさ以上に冷たい物―ーよく切れる鋭利なナイフのような触感も感じさせた。
それも、懐の中に潜ませて使うような、暗器のようなぶっそうさを。
「大地は一昨日までの雨でぬかるんでいます。お洋服に汚れなど着きませんようお気を付けください」
「……ええ、ありがとう。――アレン……」
アレン? 俯いていた彼の視線がふと上に上がる。
ウロブが不思議そうな顔をした。訂正するように彼が言葉をつなぐ。
「ライラ、聖女様。アレンがどうかしましたか?」
「え……いえ、覚えているのは彼と家族とあと数名だけでしたから……」
「左様で。では、ご案内を。ディアス、抱えて差し上げろ」
「えっでも――私は女性……」
しかし、その困惑は直ぐに消え去ってしまう。
ディアス、その名前は女性につけられる名前だったからだ。
そう、屈強な男と思えた戦士は、同年代の女性だった。
高いと思えた声はそのせいだった。それにしてもここまで鍛えあげるなんて。
ライラは改めて心で驚いていた。
「ディアスです、お姉様」
「姉?」
「正確には師匠アレンの弟子です。師匠とライラ様はよく知られている仲だと伺っていましたから……出迎えにいくように申し付けられておりました」
申し付けられていた。
そこになにか妙な引っ掛かりを感じながらも、ライアはディアスの好意に甘えて全身を預けた。凄い……自分ならこんなにしっかりと持ち上げれても、ずっとは続かないかもしれない。
「そう……彼は――無事なの?」
「お姉様はまず、教会に行かれるべきかと思われます。その後でも宜しいでしょう」
「ええ、そうね」
ぶっきらぼうというよりは必要なことだけを端的に述べて、それ以外を口にしない。目線もあまりこちらに向けないし、覗けば心のなかで歓迎されていないのは好けて見えると思われるくらい。
いけないことだけど……。ライラはリー騎士長が車内で自分にかけた睡眠を及ぼすものと同系統の精神魔法を展開しようかと思ってしまう。
この場にいる人たちが自分に対して抱いている感情。それを知るには――まがりなりにも聖女を迎えようとしてい彼らの心理的なハードルが下がっている今は、絶好の機会だった。
「揺れないのね」
「そのように教えられておりますから」
「そう……」
ディアスの根幹はそうとうに鍛えられているようだった。
足場の悪い路面をさけて歩きながらも、抱きかかえられている自分への振動は極力省かれている。
馬車は小高い土手の上に停まったままだし……位置的にも周囲より頭一つ高い今がちょうどいい。
ライラは髪に数体まとわりつかせていた――というか、あちらからなついて離れない水の精霊たちにそっと心で語り掛けた。
多くの生命は同じ命の元、生命の炎と呼ばれるそれを根幹に持つ。
その揺らめきは一つ一つが風のようになり、どこかに何かにぶつかっては、そのまま炎の中へと戻っていく。
ぶつかった相手が人なら人、獣なら獣の感情を蓄えてもどるのだ。
つまるところ、私自身がその生命の炎になればいい訳で……お前たち、みんなの意思を聞いてきておくれ?
ライラを中心にして、薄くも紫色に近い炎が四方に燃え広がる。
まるで小さな恒星が爆発し、凄まじい速度と焔を帯びて疾走するそれは、美しくも儚いこの世の終わりを思わせた。やがてそれはそのまま各人の心を通過して、巣箱に戻る臆病な雛鳥のように、ライラの元に戻って来た。
数人……隣を歩くリー騎士長や小高い丘の隅にいた神殿騎士には届いたはずだが、鎧の効果により打ち消されたらしい。
その他に側にいるはずのディアスと、神殿騎士たちより手前でこちらの様子を窺い見ていたうちの一人にはかからなかったようだった。
「降ります」
「え、しかし……」
「歩けますから」
「はあ」
「ご苦労様、ディアス」
教会までそう遠くない距離を抱かせたままで向かうのもこれからのことを考えれば、何かが違う気がした。
列の真ん中にいた自分が場違いなようで、とてとてっ、と足元にまで広がる裾を持ち上げ、神官衣ではくサンダルがこの時期は革のブーツになっていてよかったとため息をつく。
先頭に立つリー騎士長の背中を追いかけるようにしてライラは小走りになる。まるで見知らぬ大勢の人混みの中で彼だけが親しい友人のように思えて仕方なかった。
こんな時に背丈の短い自分がどことなく嫌になる。
ようやくリー騎士長の広い背中に追いついた時、彼は後方からライラの足音が聞こえていたのだろう。
「間に合いましたか?」
「……どうにか。」
ライラはリー騎士長のちょっとした質問に、そう返事をするのがやっとだった。
「あ、ええ。ありがとう」
手を引かれた。
段差があるからと、お気をつけ下さいと案内が入る。
思ったよりも高いその声は優しそうだがどこかぶっきらぼうで、優しさ以上に冷たい物―ーよく切れる鋭利なナイフのような触感も感じさせた。
それも、懐の中に潜ませて使うような、暗器のようなぶっそうさを。
「大地は一昨日までの雨でぬかるんでいます。お洋服に汚れなど着きませんようお気を付けください」
「……ええ、ありがとう。――アレン……」
アレン? 俯いていた彼の視線がふと上に上がる。
ウロブが不思議そうな顔をした。訂正するように彼が言葉をつなぐ。
「ライラ、聖女様。アレンがどうかしましたか?」
「え……いえ、覚えているのは彼と家族とあと数名だけでしたから……」
「左様で。では、ご案内を。ディアス、抱えて差し上げろ」
「えっでも――私は女性……」
しかし、その困惑は直ぐに消え去ってしまう。
ディアス、その名前は女性につけられる名前だったからだ。
そう、屈強な男と思えた戦士は、同年代の女性だった。
高いと思えた声はそのせいだった。それにしてもここまで鍛えあげるなんて。
ライラは改めて心で驚いていた。
「ディアスです、お姉様」
「姉?」
「正確には師匠アレンの弟子です。師匠とライラ様はよく知られている仲だと伺っていましたから……出迎えにいくように申し付けられておりました」
申し付けられていた。
そこになにか妙な引っ掛かりを感じながらも、ライアはディアスの好意に甘えて全身を預けた。凄い……自分ならこんなにしっかりと持ち上げれても、ずっとは続かないかもしれない。
「そう……彼は――無事なの?」
「お姉様はまず、教会に行かれるべきかと思われます。その後でも宜しいでしょう」
「ええ、そうね」
ぶっきらぼうというよりは必要なことだけを端的に述べて、それ以外を口にしない。目線もあまりこちらに向けないし、覗けば心のなかで歓迎されていないのは好けて見えると思われるくらい。
いけないことだけど……。ライラはリー騎士長が車内で自分にかけた睡眠を及ぼすものと同系統の精神魔法を展開しようかと思ってしまう。
この場にいる人たちが自分に対して抱いている感情。それを知るには――まがりなりにも聖女を迎えようとしてい彼らの心理的なハードルが下がっている今は、絶好の機会だった。
「揺れないのね」
「そのように教えられておりますから」
「そう……」
ディアスの根幹はそうとうに鍛えられているようだった。
足場の悪い路面をさけて歩きながらも、抱きかかえられている自分への振動は極力省かれている。
馬車は小高い土手の上に停まったままだし……位置的にも周囲より頭一つ高い今がちょうどいい。
ライラは髪に数体まとわりつかせていた――というか、あちらからなついて離れない水の精霊たちにそっと心で語り掛けた。
多くの生命は同じ命の元、生命の炎と呼ばれるそれを根幹に持つ。
その揺らめきは一つ一つが風のようになり、どこかに何かにぶつかっては、そのまま炎の中へと戻っていく。
ぶつかった相手が人なら人、獣なら獣の感情を蓄えてもどるのだ。
つまるところ、私自身がその生命の炎になればいい訳で……お前たち、みんなの意思を聞いてきておくれ?
ライラを中心にして、薄くも紫色に近い炎が四方に燃え広がる。
まるで小さな恒星が爆発し、凄まじい速度と焔を帯びて疾走するそれは、美しくも儚いこの世の終わりを思わせた。やがてそれはそのまま各人の心を通過して、巣箱に戻る臆病な雛鳥のように、ライラの元に戻って来た。
数人……隣を歩くリー騎士長や小高い丘の隅にいた神殿騎士には届いたはずだが、鎧の効果により打ち消されたらしい。
その他に側にいるはずのディアスと、神殿騎士たちより手前でこちらの様子を窺い見ていたうちの一人にはかからなかったようだった。
「降ります」
「え、しかし……」
「歩けますから」
「はあ」
「ご苦労様、ディアス」
教会までそう遠くない距離を抱かせたままで向かうのもこれからのことを考えれば、何かが違う気がした。
列の真ん中にいた自分が場違いなようで、とてとてっ、と足元にまで広がる裾を持ち上げ、神官衣ではくサンダルがこの時期は革のブーツになっていてよかったとため息をつく。
先頭に立つリー騎士長の背中を追いかけるようにしてライラは小走りになる。まるで見知らぬ大勢の人混みの中で彼だけが親しい友人のように思えて仕方なかった。
こんな時に背丈の短い自分がどことなく嫌になる。
ようやくリー騎士長の広い背中に追いついた時、彼は後方からライラの足音が聞こえていたのだろう。
「間に合いましたか?」
「……どうにか。」
ライラはリー騎士長のちょっとした質問に、そう返事をするのがやっとだった。
22
お気に入りに追加
513
あなたにおすすめの小説
【完結】本物の聖女は私!? 妹に取って代わられた冷遇王女、通称・氷の貴公子様に拾われて幸せになります
Rohdea
恋愛
───出来損ないでお荷物なだけの王女め!
“聖女”に選ばれなかった私はそう罵られて捨てられた。
グォンドラ王国は神に護られた国。
そんな“神の声”を聞ける人間は聖女と呼ばれ、聖女は代々王家の王女が儀式を経て神に選ばれて来た。
そして今代、王家には可愛げの無い姉王女と誰からも愛される妹王女の二人が誕生していた……
グォンドラ王国の第一王女、リディエンヌは18歳の誕生日を向かえた後、
儀式に挑むが神の声を聞く事が出来なかった事で冷遇されるようになる。
そして2年後、妹の第二王女、マリアーナが“神の声”を聞いた事で聖女となる。
聖女となったマリアーナは、まず、リディエンヌの婚約者を奪い、リディエンヌの居場所をどんどん奪っていく……
そして、とうとうリディエンヌは“出来損ないでお荷物な王女”と蔑まれたあげく、不要な王女として捨てられてしまう。
そんな捨てられた先の国で、リディエンヌを拾ってくれたのは、
通称・氷の貴公子様と呼ばれるくらい、人には冷たい男、ダグラス。
二人の出会いはあまり良いものではなかったけれど───
一方、リディエンヌを捨てたグォンドラ王国は、何故か謎の天変地異が起き、国が崩壊寸前となっていた……
追記:
あと少しで完結予定ですが、
長くなったので、短編⇒長編に変更しました。(2022.11.6)
虐げられた第一王女は隣国王室の至宝となる
珊瑚
恋愛
王族女性に聖なる力を持って産まれる者がいるイングステン王国。『聖女』と呼ばれるその王族女性は、『神獣』を操る事が出来るという。生まれた時から可愛がられる双子の妹とは違い、忌み嫌われてきた王女・セレナが追放された先は隣国・アバーヴェルド帝国。そこで彼女は才能を開花させ、大切に庇護される。一方、セレナを追放した後のイングステン王国では国土が荒れ始めて……
ゆっくり更新になるかと思います。
ですが、最後までプロットを完成させておりますので意地でも完結させますのでそこについては御安心下さいm(_ _)m
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
そう言うと思ってた
mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。
※いつものように視点がバラバラします。
出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね
猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」
広間に高らかに響く声。
私の婚約者であり、この国の王子である。
「そうですか」
「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」
「… … …」
「よって、婚約は破棄だ!」
私は、周りを見渡す。
私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。
「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」
私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。
なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。
義妹に婚約者を奪われて国外追放された聖女は、国を守護する神獣様に溺愛されて幸せになる
アトハ
恋愛
◆ 国外追放された聖女が、国を守護する神獣に溺愛されて幸せになるお話
※ 他の小説投稿サイトにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる