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抱擁

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「お手を、聖女様」
「あ、ええ。ありがとう」

 手を引かれた。
 段差があるからと、お気をつけ下さいと案内が入る。
 思ったよりも高いその声は優しそうだがどこかぶっきらぼうで、優しさ以上に冷たい物―ーよく切れる鋭利なナイフのような触感も感じさせた。
 それも、懐の中に潜ませて使うような、暗器のようなぶっそうさを。

「大地は一昨日までの雨でぬかるんでいます。お洋服に汚れなど着きませんようお気を付けください」
「……ええ、ありがとう。――アレン……」

 アレン? 俯いていた彼の視線がふと上に上がる。 
 ウロブが不思議そうな顔をした。訂正するように彼が言葉をつなぐ。

「ライラ、聖女様。アレンがどうかしましたか?」
「え……いえ、覚えているのは彼と家族とあと数名だけでしたから……」
「左様で。では、ご案内を。ディアス、抱えて差し上げろ」
「えっでも――私は女性……」

 しかし、その困惑は直ぐに消え去ってしまう。
 ディアス、その名前は女性につけられる名前だったからだ。
 そう、屈強な男と思えた戦士は、同年代の女性だった。
 高いと思えた声はそのせいだった。それにしてもここまで鍛えあげるなんて。
 ライラは改めて心で驚いていた。

「ディアスです、お姉様」
「姉?」
「正確には師匠アレンの弟子です。師匠とライラ様はよく知られている仲だと伺っていましたから……出迎えにいくように申し付けられておりました」

 申し付けられていた。
 そこになにか妙な引っ掛かりを感じながらも、ライアはディアスの好意に甘えて全身を預けた。凄い……自分ならこんなにしっかりと持ち上げれても、ずっとは続かないかもしれない。

「そう……彼は――無事なの?」
「お姉様はまず、教会に行かれるべきかと思われます。その後でも宜しいでしょう」
「ええ、そうね」

 ぶっきらぼうというよりは必要なことだけを端的に述べて、それ以外を口にしない。目線もあまりこちらに向けないし、覗けば心のなかで歓迎されていないのは好けて見えると思われるくらい。
 
 いけないことだけど……。ライラはリー騎士長が車内で自分にかけた睡眠を及ぼすものと同系統の精神魔法を展開しようかと思ってしまう。
 この場にいる人たちが自分に対して抱いている感情。それを知るには――まがりなりにも聖女を迎えようとしてい彼らの心理的なハードルが下がっている今は、絶好の機会だった。

「揺れないのね」
「そのように教えられておりますから」
「そう……」

 ディアスの根幹はそうとうに鍛えられているようだった。
 足場の悪い路面をさけて歩きながらも、抱きかかえられている自分への振動は極力省かれている。
 馬車は小高い土手の上に停まったままだし……位置的にも周囲より頭一つ高い今がちょうどいい。
 ライラは髪に数体まとわりつかせていた――というか、あちらからなついて離れない水の精霊たちにそっと心で語り掛けた。
 多くの生命は同じ命の元、生命の炎と呼ばれるそれを根幹に持つ。
 その揺らめきは一つ一つが風のようになり、どこかに何かにぶつかっては、そのまま炎の中へと戻っていく。
 ぶつかった相手が人なら人、獣なら獣の感情を蓄えてもどるのだ。
 
 つまるところ、私自身がその生命の炎になればいい訳で……お前たち、みんなの意思を聞いてきておくれ?

 ライラを中心にして、薄くも紫色に近い炎が四方に燃え広がる。
 まるで小さな恒星が爆発し、凄まじい速度と焔を帯びて疾走するそれは、美しくも儚いこの世の終わりを思わせた。やがてそれはそのまま各人の心を通過して、巣箱に戻る臆病な雛鳥のように、ライラの元に戻って来た。
 数人……隣を歩くリー騎士長や小高い丘の隅にいた神殿騎士には届いたはずだが、鎧の効果により打ち消されたらしい。
 その他に側にいるはずのディアスと、神殿騎士たちより手前でこちらの様子を窺い見ていたうちの一人にはかからなかったようだった。

「降ります」
「え、しかし……」
「歩けますから」
「はあ」
「ご苦労様、ディアス」

 教会までそう遠くない距離を抱かせたままで向かうのもこれからのことを考えれば、何かが違う気がした。
 列の真ん中にいた自分が場違いなようで、とてとてっ、と足元にまで広がる裾を持ち上げ、神官衣ではくサンダルがこの時期は革のブーツになっていてよかったとため息をつく。
 先頭に立つリー騎士長の背中を追いかけるようにしてライラは小走りになる。まるで見知らぬ大勢の人混みの中で彼だけが親しい友人のように思えて仕方なかった。
 こんな時に背丈の短い自分がどことなく嫌になる。
 ようやくリー騎士長の広い背中に追いついた時、彼は後方からライラの足音が聞こえていたのだろう。
 
「間に合いましたか?」
「……どうにか。」

 ライラはリー騎士長のちょっとした質問に、そう返事をするのがやっとだった。

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