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第三話 香油と侍女と貴族の紋章
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「またたくさんというほどでもないわね。 あの子ったらラルクとのデートにも家人を連れていたのかしら」
「そういう関係でしたか。なら遠慮することはないのではありませんか? ラルク様も公子ですから愛人の一人や二人は結婚前にいてもおかしくはありませんが」
「……レイ? あなた誰の味方なの?」
「別に誰ということはありません、お嬢様の味方です。ただ、あの若い年齢で王族に近い貴族となれば、そういった遊びがあってもおかしくないと思うだけです」
「それでもあなたは遠慮しなくていいと言うの? まるで復讐することは楽しいことよって言っているのに、 ラルクをかばっているように聞こえるのは気のせい?」
「いいえそんなことはないわよ。だってそういう意味ではわたしも被害者の一人だもの」
「は……?」
侍女が言ったその一言の意味がわからず、わたしは奇妙な声をあげた。
それはつまり、レイもラルクと肉体関係にあったのだろうかと。そう邪推してしまったからだ。
「ご心配なく肉体の関係はありませんから。 ただ彼に誘われたという意味ではわたしも被害者ですね」
「そんな驚きの告白を、いましないで頂戴! もうっ……もっと早く報告して欲しかったわ……」
「すれば婚約を解消されましたか?」
「それは――その時の状況に拠ると思うけど」
「では、そういうことです。貴族の子弟が爵位の低い家の侍女に手を出すことは、そうそう珍しいことでもありませんから。報告を上げるまでもないかと思ったの」
「そう……で、問題のなにかはあったのかしら」
ええ、もちろん。そう嬉しそうに言うと、レイはエリダの家紋が綺麗に縫い付けられたハンカチと一枚。
ラルクの方は、スーツの胸元につける貝殻のブローチの裏側に、それが彫られていた。
「立派なものね。カメオみたい」
「上の物を除けると、裏側に彫りこまれてありました。さすが公爵家の三男、素晴らしい彫刻です」
「それはどうでもいいけど、エリダの女子力はわたしより低そう」
「家人が付き従っているからでしょう。お嬢様のように研究に人生を捧げた女性も珍しいですけど」
「嫌味を言うなら、きちんと報告を」
レイのことだから、わたしたちの間に不仲になるようなことにはならないようにと、心を砕いてくれたのだろうけど。
その思いやりも、どこか裏切られているようで心が一段だけ落ち込んだ気がした。
「結婚したらうまく操れるでしょう?」
「……。本気? そんなことをする前に押し倒されたらどうするつもりだった?」
「あんなひ弱でか細い貴族の三男にですか? 騎士の真似事をしてただ剣を振るっているだけのお飾りぼっちゃんに負ける気はしないわよ」
「そう……」
これまでレイの過去に触れたことはあまりなかった。
これからは少しだけ聞いてみてもいかもしれない、そう思った瞬間だった。
「そういう関係でしたか。なら遠慮することはないのではありませんか? ラルク様も公子ですから愛人の一人や二人は結婚前にいてもおかしくはありませんが」
「……レイ? あなた誰の味方なの?」
「別に誰ということはありません、お嬢様の味方です。ただ、あの若い年齢で王族に近い貴族となれば、そういった遊びがあってもおかしくないと思うだけです」
「それでもあなたは遠慮しなくていいと言うの? まるで復讐することは楽しいことよって言っているのに、 ラルクをかばっているように聞こえるのは気のせい?」
「いいえそんなことはないわよ。だってそういう意味ではわたしも被害者の一人だもの」
「は……?」
侍女が言ったその一言の意味がわからず、わたしは奇妙な声をあげた。
それはつまり、レイもラルクと肉体関係にあったのだろうかと。そう邪推してしまったからだ。
「ご心配なく肉体の関係はありませんから。 ただ彼に誘われたという意味ではわたしも被害者ですね」
「そんな驚きの告白を、いましないで頂戴! もうっ……もっと早く報告して欲しかったわ……」
「すれば婚約を解消されましたか?」
「それは――その時の状況に拠ると思うけど」
「では、そういうことです。貴族の子弟が爵位の低い家の侍女に手を出すことは、そうそう珍しいことでもありませんから。報告を上げるまでもないかと思ったの」
「そう……で、問題のなにかはあったのかしら」
ええ、もちろん。そう嬉しそうに言うと、レイはエリダの家紋が綺麗に縫い付けられたハンカチと一枚。
ラルクの方は、スーツの胸元につける貝殻のブローチの裏側に、それが彫られていた。
「立派なものね。カメオみたい」
「上の物を除けると、裏側に彫りこまれてありました。さすが公爵家の三男、素晴らしい彫刻です」
「それはどうでもいいけど、エリダの女子力はわたしより低そう」
「家人が付き従っているからでしょう。お嬢様のように研究に人生を捧げた女性も珍しいですけど」
「嫌味を言うなら、きちんと報告を」
レイのことだから、わたしたちの間に不仲になるようなことにはならないようにと、心を砕いてくれたのだろうけど。
その思いやりも、どこか裏切られているようで心が一段だけ落ち込んだ気がした。
「結婚したらうまく操れるでしょう?」
「……。本気? そんなことをする前に押し倒されたらどうするつもりだった?」
「あんなひ弱でか細い貴族の三男にですか? 騎士の真似事をしてただ剣を振るっているだけのお飾りぼっちゃんに負ける気はしないわよ」
「そう……」
これまでレイの過去に触れたことはあまりなかった。
これからは少しだけ聞いてみてもいかもしれない、そう思った瞬間だった。
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