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2.ダンジョンの爆破魔

19.エミリアの決意

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 しかし色の猫は首を振るどころか片頬を持ち上げてニヤリと不敵に笑ってみせる。
 それはまるで計画の成功を信じているようで。一体どこからそんな自信が湧いて出てくるのかエミリアにもナターシャにもアレンにすらも理解ができなかった。

「そいつはやると言ったらやるさ。いや違うな、一度そうなったらきちんとやってのける優秀な魔法使いさ」
「そのありふれた自信がどこからやってくるのか知りたいですねー。不思議です」

 ナターシャは、驚きと感心の表情でさすがレム様! と褒め称えるもどこか訝しげをしてみせる。
 朱色の猫は、これまだ揺るがない確信があるようで、

「あいつが連れてきた魔法使いに任せて失敗するなら、あいつも本望だろうな」
 と、謎めいたことを口にする。

 あいつとはもちろん今連行されているシリルのことで、彼女が選んだからその相手を信頼するとレムは言うのだ。
 一人と一匹の間に一体どんな過去があり、彼らの絆は本当に強いのかそれとも脆いのか。

「もし失敗してシリル様や私まで処刑されたらどうするのですか……」
 問いただしてはいけないと思いながらも、ついついそう訊いてしまうエミリアだった。

「決まっているだろう。俺はお咎めを食らう前にどこか別の大陸にでも移動するさ。この王国にいるのは、あいつがいるからだ。それ以外に理由はない」
「……救えなくてもそれでいいんですか?」
 純然たる疑問が湧いて出てつい口にしたその返事をエミリアは聞かなければよかったと後から後悔する。
「どうしてもやばい時はあいつがどうにかする。国一つを滅ぼしたって逃げ出すことは容易い」
「……そうですか……」

 聞いた私が馬鹿だった。
 この後、ナターシャから指向性の爆破魔法なんて恐ろしくて覚えたくもない魔法を授けられrた。
 その練習台として総合ギルドの地下にある練習場で、レムが作り出した人間のようでそうでない影のようにもみえて、でも触れることのできる不思議な生物を相手に二日間ほど徹夜でエミリアは魔法を操れるように特訓を受けることになった。




 地下の練習場には陽の光を取り入れることができるように地上に向かって採光口がいくつか設けられている。
 そのうちの一つから注がれた生命の灯を見て、自分の後ろに倒れる数多くの標的を無視しながらエミリアははあ、と大きくため息をついた。

「いいなあ、これ。やっぱり生きてないと人間ダメですよ」

 数日ぶりに見た朝日は眩しくてやっぱり生きてることがいいなーって実感させてくれる。
 うーん、と大きく背伸びをすると丸三日間風呂にも入らず、ただただ爆破魔法を何百も何千回も標的に向かって打つ日々。

 標的は動かない木の的なんかじゃなく、動くし、避けるし仕損じたら明確な意思を持ってこちらに向かってくる。
 他者から向けられた明らかな数千もの殺意に、エミリアは戦々恐々としてそれらを討ち滅ぼすしかなかった。

 通常ならありえない魔力の枯渇とか、反撃を食らって負傷してしまった際の驚異的な治癒能力とか、レムが創り出した特殊な空間での特訓は死ぬことはないけれども、死ぬ寸前までは追い込まれるやばいもので。

 これまで刃物一つ持ったことない良心的な貴族令嬢でも、この特訓を受けて無事攻略すれば笑顔のまま玉ねぎでも刻むかのように人の首をはねることができるのかもしれない。

 あいにくとエミリアの心はそこまで弱くなかった。

 というか、もっと貧弱でか細くて何度も何度もポキリポキリとへし折れてはその都度、幹の太さは倍になり、彼女の心を脆弱なハムスターから強靭な野生の狼へと成長させた。

 とはいっても所詮は2日間のトレーニングだ。
 これは一過性のもの。

 今、身体中に満ち満ちている自分を馬鹿にした男への報復の怒りの炎が、会った瞬間にあっけなく吹き消されることがないようにと祈りながら……やっぱり、ハムスターよりもメンタルの弱いエミリアはエミリアで。

 その中身がいきなり強靭な復讐の鬼と化すことはありえないのだった。

「何だお前。普通、これだけの修羅場を生き抜いたからもう少しまともに……」

 呆れた声を出す朱色の猫。
 その隣では三日間ずっと彼女のことを見守って、指導してきたナターシャが、

「やっぱりエミリアさんはどんなことをしてもエミリアさんなんですね。少しぐらい図太くなるかなと思ってましたけど、ここまで変わらない人を初めて見ました。うちのダンジョンで抵抗したり交戦になった冒険者たちも、もう少し強く生きたと思うんですけどねー」

 などと評価するものだからだから、数日ぶりに地下に降りてきたアレンはこれは大丈夫じゃないな。
 もう失敗したと考えた方がいいかもしれない、なんてことを心の中で残念そうに呟いてしまう。

「私のことはもう放っといてください。やれと言われたことはやりますから、もうこれ以上誰かを殺したいとか思わせないで」
「普通はそこまで追い込まれたら精神的に大きく変化をするはずなんだが。どこまで図太いんだ……練習用の影を二千は生み出したのだぞ? その全てを撃破しておきながら……ある意味、シリルよりも伸び代があると思ったのは本当かもしれん」

 と、朱色の猫はうめき別の意味でエミリアの才能を評価した。

「もうどうでもいいですから……」
「そんな台詞は後ろに並んでいる二千の遺体を見て言え……まあ、いい。これも一つの進化というものなんだろう。攻撃と防御を同時に行えるほどに進化するとは。何とも恐ろしい才能だ」
「全くですねー。もし今の状態で、以前のダンジョンに降りてこられたら太刀打ちできませんよ。教えるんじゃなかったかもー」

 とにもかくにもエミリアの魔力を底上げし、指向性の爆破魔法をうるさい操ることを覚えさせるには成功したらしい。
 この後、彼女はシリルと共に監察局の一室で第六王子やら、当日の関係者やらと顔をあわせることになる訳で。

「やっていただくことはお分かりですね?」
「……」
「エミリア様?」

 地下に降りてきたアレンが怪訝そうな顔をして問いかける。

 エミリアは黒い髪をどことなく影の返り血に染めたかのようにさらに黒く感じさせる勢いで一言「問題ありませんから」と答えた。
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