63 / 66
第六章 やり直し
59
しおりを挟む「お前の頭のなかではすでに料理が完成したことになってるのか、このロジカルポンコツ悪魔」
「ひだっ、ひゃい。なんで頬を‥‥‥つねるー」
「俺と季美を期待させた罰だ。まったく‥‥‥ほら、変わってやるからその包丁よこせ。分回したりすんなよ?」
「ひゃょんな危険なことしまふぇん」
ぐにーっとつかんで伸ばしたその頬は伸びる伸びる。
正月のやきもちのようにふわふわで、マシュマロみたいに弾力性がある。
ぱっと手を離したら、ぱちんっと音がしてゴムのように伸縮しそうなのか面白かった。
安全に柄を持ち、刃先を自分側に向けて寄越した牧那は、ひんひん、痛いーと涙目を手でこする。すると、そこには玉ねぎの汁がついていて、余計に目が赤く腫れあがるという寸法である。
まったく間抜けな後輩である。
「ふえええっ、なんですかこの痛みは、先輩の呪いですか、まきの普段の良い行いに対する悪魔の制裁ですか、先輩はやっぱり第悪魔なんですね!」
とかのたまうから、包丁とまな板一式。
刻まれた食材を横によけると、勝手知ったるなんとやら。
上の戸棚をあけて顔をつけることのできるサイズのプラスチックのボウルを取り出すと、そこにぬるま湯を溜めて、目を洗うように指示をする。
もちろん、その前に手を洗うことが大前提だが。
「何してんの? 牧那で遊ばないでね、それ私のだから」
と、いつの間にかリビングルームに入ってきて、長椅子に腰かけた季美は呆れたように言った。
それとは、もちろん牧那のことだ。
上下をねずみ色のパーカーとスエットに着替えた季美は気だるそうにして、ソファーに横になると、テレビのスイッチを入れる。
ニュースが流れていて、そこでは抱介たちの母校の模様がうんちゃらかんちゃらととりざ沙汰されていた。
「意外に世間様に知れたんだな」
「……そりゃなるって。救急車はくるし、あとからパトカーもきたし」
「学校側は行内では問題がなかったの一点張り‥‥‥トカゲのしっぽキリ」
と、じゃっぶじゃぶと目を洗っていた牧那が、気が済んだのか、新しいタオルを戸棚から鳥だして顔を拭きながらそう言った。
「乃蒼はもう戻れないなあ。この街には」
「……」
そう話題を振ってみる。
数日前まで恋人同士だった季美は、嫌そうな顔をしてふんっと鼻息を荒くした。
忌々しそうにテレビのチャンネルを変える。
新しい番組は、お笑い芸人たちが芸を披露しているところだった。
「汚いって思う?」
「いや、別に」
「嫌いってるでしょ」
「そんなことはないよ。おもっていたら、ここにはいない」
不甲斐ない牧那から家事をする権利を全権委任された祐輔は、ポットにかかっていたお湯を使って牧那からアンコールがでたココアを。
季美には温かいコーヒーを入れてやる。インスタントで、食前に口にするにしてはちょっと問題のような気もしたが、忘れた。
牧那は「うわあ、ありがとうございます。先輩」と全身で仔犬のようにして喜びを表してキスをしようとしてくる。
そこに刃先を向けて威嚇すると、「信じられんわーガチで、ありえんわー人ん家なんやとおもっちょるん」などとどこの方言ともつかない言葉で苦情を申し立ててきた。
「あいにくながら、俺のキスをする、受け付ける権利はいまのところ、閉鎖中だ。あっちで姉ちゃんと黙って待ってろ」
「ふあああい」
‥‥‥とまあ、漫才のようにして牧那をキッチンから追い出す。
肉は豚肉が用意されていた。
野菜類は例によって例のごとく、がしごしと不器用な形に削られてそこかしこに転がっている。それらを食べやすいように整形し直しつつ、キャベツや根菜類を上手く利用して、サラダを用意する。買ってきた蒸し鶏の類はここにほぐされて具材と消えた。
ご飯はこれまた最近のコマーシャルでやっていた、数万円するという炊飯器のなかにでちゃんと炊かれていた。
一杯、何千円になるんだ、このご飯? と金持ちブームをかましてくる槍塚家に、風見家の経済的敗北を悟りながら、一時間もしないうちにカレーが温まる。
無言の氷の美女と、陰悪な雰囲気を醸し出すダーク駄犬が互いに抱介を賭けて、姉妹でしか通用しない心理戦をこなしている横で、槍塚家の夕食は一時間遅れでスタートした。
「ふぉごい! これ美味しいです、とっても美味しいですよ、先輩」
と、目をきらきら輝かせてべた誉めの牧那。
かと思いきや、季美は冷淡だ。
「もっと冷ましてくれたら食べやすいのに。愛がない」
「そこ、じぶんでできるだろ……」
冷淡というよりも、飯島と別れた後からというもの、季美の思考の中心にはいかにして自分をだいじにしてくれているかを測るために、祐輔にわがままを言いたい。
そんな思考パターンしか稼働してないように見受けられる。
その一方で牧那は天衣無縫。
自分の思った通り、感じたまま、見たままにそれを受け入れて、好きなように振る舞っていた。
片方は我がままの極致だし、片方は全身全霊で相手に接することが礼儀だと信じて疑わないから始末に悪い。
「いいから、その口を閉じろ。食べてからものを言え。感謝は受け止める」
と、伝えたら牧那のほうが取りあえず黙ってくれた。
それでもサラダにカレーに、これは単にパック容器から注いだオレンジジュースにまで美味しい、美味しいと舌鼓を打つから、もしかしたら過剰な演出なのかもしれない。
あの飯島と別れたあとに送付されてきたメッセージの謎の文面も心のどこかに引っ掛かりを覚えさせる。
「こっちは俺のと交換してやるから、な?」
季美のほうは、一番最後によそくことになっていた、抱介のすこしばかり冷めたご飯と、別皿に移しておいて、粗熱をとったカレーと一体化させることで解決を図る。
戻ってきてからずっと不満そうな色が浮かんでいた季美の瞳が、ようやく温和なものになったのを見て、抱介はやれやれ、と肩の荷を下ろした。
季美と交換したカレーは甘口と辛口のルーを適度に混ぜ合わせたものだったが、悪くない味に思えた。
槍塚姉妹の口にそれがどうだったのかは、本当のところ分からない。
美味しく完食してくれた牧那。
ちびちびと口に運んでは時間をかけて食べ終えた季美。
そこには家庭における姉妹の顔があった。
外では、決して見ることのできない、槍塚姉妹の貴重な一幕。
そこに違いがあるとすれば、異分子として抱介があがりこんでいること、それくらいだ。
これまでの異分子は乃蒼で、彼は決して槍塚家に好まれて上がりこんでいたとは思えなかった。
あんな暴力性のある男だ。
少年とはいえ、同年代の少女二人では、相手をするには手に余る。
大人の男性がいて、ようやく追い出せるか、家の敷居を跨がせないようにすることができるくらいの難易度で。
それを季美と牧那にやれというのは、常時、父親が在宅でないことを鑑みても、無茶というものだった。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。

覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたのだが、この後どうしたらいい?
みずがめ
恋愛
覚えたての催眠術を幼馴染で試してみた。結果は大成功。催眠術にかかった幼馴染は俺の言うことをなんでも聞くようになった。
普段からわがままな幼馴染の従順な姿に、ある考えが思いつく。
「そうだ、弱味を聞き出そう」
弱点を知れば俺の前で好き勝手なことをされずに済む。催眠術の力で口を割らせようとしたのだが。
「あたしの好きな人は、マーくん……」
幼馴染がカミングアウトしたのは俺の名前だった。
よく見れば美少女となっていた幼馴染からの告白。俺は一体どうすればいいんだ?
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる