55 / 66
第五章 無謀な友情
51
しおりを挟む
「返す」
ぶっきらぼうにそう言い、抱介は乃蒼の顔面に勢いよくペットボトルを投げつけた。
命中。
ぼぐっといい音がして、前田乃蒼が思わず顔を抱え込むようにしてしゃがみ込んだのを確認すると、花坂にまた目を見やる。
三条輝波出(かなで)と共に、こちらに怯えた瞳を向けられても俺は困るんだよなあ、と抱介はぼやくしかできない。
「消せよ」
一言そう言うと、思惑は通じたらしい。
「したって! 消したって‥‥‥本当だよ」
「うちらっ、関係ないから」
なんて思わぬ収穫と醜い仲間割れが始まった。
「クソがっ‥‥‥」
復活した乃蒼が今度こそ突進してこようとするが、しかし、こういうときに騎兵隊は駆け付けないものだ。
「死なすぞ、クソ虫があ?」
今度こそ遠慮なく。
金色のトサカ、もとい。枯葉色の彼は、その拳を抱介の腹にめりこませていた。
ゴグっといい音がする。
肉体でより硬いものを叩いた時のような、あの音だ。
乃蒼の顔が――こっちも可哀想に。微妙に歪むと信じられないという顔をして、自分より長身の抱介を見上げて呆然としていた。
「……あ」
「いやー。痛いな?」
てっきり顔にくるかと思ったら、ボディだった。
打たれるタイミングと、その足先の動きにだけ注意すれば、どうにでも身体を逸らせるし。後ろに逃げなくても、自分から当たれに行けばそれはそれで痛いが、内臓までの威力は殺せる。
‥‥‥とはいえ、まともに相手をするなんて馬鹿らしいものだ。
抱介がやったのはたった一つだけ。
乃蒼の拳が自分に届く前に、肘をその上に叩き落しただけだった。
「ああああっ」
「いやー痛いなあ? 俺、これやりなれてんのよ、先輩にさんざん、叩き込まれたからさあいやー残念。もっと踏み込んでおけばよかったなあ?」
覚えたのは一つだけ。
教わったのも一つだけ。
中学時代からいじめられっ子に近かった後輩に、場慣れしたバスケ部の先輩が教えてくれた三年間の賜物が、いまここにある。
「ちょっと、なにやってんのよ!」
「乃蒼? のあー! やだあ、血ぃー」
「やだ! もうやだ! あたし関係ないよ! 違うの、もうやだー」
などと悲鳴が相次ぎして教室内は阿鼻叫喚‥‥‥はならなかった。
ようやく来た騎兵隊。
先生方が、えっちらおっちらやってきたからだ。
隣で国語を教えていた若い男性教諭が乃蒼に駆け寄り、大丈夫か、と連呼した「お前何か、やったのは! 暴力奮うなんてそれでも男か!」
なとど訳知り顔で説教する始末。
いや、それ折れてないし。血はそいつの口からのものだし。俺の肘打ち程度で、粗悪なヤンキーの肉体がどうにかなるわけないじゃん?
そちらとは目を合わせずに祐輔はさっさとその場を後にしようとしたが、やはり職員室に連行された。驚きで目を見開く季美と、それ以外の三人の先生たちが青ざめた顔で抱介を罵り、あの国語教諭などは頬を張ろうとする始末だ。
ラスボスと戦うには準備がいるのだ。
「自分より弱い者に手を挙げて恥ずかしくないのか、お前は」
なんてのたまう物だから、とうとうこっちも頭にきた。
そこまで言うなら、俺だって出したいものがある。
「先生、うざいっすよ。あの一部始終、見せたらいいですか?」
「は? そんなものどこに‥‥‥ある」
抱介はスラックスの腰ポケットから、自分のスマホを取り出した。
「いまも録画していますから」
「おい待てそんなもん誰が許可した」
慌ててそれを奪取しようとする先生方。
無益なアメフトごっこを展開しても無意味だと分かっている。
「出します、出しますから」
そう言い、提出された抱介のスマホの画面に映り込んでいるのは、職員室の壁でも、天井でも、それから机の映像でもない。
勇者も伝説の剣が無くば、魔王は倒せまい。
「なっなんだあ、警察? 風見――」
と、その画面を見た教頭先生が叫ぶのは一瞬遅かったかもなーと抱介はにんまりする。
弱いっちい勇者は、公権力という名の味方に連絡を繋げた。
もちろん、その画面は教頭の手によって通話が切断されようとするが‥‥‥そうはいかない。
「きっ、教頭先生! これ、警察の電話番号‥‥‥?」
と、学年主任がおそるおそる問いかける。
抱介のスマホは、固定電話からの返信に鳴動するばかり。
果たして誰がラスボスなんだろうと、また首を傾げながら。
とりあえず、一つ目の目的。
乃蒼のこれ以上の干渉は潰せたかなーと抱介は盟友の待つはずの図書室に向かい、にんまりとほほ笑んだ。
ぶっきらぼうにそう言い、抱介は乃蒼の顔面に勢いよくペットボトルを投げつけた。
命中。
ぼぐっといい音がして、前田乃蒼が思わず顔を抱え込むようにしてしゃがみ込んだのを確認すると、花坂にまた目を見やる。
三条輝波出(かなで)と共に、こちらに怯えた瞳を向けられても俺は困るんだよなあ、と抱介はぼやくしかできない。
「消せよ」
一言そう言うと、思惑は通じたらしい。
「したって! 消したって‥‥‥本当だよ」
「うちらっ、関係ないから」
なんて思わぬ収穫と醜い仲間割れが始まった。
「クソがっ‥‥‥」
復活した乃蒼が今度こそ突進してこようとするが、しかし、こういうときに騎兵隊は駆け付けないものだ。
「死なすぞ、クソ虫があ?」
今度こそ遠慮なく。
金色のトサカ、もとい。枯葉色の彼は、その拳を抱介の腹にめりこませていた。
ゴグっといい音がする。
肉体でより硬いものを叩いた時のような、あの音だ。
乃蒼の顔が――こっちも可哀想に。微妙に歪むと信じられないという顔をして、自分より長身の抱介を見上げて呆然としていた。
「……あ」
「いやー。痛いな?」
てっきり顔にくるかと思ったら、ボディだった。
打たれるタイミングと、その足先の動きにだけ注意すれば、どうにでも身体を逸らせるし。後ろに逃げなくても、自分から当たれに行けばそれはそれで痛いが、内臓までの威力は殺せる。
‥‥‥とはいえ、まともに相手をするなんて馬鹿らしいものだ。
抱介がやったのはたった一つだけ。
乃蒼の拳が自分に届く前に、肘をその上に叩き落しただけだった。
「ああああっ」
「いやー痛いなあ? 俺、これやりなれてんのよ、先輩にさんざん、叩き込まれたからさあいやー残念。もっと踏み込んでおけばよかったなあ?」
覚えたのは一つだけ。
教わったのも一つだけ。
中学時代からいじめられっ子に近かった後輩に、場慣れしたバスケ部の先輩が教えてくれた三年間の賜物が、いまここにある。
「ちょっと、なにやってんのよ!」
「乃蒼? のあー! やだあ、血ぃー」
「やだ! もうやだ! あたし関係ないよ! 違うの、もうやだー」
などと悲鳴が相次ぎして教室内は阿鼻叫喚‥‥‥はならなかった。
ようやく来た騎兵隊。
先生方が、えっちらおっちらやってきたからだ。
隣で国語を教えていた若い男性教諭が乃蒼に駆け寄り、大丈夫か、と連呼した「お前何か、やったのは! 暴力奮うなんてそれでも男か!」
なとど訳知り顔で説教する始末。
いや、それ折れてないし。血はそいつの口からのものだし。俺の肘打ち程度で、粗悪なヤンキーの肉体がどうにかなるわけないじゃん?
そちらとは目を合わせずに祐輔はさっさとその場を後にしようとしたが、やはり職員室に連行された。驚きで目を見開く季美と、それ以外の三人の先生たちが青ざめた顔で抱介を罵り、あの国語教諭などは頬を張ろうとする始末だ。
ラスボスと戦うには準備がいるのだ。
「自分より弱い者に手を挙げて恥ずかしくないのか、お前は」
なんてのたまう物だから、とうとうこっちも頭にきた。
そこまで言うなら、俺だって出したいものがある。
「先生、うざいっすよ。あの一部始終、見せたらいいですか?」
「は? そんなものどこに‥‥‥ある」
抱介はスラックスの腰ポケットから、自分のスマホを取り出した。
「いまも録画していますから」
「おい待てそんなもん誰が許可した」
慌ててそれを奪取しようとする先生方。
無益なアメフトごっこを展開しても無意味だと分かっている。
「出します、出しますから」
そう言い、提出された抱介のスマホの画面に映り込んでいるのは、職員室の壁でも、天井でも、それから机の映像でもない。
勇者も伝説の剣が無くば、魔王は倒せまい。
「なっなんだあ、警察? 風見――」
と、その画面を見た教頭先生が叫ぶのは一瞬遅かったかもなーと抱介はにんまりする。
弱いっちい勇者は、公権力という名の味方に連絡を繋げた。
もちろん、その画面は教頭の手によって通話が切断されようとするが‥‥‥そうはいかない。
「きっ、教頭先生! これ、警察の電話番号‥‥‥?」
と、学年主任がおそるおそる問いかける。
抱介のスマホは、固定電話からの返信に鳴動するばかり。
果たして誰がラスボスなんだろうと、また首を傾げながら。
とりあえず、一つ目の目的。
乃蒼のこれ以上の干渉は潰せたかなーと抱介は盟友の待つはずの図書室に向かい、にんまりとほほ笑んだ。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。

覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたのだが、この後どうしたらいい?
みずがめ
恋愛
覚えたての催眠術を幼馴染で試してみた。結果は大成功。催眠術にかかった幼馴染は俺の言うことをなんでも聞くようになった。
普段からわがままな幼馴染の従順な姿に、ある考えが思いつく。
「そうだ、弱味を聞き出そう」
弱点を知れば俺の前で好き勝手なことをされずに済む。催眠術の力で口を割らせようとしたのだが。
「あたしの好きな人は、マーくん……」
幼馴染がカミングアウトしたのは俺の名前だった。
よく見れば美少女となっていた幼馴染からの告白。俺は一体どうすればいいんだ?
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる