50 / 66
第四章 希望のない未来
46
しおりを挟む
「言いにくいことだったら、メッセージでもいいよ」
「私、風見くんのアドレス知らないから」
「あー……それは確かに」
どうしたものかとあたりに助けを求めたら、誠二の心底恨めしそうな目線とぶち当たる。
そうじゃないから勘違いするな! とにらんでやる。
野犬が噛みついてきそうな勢いで牙をむくと、そっぽを向いてしまった。
とりあえずあいつは放っておこう。
後からケアすればいい。
「そんなに言いにくいことなの?」
「これ見てくれたらわかると思う」
そう言ってみのりが差し出したのは、仲良し女子達のグループチャット。
その画面だった。
「見ていいの?」
うん、と小さくうなずくのを確認して、その手からスマホを借りる。
誠二が、「何やってんだよ」と叫んでいるのが耳に入ってきた気がするが、無視をする。
そこには、季美に関することと、何枚かの画像。
彼女の後ろで下卑た笑いをする、あの男も小さく映っていた。
「……」
目撃した衝撃があまりにデカすぎて言葉が出ない。
どうしてこうなった。
その言葉が頭の中を駆け巡った。
画像の数枚は、ほとんど同じ瞬間のものだ。
多分、斜め前の席から盗撮同然に撮影されたものだと思われる角度。
とても鮮烈な映像だった。
「それが昨夜、チャットに流れてきて‥‥‥」
みのりはそこから言葉にならないうめき声のようなものを漏らしていた。
同じ女子陸上部。
一年の頃からの数少ないあいつの親友。
いきなりこんなものが衆目の眼前に晒されて、みのりはさぞ驚いたことだろう。
怒りを持ったかもしれない。
それは、例え撮影したとしても、ばら撒いてはいけない物だった。
授業中のどこかの瞬間。
季美は席に腰かけて、スカートをまくり上げていた。
どこまでも広げられたその太ももの奥に見える、くっきりと映った見えてはいけないもの。
それが、こんな粗い画質のものでも、見えてしまうのだから技術の進歩というものは恐ろしい。
一瞬の過ちが、人生の全てを崩壊させることにつながる。
季美は恥ずかしそうな顔と、それを見られていることに感じているのか、とても微妙なでも、淫靡な笑みを浮かべていた。
「あの子、そんなことする子じゃ」
「……もう、いい」
抱介はそこまで言ってから、半ば押し付けるようにみのりにスマホを戻した。
くるりと踵を返し、自分の席を目指す。
「風見君?」
非難にも似た声が背中に突き刺さる。
心臓までえぐりそうなそれを受け止めながら、でも、抱介は歩みを止めなかった。
誠二が「どうしたんだよ!」と叫ぶ。
今度は、よく通るその声が耳障りで。
「なんでもないよ」
と、逆に全てを黙殺するかのように、抱介は怒りに満ちた声を腹の底から引きずり出していた。
「おいっ‥‥‥」
その圧に押されたのか、誠二は面色を失う。
みのりにも、他の生徒たちにも、それは届いたのだろう。
クラスのざわめきが一緒にして止んだ。
普段は大人しい抱介。
日陰にいて怒る表情なんて見せることもなくただ孤独に存在しているだけの彼が、こんなに怒りと恨みのこもった声を出すなんて。
みんなが語ることをやめる、抱介に視線を移していた。
そこに本当に触れてはいけない嵐のような存在がいることを、各自が改めて確認したかのように、彼らはすぐに目をそらしてしまう。
ただ、誠二とみのりだけが、その視線を外さずにいた。
「すまん。お前の言う通りかもしれん。クラスにいた方がいいのかもな」
「ああ、そうかも、な‥‥‥。聞いたのか?」
怒っている人間は誰でも怖い。
腫れ物に触るように触れてくる人間には、当てつけのように怒りの矛先が向くことだってある。
でも誠二は違った。
ただ心配して、友人の悲しみを怒るように、彼はそこにいた。
「聞いた、見た。それだけ」
「行かないのか」
「どこに?」
それは、と誠二が言い淀む。
季美は窮地に陥っている。
こんなとき、正義の味方なら、向かうべき場所は分かっている。
そこに行って、やっつける悪者だって二年の生徒なら誰でも分かっている。
ただ、証拠がない。
そしてみんな彼を恐れて、彼女を助けようともしない。
そんな連中は仲間なんて呼べない。
ついでに自分はその中にも入れずに外から見ているだけの、はみ出し者だ。
「乃蒼のとこに、さ」
「名前出すなよ、馬鹿」
ああ、そうか‥‥‥と。
なんとなく理解してしまった。
はみ出しものなのだ俺は。
なら、みんなのルールに従う必要はないじゃないか。
はみ出し者らしく、自分の流儀でやればいい。
ただそれだけのこと。
「すまん。やることがあるなら手伝う」
目の前にも、仲間の中にいるように見えながら、その実、はみ出し者にしかなれない奴もいる。
誠二だ。
だけど今はこいつを巻き込むべきじゃない。
誠二には、ちゃんとした想い人がいる。
実は、みのりだってそのことを知っている。
たまに、後ろの席の彼女にそれとなく訊かれたりする。
誠二に関するちょっとしたことや、誕生日や、好きな食べ物や、彼の興味があるのはなに、と。
そんな二人を巻き込んでまで、やらなきゃいけないことじゃない。
「ばーか」
お前はすっこんでろ。大事な女を、巻き込むな。
伝わったかどうかわからないけど、そう言ったらむっとした顔をして、誠二は前に向いてしまった。
後ろの席にみのりが着いたのが気配でわかる。
抱介は振り向くと、微妙な笑顔を見せた。
「後から行くよ」
その言葉に、みのりは小さく笑った。
前の席で、誠二が視界の端で頷いた。
一年前のあの時。
孤独だった自分を受け入れてくれたのは、彼女だけだった。
初めての女性、誰にも開かなかった心を許した最初の人、そして‥‥‥。
先輩を裏切ったなんて被害者面をして、彼女を裏切ったのは自分なのだから。
「私、風見くんのアドレス知らないから」
「あー……それは確かに」
どうしたものかとあたりに助けを求めたら、誠二の心底恨めしそうな目線とぶち当たる。
そうじゃないから勘違いするな! とにらんでやる。
野犬が噛みついてきそうな勢いで牙をむくと、そっぽを向いてしまった。
とりあえずあいつは放っておこう。
後からケアすればいい。
「そんなに言いにくいことなの?」
「これ見てくれたらわかると思う」
そう言ってみのりが差し出したのは、仲良し女子達のグループチャット。
その画面だった。
「見ていいの?」
うん、と小さくうなずくのを確認して、その手からスマホを借りる。
誠二が、「何やってんだよ」と叫んでいるのが耳に入ってきた気がするが、無視をする。
そこには、季美に関することと、何枚かの画像。
彼女の後ろで下卑た笑いをする、あの男も小さく映っていた。
「……」
目撃した衝撃があまりにデカすぎて言葉が出ない。
どうしてこうなった。
その言葉が頭の中を駆け巡った。
画像の数枚は、ほとんど同じ瞬間のものだ。
多分、斜め前の席から盗撮同然に撮影されたものだと思われる角度。
とても鮮烈な映像だった。
「それが昨夜、チャットに流れてきて‥‥‥」
みのりはそこから言葉にならないうめき声のようなものを漏らしていた。
同じ女子陸上部。
一年の頃からの数少ないあいつの親友。
いきなりこんなものが衆目の眼前に晒されて、みのりはさぞ驚いたことだろう。
怒りを持ったかもしれない。
それは、例え撮影したとしても、ばら撒いてはいけない物だった。
授業中のどこかの瞬間。
季美は席に腰かけて、スカートをまくり上げていた。
どこまでも広げられたその太ももの奥に見える、くっきりと映った見えてはいけないもの。
それが、こんな粗い画質のものでも、見えてしまうのだから技術の進歩というものは恐ろしい。
一瞬の過ちが、人生の全てを崩壊させることにつながる。
季美は恥ずかしそうな顔と、それを見られていることに感じているのか、とても微妙なでも、淫靡な笑みを浮かべていた。
「あの子、そんなことする子じゃ」
「……もう、いい」
抱介はそこまで言ってから、半ば押し付けるようにみのりにスマホを戻した。
くるりと踵を返し、自分の席を目指す。
「風見君?」
非難にも似た声が背中に突き刺さる。
心臓までえぐりそうなそれを受け止めながら、でも、抱介は歩みを止めなかった。
誠二が「どうしたんだよ!」と叫ぶ。
今度は、よく通るその声が耳障りで。
「なんでもないよ」
と、逆に全てを黙殺するかのように、抱介は怒りに満ちた声を腹の底から引きずり出していた。
「おいっ‥‥‥」
その圧に押されたのか、誠二は面色を失う。
みのりにも、他の生徒たちにも、それは届いたのだろう。
クラスのざわめきが一緒にして止んだ。
普段は大人しい抱介。
日陰にいて怒る表情なんて見せることもなくただ孤独に存在しているだけの彼が、こんなに怒りと恨みのこもった声を出すなんて。
みんなが語ることをやめる、抱介に視線を移していた。
そこに本当に触れてはいけない嵐のような存在がいることを、各自が改めて確認したかのように、彼らはすぐに目をそらしてしまう。
ただ、誠二とみのりだけが、その視線を外さずにいた。
「すまん。お前の言う通りかもしれん。クラスにいた方がいいのかもな」
「ああ、そうかも、な‥‥‥。聞いたのか?」
怒っている人間は誰でも怖い。
腫れ物に触るように触れてくる人間には、当てつけのように怒りの矛先が向くことだってある。
でも誠二は違った。
ただ心配して、友人の悲しみを怒るように、彼はそこにいた。
「聞いた、見た。それだけ」
「行かないのか」
「どこに?」
それは、と誠二が言い淀む。
季美は窮地に陥っている。
こんなとき、正義の味方なら、向かうべき場所は分かっている。
そこに行って、やっつける悪者だって二年の生徒なら誰でも分かっている。
ただ、証拠がない。
そしてみんな彼を恐れて、彼女を助けようともしない。
そんな連中は仲間なんて呼べない。
ついでに自分はその中にも入れずに外から見ているだけの、はみ出し者だ。
「乃蒼のとこに、さ」
「名前出すなよ、馬鹿」
ああ、そうか‥‥‥と。
なんとなく理解してしまった。
はみ出しものなのだ俺は。
なら、みんなのルールに従う必要はないじゃないか。
はみ出し者らしく、自分の流儀でやればいい。
ただそれだけのこと。
「すまん。やることがあるなら手伝う」
目の前にも、仲間の中にいるように見えながら、その実、はみ出し者にしかなれない奴もいる。
誠二だ。
だけど今はこいつを巻き込むべきじゃない。
誠二には、ちゃんとした想い人がいる。
実は、みのりだってそのことを知っている。
たまに、後ろの席の彼女にそれとなく訊かれたりする。
誠二に関するちょっとしたことや、誕生日や、好きな食べ物や、彼の興味があるのはなに、と。
そんな二人を巻き込んでまで、やらなきゃいけないことじゃない。
「ばーか」
お前はすっこんでろ。大事な女を、巻き込むな。
伝わったかどうかわからないけど、そう言ったらむっとした顔をして、誠二は前に向いてしまった。
後ろの席にみのりが着いたのが気配でわかる。
抱介は振り向くと、微妙な笑顔を見せた。
「後から行くよ」
その言葉に、みのりは小さく笑った。
前の席で、誠二が視界の端で頷いた。
一年前のあの時。
孤独だった自分を受け入れてくれたのは、彼女だけだった。
初めての女性、誰にも開かなかった心を許した最初の人、そして‥‥‥。
先輩を裏切ったなんて被害者面をして、彼女を裏切ったのは自分なのだから。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。

覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたのだが、この後どうしたらいい?
みずがめ
恋愛
覚えたての催眠術を幼馴染で試してみた。結果は大成功。催眠術にかかった幼馴染は俺の言うことをなんでも聞くようになった。
普段からわがままな幼馴染の従順な姿に、ある考えが思いつく。
「そうだ、弱味を聞き出そう」
弱点を知れば俺の前で好き勝手なことをされずに済む。催眠術の力で口を割らせようとしたのだが。
「あたしの好きな人は、マーくん……」
幼馴染がカミングアウトしたのは俺の名前だった。
よく見れば美少女となっていた幼馴染からの告白。俺は一体どうすればいいんだ?
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる