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第一話 雪の国のオフィーリア
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しおりを挟む衛生観念というものが文明的にも欠落していそうな彼らをして、まず最初にすることは手指の洗浄と殺菌だった。
自前の武器を使い――魔獣の血がこびりついた棍棒や、歯崩れのままならない戦斧で氷の塊を砕こうとするのをどうにか押しとどめ、上から毛布を幾重にも巻き付けて上から叩きつけること十数分。
必要な部位が氷の下から顔を覗かせ、そこから牛の解体に利用する分厚いノコギリのような道具を利用して、必要なだけの肉片を削ぎ落すだけでゆうに一時間が経過した。
吸盤に眼球、内臓の幾つかに、イカスミは神聖魔法で毒抜きをしなければならず、たまたま居合わせた戦女神の聖女様を連行してそれは行われた。
「こんな悪魔のような生物に二度と関わらせないで頂戴!」
と神聖魔法の効果を確認し、彼女は叫ぶや否や気持ちが悪いと言って厨房から走り出していく。その手にしっかりとお布施の銀貨二枚を握りしめているのを見て、冒険者たちは「がめつい聖女様だよな」と顔を見合わせていた。
香草の詳細までは分からず、そこはこの地方のもので我慢してもらう。
ミキサーなんて便利な道具はこの世界にはない。手動で細切れにし、それを混ぜ合わせて、教えてもらったレシピとオフィーリアの記憶に合わせて味付けを行う。
とはいってもそれは岩塩と幾ばくかの砂糖によるもので、「あんな万年の雪国でどうやって砂糖を?」とナガレは首を捻ることになる。
とりあえず下拵えを済ませると、大きな鍋に湯を沸かす。
そこに後から腸詰しやすいように親指で輪を作ったほどの大きさに丸めた、オボロイカの肉団子をゆっくりと落とし込む。
ぐつぐつと煮立つ鍋の火加減をしながら、その団子だけでいい出汁が出ていて、「これは後から魚介スープなどをメニューに出すときのために、また冷凍して固形にし、保存しておけば使えるな」、といつの間にきたのか料理長が後ろから作業風景を眺めてそう言った。
「俺に責任を押し付けたのでは?」
「……嫌味を言うな。金貨十枚なんて経理が通すはずがないだろう? いま上と交渉して来たんだ」
「それで進捗は?」
湯通しされた肉団子を氷で冷まし、熱を抜くと今度は魔法で筒状の入り口を持つ容器の中を真空状態にしてそこにぽいぽいと放り込んでいく。大きかった団子は見る見る間に小さく縮こまってしまった。
容器の入り口には風の魔法がかかっていて、こちらからはある程度の大きさのものが入るが、あちらからは出ない仕組みになっている。その大きさは肉団子大に設定してあるから筒から内側に手が入る危険性もない。
問うてやると、料理長が険しい顔をして首をまた横に振った。
「ダメだったんですか。何しにいったんです?」
「お前っ、俺だってなんとかしてやりたくてだなあ……」
「あんな押しつけを俺にしておいて、その言い訳は見苦しいっすよ、料理長。オフィーリアの案件がだめだったら、二人で給金返上で働けば、一年くらいで払えますッて」
「ぐああっ! ナガレ、お前と違って俺には家族が‥‥‥」
と、呻く料理長。ここの家庭は子沢山で、つい半年前にも四人目の子供が産まれたばかりだ。いざとなったら、チートに頼るかなあ。
なんてこころでぼやくも、それならオフィーリアの手伝いをした方が確実な気がしてきたナガレだった。
提供された料理に舌鼓を打つというのはこういうことを言うのだろう。
その日の夜。
翌日の朝には魔獣討伐という名の「昇格試験」に向かい街をでる彼女は、この土地に来て冒険者になってからもう七年が経過するらしい。
彼女の年齢を知らなかったナガレは、オフィーリアが見た目にそぐわず、自分と五歳も離れていないことを、食事の席で知った。
てっきり十代だと思い込んでいた。
なるほど、姉さん女房的な存在だったのか。
シェイルズはそれよりもさらに若い。
彼の出世はひとえに彼女のサポートなしには無しえなかったのかも、と思うとあの緋色のパーティーは大事なものを失ってしまい、これから先いろいろと体制を整えるのに時間がかかるのだろうなと、ナガレは同情した。
「美味しい! 本当に美味しい! こんなに美味しいの‥‥‥美味しいのに」
長方形に揚げた春巻きのようなそれは、三十や四十といわず、百に近い数が揚げられテーブルの上に並んでいる。
いくつかのテーブル席を固めたそこには、オフィーリアの健闘を祝ってやろうという昔ながらの仲間たちが集まっていた。
日本のお米によく似たそれをパエリエのようにし、ナガレは食卓にそれ以外にも多くの料理を並べた。
昔、この街を救ったことのある蒼い狼の獣人冒険者が好きだったといわれているこの地方特有の名物、セオアサソリの姿煮や塔を棲み処にするとして駆除されることも多い旅行鳩の身を使った唐揚げ、トウモロコシの倍は大きい穀物の実を炒ったポップコーンもあるし、それにソースをつけて焼いたもの、川魚のムニエルに豊富な貝類を使った辛い魚介スープもある。近隣の農家と契約して農作業に従事している冒険者たちからは野菜や果物が多く届けられた。
受付嬢たちとも仲の良いオフィーリアの無事を祈願して、何故か神に祈る時に食べるのだというシフォンケーキが運ばれてくる。
多くの仲間たち、友人たちに囲まれて雪豹のオフィーリアは人生で最後になるかもしれない晩餐を楽しんだのだろう。
飲み干せないほどの酒を注がれ、明日の試験を心配されるほどにしたたかに酔って、彼女は受付嬢の一人を供にして辻馬車に乗り、住処に戻っていく。
「こんな席くらい来ればいいのにな」
「来たくてもこれないんだよ。自分たちが劣るから、あいつをサポートしてやれない。そんな悔しさで酒を煽っているんじゃないかな。連中も、この街のどこかでさ」
後始末をしていると、誰かがそんな会話をして悲しそうに言った。
確かに。
実力不足は‥‥‥辛いよな。
自分にもそんな過去があった。
古いことを思い出すように、ナガレが自嘲気味に笑うと、テーブルの片付けに入った。
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