殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央

文字の大きさ
上 下
52 / 53
エピローグ

第52話 エピローグ

しおりを挟む
「……聖女様と宝珠はワンセットだ。そこまでは解明できている。その意味では誰の罪でもない。そうやれと命じた前国王の罪でもある。若き聖騎士」

 今度は宮廷魔導師長がそんなことを言いだした。

「つまり‥‥‥誰が悪いの」

 もうどうでもいいからさっさと決着をつけて欲しい。
 そう願ってカトリーナはやれやれ、とその場にしゃがみこんだ。
 立ちすぎて膝裏が痛くなったからだ。

「お父様、本当?」
「女神様の許可があれば、誰でも扱える。だが、その者は結界に寿命や健康を吸い取られる。そういうあれは、いわば‥‥‥呪いだ」
「そう。それで、教皇様の私達への仕打ちはあちらに任せるとして」
「任せるとして?」

 大神官が怪訝な顔をする。
 カトリーナは思った。
 父親の度重なる悪行に制裁を下せるとしたら、ここしかない、と。
 でもそのためには目が必要だった。

 正しい目。
 正義を、正しい行いを成すための、判断する目。
 第三者の目。
 それが足りない。

「たぶん、私が思うに‥‥‥」

 と、カトリーナは大神官とルーファスを交互に見やる。
 ああ、いた。
 正しい、目が。聖騎士ならそれにぴったりじゃないか。そう思いながら。

「母国から雪国の脅威を排除しようとした心意気は立派だと思うの。娘をそのための道具にしたり、お母様が娘を救いたいのに救えない悲しみの末に亡くなったり、私が、寝たきりなら殿下に婚約破棄されないように動くのも、父親の役割だと思うの。神官長に裏切られたり、宝珠を盗まれたり。その辺りの責任は、死を以って償ってもいいと思うの」
「カトリーナは、お前。何を言っているのか理解しているのか?」
「もちろん。でもその口はうるさく囀りそうだから、黙っていてね、お父様」

 カトリーナが杖を一振りすると、赤いそれでいて黒々とした靄が出現し、大神官の胸の奥へと吸い込まれていく。
 それは呼吸をできなくさせるようなそんな呪いのようで‥‥‥。

 しばらく顔を真っ赤にしていた大神官は、顔を浅黒くして床に崩れてしまった。

「あ、大変。死んだらだめね、報復も出来ない。それで、ルーファス様」
「……何か」
「裁きには誰かが見ていなければいけないと思うのです。悪人を断罪するそんな目が」
「望まれるならば、そうなりましょう。しかし、死罪に問えるかどうかは分かりません」
「まあ、見ていてくれるのなら、それでいいかな。ところで、宮廷魔導師長様。この闇の取り引き、燦然と輝く太陽の元に晒して、楽になりたいと、そう思われません?」
「異なことを。そんなに容易く世間に問えるはずが‥‥‥」

 できるのよね。できないと思うのは、そっちの勝手で。それとついでに、大神官が死に目を見たことで、それまで隠していた彼の記憶の断片も手に入った。

 なるほど。
 宝珠はそう――隠すのか。
 ついでにガスモンがこの二十年の間、私腹を肥やして来たその証拠も‥‥‥手に入るという相乗効果。これぞ女神様のお導きかもしれない。

「黄金の雨は降らせそう」

 ぽつりとそう言ったカトリーナの一言に、彼らは戦慄した。
 その金がばら撒かれたら、すべてが白日も元に晒されてしまう。
 教皇の悪事も、宮廷魔導師長の野望も、大神官の切り札だって失われてしまうのだ。

「やめ、待て! それはやめろ。その金があれば、まだこの国は――」

 ガスモンと教皇が同じようなことを叫んでいた。
 父親はまだ回復しないのだろう、ルーファスの隣に伏せて動かない。
 なるほど、大悪人とはいえ、国の為を思ってしたという点では、大差ないのかもしれない。

 かといって、誰かがそのために犠牲になっていいなどと、ふざけた前例を作るのを許すことはできない。
 民のために尽くすのがその役割とされる聖女としても、それは看過できないものがあった。

「女神のものは女神の元に。国民のものは国民の元に。戻しましょう?」

 にっこりとカトリーナがそう言った時、飛行船の中に巨大な球体が出現した。
 それは大神官が魔力を感じることがないほどに小さくして、持ち出した女神様の宝珠そのもので‥‥‥。球体は何もない中空から重力の法則に従い、倉庫の壁面にぶち当たる。そのまま重さを支えきれず、みしり、と嫌な音がした。

 ついでに、聖女が更に魔法で加えた加重により、床が抜け倉庫の下支えをしていた構造は崩壊し‥‥‥その昼、王城の天空には宮廷魔導師の塔を盛大に破壊して転がり落ちる紅の球体と黄金の雨のような金貨が、燦然と煌めいていたという。

 ザイガノにガスモン。聖騎士の二人と倉庫にいた者たち。
 地上で被害に遭遇したと思われる魔導師達、その他の関係者は奇跡が起きたのか、怪我人が一人も確認されなかった。

 聖女は国境を渡り、新たな国で新たな結界を張り、女神教を導いたという。
 しかし、大神官だけは消息不明となり、この事件以降、彼を目にしたという記録は残っていない。

 誰かを犠牲にしなければ成立しない結界は、その被害者をフレンヌへと移して継続されたらしい。だが、徐々に威力を失い、それでも極北の気候にまで戻ることは無かったという。

 他人を犠牲にすることではなにも生まれない。

 そう知らしめてくれる一事件だった
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!

もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。 ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。 王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。 ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。 それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。 誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから! アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

聖女に巻き込まれた、愛されなかった彼女の話

下菊みこと
恋愛
転生聖女に嵌められた現地主人公が幸せになるだけ。 主人公は誰にも愛されなかった。そんな彼女が幸せになるためには過去彼女を愛さなかった人々への制裁が必要なのである。 小説家になろう様でも投稿しています。

くれくれ幼馴染に苦手な婚約者を宛がったら人生終わった

毒島醜女
恋愛
人のものを奪うのが大好きな幼馴染と同じクラスになったセーラ。 そんな幼馴染が自分の婚約者であるジェレミーに目をつけたのは、不幸中の幸いであった。 苦手な婚約者であるジェレミーと彼女をくっ付けてやろうと、セーラは計画する…

私は王子の婚約者にはなりたくありません。

黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。 愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。 いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。 そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。 父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。 しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。 なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。 さっさと留学先に戻りたいメリッサ。 そこへ聖女があらわれて――   婚約破棄のその後に起きる物語

出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね

猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」 広間に高らかに響く声。 私の婚約者であり、この国の王子である。 「そうですか」 「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」 「… … …」 「よって、婚約は破棄だ!」 私は、周りを見渡す。 私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。 「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」 私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。 なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。

処理中です...