殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央

文字の大きさ
上 下
51 / 53
エピローグ

第51話 魔導師と教皇と(揃ったやつら)

しおりを挟む

「閣下」

 魔導師の塔で研究に更けっていたガスモンをそう呼んだのは、一人の獣人だった。
 魔導師だ。
 この塔には基本的に魔導師しかいないから、当たり前といえば当たり前だの話だが。

「フレンヌは」
「王太子妃補様なら、殿下のお側にいらっしゃるか、と」
「ふん」

 最近、娘は婚約者のルディ王太子殿下のそばに侍り過ぎだ。
 宮廷魔導師長は権力の道具として娘を利用していながら、それでもやはり父親なのだろう。
 義理とはいえ、幼い頃から面倒を見てきたのだ、年頃の娘を持つ父親がする、当たり前の心配を一通り頭の中で数えてから、机の上に広げた分厚い魔導書から顔を上げる。

「お呼びになられますか?」
「必要ない。殿下にお知らせするまでもない。税金を受け取るだけだ。そうだろうが?」
「あ、はい。師よ」

 国政に携わるような越権行為をしていいのだろうかと、彼は口は出さないが耳を片方だけ傾けて、不安を見せていた。

 いくら将来の国母の父親とはいえ、なにごとにもやり過ぎというものがある。
 物事にはちょうどいい落としどころというものがあり、この場合は出国税を関係省庁の頭を飛び越して、教皇に通告したところまで、が許される範囲だと弟子は思うのだ。

 しかし、ガスモンは教皇が用意してきた大金貨五千枚を手にするまで、その手綱をゆるめることはないだろう。
 フレンヌ様の将来に関わることにならなければよいのだが。

 弟子はそう思いながら、塔の最上階に向かおうと席を立ち、歩きだすガスモンの後ろを追った。
 そこに、飛行船が着くのだ。

 しかし、幾つかの疑問もあった。
 飛行船で大金貨五千枚は運べるだろう。
 だが、それがもし金貨なら?
 大金貨一枚は金貨十枚だ。
 五万枚の金貨を運べるか?
 しかし、その受け渡しは?
 国庫に直接納めるなり、それを公的に確認する役人の派遣なり、あとから私腹を肥やしたと言われないだろうか。

 そんな幾つかの不安が渦巻く中、二人が乗った昇降用のエレベーターは、上昇を開始したのだった。



 昇降口が開き、塔の通用口に巨大なかぎづめで係留された、四辺を幌で包まれた前後に収縮する方式の通路を渡ると、そこは飛行船の下部にある倉庫の中だった。
 なるほど、と彼は一つ納得する。

 大金貨なんて流通させづらいものをどうやって集めたのかと思っていたら、それではなかった。
 倉庫の天井高くまでロープでしっかりと繋がれた木箱の数。
 ざっと見ても千は下らない。
 中身を確認のために開かせたら、中には金貨ではなく、市場に大量に出回っている小金貨ばかりがぎっしりと詰められていた。

「小金貨で五十万枚‥‥‥どこからかき集めてきた、ザイガノ」

 嫌味でも言うかのように、同席した老人にガスモンは訊いてみた。

「これでも二十年も神殿経営やっときゃ、貯まるもんも貯まる‥‥‥」
「貯まらないはずのものを貯めた、というようにも聞こえるがな、ヒッヒヒ」

 いやらしさを感じさせる笑い声だった。

「お前だとて人のこと、言えないだろうが‥‥‥」

 意地汚さを覚えさせる声だった。
 権力と若さを捨てきれない、二人の王国を裏から揺るがそうとする老人どもの饗宴だった。
 もっとも、あいにくとそんなものは長く続かないのが――現実なのだが。

「あの木箱が全部そうだというなら、確かに受け取った。そう言っておこう。良かったな、教皇様。まだもう少しは、女神教が続くぞ」
「ふん‥‥‥それも結界がまともに機能すれば、の話だろうが。お前こそ、代替えになるものを作りだしたと殿下に言ったそうじゃないか。どうするつもりなんだ」

 宮廷魔導師長がなに? という顔をする。
 そして、彼の顔が驚愕に見開かれるまで数秒とかからなかった。

「っ……!」
「おい、なんだ。何を驚いている?」

 政敵のおふざけでないその驚きようを見て、教皇は振り返り、そして固まった。

「聖女、様? なぜ、この場に‥‥‥」
「教皇、お前。わしを罠にはめる気か!」
「何を言っている、あの御方がここにおわすはずが‥‥‥」

 などとのたまう悪党二人に、いきなり現れたカトリーナは微笑み、会釈を返してやる。
 それから、教皇の隣に立っていたナディアを見て、悲しそうに目を床に落とした。
 一瞬だけ視線が交差した聖騎士は、自分の行いを恥じたのだろう。頬を赤く染め、それから悔やむようにして俯いてしまう。

 まだ元気というかしぶといのは老人たちばかりで、カトリーナは一緒にやってきた大神官と、もう一人の聖騎士に「どうします?」と首を傾げてみた。

「神殿の公庫から無断での金貨の持ち出し‥‥‥神殿法に則れば、これは死罪に等しい行いです‥‥‥」

 と、彼は予想通りのありがたい判断を下してくれた。

「なっ、何が死罪か。エディウス卿! お前こそ、この現実が見えておらんのか。このままでは女神教は滅んでしまうのだぞ!」
「だからといって、裏で内々に処理をしていいとは限りません、教皇様。王国には王国の、神殿には神殿の方があります‥‥‥その法律の守り手が我ら、聖騎士の役割。見過ごすことはできないことくらい、お分かりでしょう」

 ぐぬっ、と悪党の巨魁二人は唇を噛み締める。
 しかし、ここは非合法の取り引きの現場であり、合法的に彼らを裁ける者は誰もいないのだ。もっとも、神殿に属する教皇と聖騎士ならばそれば別の話かもしれない。
 その意味では、ガスモンを下せる人間など、誰も存在しなかった。

「……神殿のことはそちらで勝手になされれば宜しいでしょう。この金貨は王太子殿下が出国者である聖女一行に命じられたもの。誰も犯罪だと処断することはできない。そうですな、聖女様?」

 と、ガスモンが開き直った。
 あくまで大金貨五千枚相当の税金を徴収する気らしい。

「やれやれ、ジジイども。国益に害なす老害ばっかりじゃないか。人に女神様の宝珠を盗んだ罪をかぶせ、おまけに結界を維持できないからって追い出した人間を連れ戻そうとする。どうせ、あれだろう、宮廷魔導師長。あんた、宝珠がもし無くならなかったとしても、うちの娘を生かしていく気はなかっただろうが」
「なっ、何を根拠のないことを!」
「師よ、あれはどういう‥‥‥?」

 弟子たちの疑惑の視線がガスモンに集中する。
 片方では神殿が。片方では宮廷魔導師が。
 うるさいこと、とカトリーナは騒動のど真ん中にたちながら、小さくあくびをする。

「ふあっ‥‥‥。どうせあれでしょう、ガスモン様。新しい結界がうまく作用したらそれでよし、だめなら私を幽閉して死ぬまで結界を維持させる。成功しても、結界の構造などを他国に知られたら攻められる原因になるから、口封じをしたかった。そんなところ?」
「いや、それは‥‥‥」
「正解でもないし不正解でもない、そんなところかしら。まあ、こちらとしては信徒たちの受け入れをパルテス側が認めてくれたので。これから実入りなのですよ。国を運営するには資金と民と法が必要なのです」
「何を言っておられる、聖女様‥‥‥」

 教皇の呟きに、朗々と述べるカトリーナはめんどうくさそうにしながら、説明してやる。

「南の分神殿の地下金庫に隠されていた金貨はこちらが頂きました」

 と、指先を揃え、手のひらで父親を示してやる。

「なっ‥‥‥ジョセフ! 貴様、裏切ったか!」
「いやいや、裏切ったのあんただろ。しまいには刺客まで放って聖女や私を殺そうとして。恐ろしいじいさんだ」
「……冤罪だ」

 ナディアが大神官の刺客と言った言葉に反応する。

「おじい様?」
「冤罪だ。証拠は!」

 あー醜い場面だなあ、とカトリーナが見ていると、彼女の父親は「聖女様が女神様の名に懸けて誓うと明言なされるなら、それで十分だろう」などと言うから、ナディアに向かいゆっくりと頷いてやった。
 ついでに教皇の退路を断つために、女神に誓約を立てておく。

「そんなっ」
「最低ですわ、おじい様」

 こうなると聖職者というのは意外とあっさりとしたもので、教皇はその場に座り込むと観念したようだった。
 あとはルーファスに捕まえさせればそれでいいだろう。
 問題はガスモンの方だが、こちらは間接的な関係だし、神殿側に裁ける特権も何もない。
 聖女だからといって、何でもかんでも悪を裁けるというわけではないのだ。

 そして、糾弾の火の粉はこちらにも飛んでくる。

「おい、ちょっと待て! わしらの罪ばかりを叫んでいるが、お前はどうなんだ、大神官! 女神様の宝珠をどこにやった。それがすべての発端だろうが!」

 などと、ガスモンが叫んだ。

「そうだ、それさえあれば、こんなことにならなかったのだ。あれさえあれば、女神様の許可をいただければ誰でも結界を操れると言ったのは、大神官! お前だ!」

 と、教皇が息を吹き返した。

「しかし、聖女様がこれまで辛い目に遭われていたというのに、それを無視して結界の維持を任せた御二人がもっとも罪深いのではないでしょうか」

 それまで黙っていたルーファスが優秀な突っ込みをいれる。
 大神官と教皇はそれを聞いて黙らざるを得なかった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!

もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。 ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。 王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。 ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。 それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。 誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから! アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね

猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」 広間に高らかに響く声。 私の婚約者であり、この国の王子である。 「そうですか」 「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」 「… … …」 「よって、婚約は破棄だ!」 私は、周りを見渡す。 私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。 「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」 私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。 なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。

聖女に巻き込まれた、愛されなかった彼女の話

下菊みこと
恋愛
転生聖女に嵌められた現地主人公が幸せになるだけ。 主人公は誰にも愛されなかった。そんな彼女が幸せになるためには過去彼女を愛さなかった人々への制裁が必要なのである。 小説家になろう様でも投稿しています。

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」  テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。 「誰と誰の婚約ですって?」 「俺と!お前のだよ!!」  怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。 「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。 朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。 そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。 「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」 「なっ……正気ですか?」 「正気ですよ」 最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。 こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

処理中です...