上 下
43 / 53
第四章 故郷の英雄

第43話 襲撃(犯人はバレバレです)

しおりを挟む
「神官が泥棒に身をやつしたんじゃ、女神様への申し訳が立たないわ。冗談じゃない」

 カトリーナはそう言い、無理無理、と顔の前で手を振り拒絶をしめす。
 聖女が犯罪者になるなんてそれこそ、自分を捕まえたがっている教皇や王国側の思うつぼ。
 こんなバカみたいな提案はさっさと却下するに限る。

「やらないのか? 五千枚どころか二十万枚は軽くあるところだぞ?」
「どうしてそんな数を知っているの」
「先々月の財政会議で子細な数が報告されていた。冬の終わりだし、一年も変わる年度末だ、来年の予算だって考えなきゃいけない」
「……神殿に課される税金について、安くするように値切りにいったとは、聞きましたけど」
「なんだそれは! 人聞きが悪い! 交渉に及んだまでだ。大金貨二千枚を出せと言いだした、口論になった時にだなー」

 まさか、女神様の神託があった? あるはずがない、都合よく。だが、可能性は否定できない。

「女神様の御神託、とか?」
 台神官は顔を明るくする。
「そうだ! このままではお前の負担も大きくなると言われてな」
「……は?」

 意味深い言葉が飛び出してきた。
 真意を確かめようとしたとき、ちょうどよく、呼びつけていたエミリーが室内に入ろうと部屋をノックしたのだった。

「誰かしら」
「聖女様? エミリーです」
「どうぞ」

 誰何の声とともに、返事がして、扉が開かれた。
 エミリーは十人ほどの神殿騎士‥‥‥それも誰もが軽く汗をかき、その顔には小さなんいざこざでもあったのだろうか、眉間に大きな皺がよせられていた。

「何があったの、エミリー」

 こんにちは、大神官様、とジョセフに一礼すると、エミリーは騎士たちを、室内へと招き入れ、壁際にたたせた。
 朱にすこし緑の筋が入っているローブを着ている彼らは、王都の大神殿からついて来てくれた腹心の部下たちだった。

 幾人かは毎朝の礼拝で顔を見知った者もいる。
 よくよく見ると彼らが普段は抜くことがないように剣を鞘に固定している止め鐘が、勢いよく抜かれたためだろう、いくつか退いてしまっていることにカトリーナは気づいた。

 ローブや顔、肩や胸などに返り血のようなものも見受けられるし、ところどころ、自身の怪我からくる裂傷なども見て取れる。
 どうやら重症者は個別に治癒として、ある程度動ける者は、カトリーナの元に連れて行った方が早いと、エミリーは判断したらしい。

「とりあえず、動かないで。いい?」

 宝珠がないから能力の解放ができず、いつもの半分ほどにしかならない、回復魔法や治癒魔法、毒や呪いなどの効果も考えて、解呪のできる神聖魔法を唱え、負傷者の傷を癒してやる。

 神殿騎士たちはまたたく間に血色を取り戻し「おお」とか「さすが聖女様!」とか「ありがとうございます」とか、それぞれに感想を述べていた。

 その代わりにカトリーナはさきほど食べた食事以上のカロリーを消費して、小さくお腹をならして赤面した。
 場をごまかすように、
「それで、どこが攻めてきたの。王国、教皇様、どこかの領主?」
 矢継ぎ早に質問を繰り出すが、誰もそれにははい、と答えない。

「その姫様の馬車を複数人の獣人たちが襲ってまいりました」
「そうです、二十以上の武装した獣人たちが、突然‥‥‥のことで対応が間に合わず、いくつかの馬車を奪われてしまいました」
「それで?」
「信徒たちの守りを優先とし、騎馬で追える者が後を追跡していました。が‥‥‥」
「移動しながら、逃げた? それとも、一度、止まってから消えた?」
「は? あ、それは――移動しながら、忽然と姿を消しました」

 申し訳なさそうに、悔しそうに騎士は報告する。

「死者は何人出た? 重症者は?」

 固唾を守っていた大神官が問いかける。
 騎士たちのリーダー格とおぼしき青年は、「治癒魔法で回復できない者はおりません」と返事を述べた。
 聖女一行の面目躍如というところか。

 これで死人がでていたら、本当にあの聖女様は、奇跡を起こせるのか? と中央でねちねちと嫌味につかわれそうだったからだ。

「ご苦労様。でも、意外ね。獣人だったんだ‥‥‥」

 ふうん、と意外と言いながらカトリーナはどこか落ち着いていた。足らなくなった食事を追加するように、分神殿の侍女たちに伝える。
 今度は可哀想だから、大神官の分も上乗せしてやった。

「どんな馬車? 何を盗まれたの?」
「いえ、それが‥‥‥」

 と、怪我と体力が回復したことで気分的に落ち着きを取り戻したのだろう、彼はしきりに頭を捻りながら、「荷馬車なのです」と答えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

聖女の代わりがいくらでもいるなら、私がやめても構いませんよね?

木山楽斗
恋愛
聖女であるアルメアは、無能な上司である第三王子に困っていた。 彼は、自分の評判を上げるために、部下に苛烈な業務を強いていたのである。 それを抗議しても、王子は「嫌ならやめてもらっていい。お前の代わりなどいくらでもいる」と言って、取り合ってくれない。 それなら、やめてしまおう。そう思ったアルメアは、王城を後にして、故郷に帰ることにした。 故郷に帰って来たアルメアに届いたのは、聖女の業務が崩壊したという知らせだった。 どうやら、後任の聖女は王子の要求に耐え切れず、そこから様々な業務に支障をきたしているらしい。 王子は、理解していなかったのだ。その無理な業務は、アルメアがいたからこなせていたということに。

お飾りの正妃

hana
恋愛
ウラノス王子の正妃となって一か月。 彼はララという男爵令嬢を側妃に選んだ。 王子の関心は次第にララへと移るようになり、私はお飾りの正妃となっていく。

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

処理中です...