46 / 53
エピローグ
第46話 聖女の魔力は(有限です)
しおりを挟む
三日ほどが経過した。
カトリーナは数名の侍女と、襲撃に備えて増やされた二十数名の神殿騎士たちと共に、避難施設と化したキャンプを訪れて慰労する。
その際には足りていない衣料品や食料品、医療品などが喜ばれ、足りないところにはラクールの倉庫の扉を開けさせて対応させた。
初日はそれでもよかったが、例の盗賊集団はどこにでも出没した。
深夜でも早朝でも、真昼でも関係なく、やつらは警備の手薄なところを突いて侵入し、女子供といわず剣を振るい強奪を続けた。
「四十数個もある避難民のキャンプ地にそれぞれ護衛を置くのは、人員的に無理があります」
と報告してきたのは、神殿騎士たちをまとめる騎士長だった。
王都から追従し、ここまでの道すがら危険から聖女たちを守ってくれた騎士団は三つ。
その数は二百に及ぶが、全員を各所に駐屯させるわけにもいかない。
「それもそうね。おまけに無差別なのか恣意的なのか、狙いがあるのかはまだ分からないけれど、死なない程度に重症者を出していくのは‥‥‥無理があるわ」
治療に無理がある、そういう意味だと騎士団長は理解する。
カトリーナはじめ、巫女と呼ばれる神殿の女官たちは、数十名いるが、誰しもが回復魔法や神聖魔法で完全な治癒を施せるわけでもない。治療には限界があった。
「その内、関係者にも重症者が出るわよ、まったく」
聖女のその予見は、数日内に確かなものになった。
まだ幼い巫女見習いの少女が、付近を流れる支流まで水を汲みに行く当番を数名の者たちと行っていたら、そこにやつらが現れた。
見習いの少女は片腕を斬り落とされるという、大事故に巻き込まれ意識不明の重体に陥った。からくもカトリーナが駆け付けて一命を取り留めた。
「完全な回復は無理かもしれない。時間がかかるほど、治癒はむずかしくなるの。奇跡だって一日に何回も起こせない。このままじゃ、体力を削られて聖女の命まで消えそうだわ」
しばらく大神官と共に動いていたエミリーがたまたま自分のテントを訪れた時、カトリーナが彼女だけにそっとぼやいたのも、無理からぬことだった。
聖女の魔力は万能ではない。
物事には必ず、限りというものがあるのだ。
ただ、その魔力が膨大過ぎて、常人には無限のように見えるだけのこと。
「あと何万人ほどいけそうですか」
「怖いこと言わないでよ」
「泣き言なんて、聞きたくありませんから。それで、どれくらい?」
はあ、と聖女は大きく嘆息する。
少しくらい、泣き言を言ってもいいではないか。
ただ一人だけ、エミリーだけに聞かせるのだから。
そうね、とカトリーナは目を閉じて検索する。自分のなかに潜む総魔力量。この城塞都市を中心として解放奴隷のキャンプ地が点在する数キロ圏内の魔力の総量。
その二つをそれぞれ一つの固体として天秤にかけ、だいたい何個分かと割り出してみる。
「……いまのままだと、全員‥‥‥難民がいま二万から二万数百。その人々が数回死んでも、再生できる程度には‥‥‥大丈夫」
「なら、そうしてください。これだけの大人数を一度に回復させ治療することに慣れていないだけでしょうから。大したことはありません」
カトリーナの返事に驚きを通り越して、呆れを覚えながら、エミリーは大丈夫でしょう? と微笑んで見せた。
「もし、聖女様を守って、神殿騎士の総数と王国側の兵士とが決戦を引き起しても、こちら側には数回は再起できるだけのものがあるじゃない、カトリーナには」
「……」
そう言われて、聖女は絶句する。
もしそうなったとして、最後の再生を果たした途端、自分の魔力は枯れてしまうだろう。
女神の力が補充されないと、聖女だってただの女なのだ。
あの宝珠がないと、偉大なる奇跡は起こせないのである。
「ねえ、ところでこんな昼間から何しにきたの? 私、まだあと四か所ほど慰労にいかないとおけないのだけれど。あなたは?」
と、思い出したように訊ねられて、エミリーは苦笑する。
カトリーナは心の重荷を吐き出して、ようやく、元の彼女に戻ったみたいだった。
「ああ、それです。大神官様から準備が整ったから、話があると。すぐに」
「すぐに? 無理よ、まだスケジュールがある‥‥‥」
「私が代わりますから。安心を」
「代わったって、死者を再生‥‥‥は、できるわよね。貴方なら……一人じゃないし」
「そう、巫女が数名いれば、それも可能ですから。お気遣いなく」
そんな感じでカトリーナはさっさと大神官の元へ連れていかれてしまう。
カトリーナは数名の侍女と、襲撃に備えて増やされた二十数名の神殿騎士たちと共に、避難施設と化したキャンプを訪れて慰労する。
その際には足りていない衣料品や食料品、医療品などが喜ばれ、足りないところにはラクールの倉庫の扉を開けさせて対応させた。
初日はそれでもよかったが、例の盗賊集団はどこにでも出没した。
深夜でも早朝でも、真昼でも関係なく、やつらは警備の手薄なところを突いて侵入し、女子供といわず剣を振るい強奪を続けた。
「四十数個もある避難民のキャンプ地にそれぞれ護衛を置くのは、人員的に無理があります」
と報告してきたのは、神殿騎士たちをまとめる騎士長だった。
王都から追従し、ここまでの道すがら危険から聖女たちを守ってくれた騎士団は三つ。
その数は二百に及ぶが、全員を各所に駐屯させるわけにもいかない。
「それもそうね。おまけに無差別なのか恣意的なのか、狙いがあるのかはまだ分からないけれど、死なない程度に重症者を出していくのは‥‥‥無理があるわ」
治療に無理がある、そういう意味だと騎士団長は理解する。
カトリーナはじめ、巫女と呼ばれる神殿の女官たちは、数十名いるが、誰しもが回復魔法や神聖魔法で完全な治癒を施せるわけでもない。治療には限界があった。
「その内、関係者にも重症者が出るわよ、まったく」
聖女のその予見は、数日内に確かなものになった。
まだ幼い巫女見習いの少女が、付近を流れる支流まで水を汲みに行く当番を数名の者たちと行っていたら、そこにやつらが現れた。
見習いの少女は片腕を斬り落とされるという、大事故に巻き込まれ意識不明の重体に陥った。からくもカトリーナが駆け付けて一命を取り留めた。
「完全な回復は無理かもしれない。時間がかかるほど、治癒はむずかしくなるの。奇跡だって一日に何回も起こせない。このままじゃ、体力を削られて聖女の命まで消えそうだわ」
しばらく大神官と共に動いていたエミリーがたまたま自分のテントを訪れた時、カトリーナが彼女だけにそっとぼやいたのも、無理からぬことだった。
聖女の魔力は万能ではない。
物事には必ず、限りというものがあるのだ。
ただ、その魔力が膨大過ぎて、常人には無限のように見えるだけのこと。
「あと何万人ほどいけそうですか」
「怖いこと言わないでよ」
「泣き言なんて、聞きたくありませんから。それで、どれくらい?」
はあ、と聖女は大きく嘆息する。
少しくらい、泣き言を言ってもいいではないか。
ただ一人だけ、エミリーだけに聞かせるのだから。
そうね、とカトリーナは目を閉じて検索する。自分のなかに潜む総魔力量。この城塞都市を中心として解放奴隷のキャンプ地が点在する数キロ圏内の魔力の総量。
その二つをそれぞれ一つの固体として天秤にかけ、だいたい何個分かと割り出してみる。
「……いまのままだと、全員‥‥‥難民がいま二万から二万数百。その人々が数回死んでも、再生できる程度には‥‥‥大丈夫」
「なら、そうしてください。これだけの大人数を一度に回復させ治療することに慣れていないだけでしょうから。大したことはありません」
カトリーナの返事に驚きを通り越して、呆れを覚えながら、エミリーは大丈夫でしょう? と微笑んで見せた。
「もし、聖女様を守って、神殿騎士の総数と王国側の兵士とが決戦を引き起しても、こちら側には数回は再起できるだけのものがあるじゃない、カトリーナには」
「……」
そう言われて、聖女は絶句する。
もしそうなったとして、最後の再生を果たした途端、自分の魔力は枯れてしまうだろう。
女神の力が補充されないと、聖女だってただの女なのだ。
あの宝珠がないと、偉大なる奇跡は起こせないのである。
「ねえ、ところでこんな昼間から何しにきたの? 私、まだあと四か所ほど慰労にいかないとおけないのだけれど。あなたは?」
と、思い出したように訊ねられて、エミリーは苦笑する。
カトリーナは心の重荷を吐き出して、ようやく、元の彼女に戻ったみたいだった。
「ああ、それです。大神官様から準備が整ったから、話があると。すぐに」
「すぐに? 無理よ、まだスケジュールがある‥‥‥」
「私が代わりますから。安心を」
「代わったって、死者を再生‥‥‥は、できるわよね。貴方なら……一人じゃないし」
「そう、巫女が数名いれば、それも可能ですから。お気遣いなく」
そんな感じでカトリーナはさっさと大神官の元へ連れていかれてしまう。
13
お気に入りに追加
310
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。
それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。
誰にも信じてもらえず、罵倒される。
そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。
実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。
彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。
故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。
彼はミレイナを快く受け入れてくれた。
こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。
そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。
しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。
むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。
愛していないと嘲笑されたので本気を出します
hana
恋愛
「悪いが、お前のことなんて愛していないんだ」そう言って嘲笑をしたのは、夫のブラック。彼は妻である私には微塵も興味がないようで、使用人のサニーと秘かに愛人関係にあった。ブラックの父親にも同じく嘲笑され、サニーから嫌がらせを受けた私は、ついに本気を出すことを決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる