31 / 53
第三章 会議と選択と
第31話 出国税(無い袖は振れません)
しおりを挟む
この追放はなるべくしてなったのだろうと、カトリーナは思っていた。
フレンヌは殿下を手にするために、結界の構造を紐解き、自分が複製して使えるようにしたのだから。大したものだと、感心するほかなかった。
「……新しい王妃様にご協力したらいかがかしら、教皇様」
「なっ‥‥‥何?」
「ですから、新国王夫妻に、協力されてはいかがかと、そう申しております。それとも、わたしが退位したとしますよね。誰か代わりに聖女を建てるおつもりですか? その代理人は一体どこに? まさか、自分の孫娘を新しい聖女にするおつもり、とか?」
「それはない! わしらに聖女様を選ぶことなど、できるわけがない。それは女神様が為されることだ。恐ろしいことを言わないでいただきたい、聖女様」
「なら‥‥‥」
何を望んで退位なんてさせたいの?
カトリーナは眉根を潜めて怪訝そうな顔をする。
こんな場所に集った本当の意味が、何も見えてこない。
ナディアやルーファスたちを見やると二人とも視線をそらしてしまう。
大神官はふてくされたまま、カトリーナに目を合わせようともしないが、それでもヒントのような一言をつぶやいた。
「……税金だ」
「税金? 何の税金ですか? 神殿の? 春の徴税はもう終わったでしょう」
「聖女様‥‥‥」
やがて教皇は苦しそうに言葉を発した。
「解放奴隷は資産なのです。しかし、金がかかる資産なのです。働かせるだけでは済まない。養う金がかかる資産なのです」
「でも領主たちは手放したがっていたのでは? だからこそ、これだけ数万もの‥‥‥王国の国民の一割を超える彼らが集まっても未だに苦情が立たないのでは?」
いいえ、と教皇は首を振る。
そこには自分の力ではもうどうしようもないという、苦悩の一端が見て取れた。
それを見て、カトリーナはこの老人もただ、神殿での勢力争いのためだけに来たのではないのだ、と分かった。
彼が聖女の退位だの、宝珠だのと言ってきたのは――本当の理由を解決できないからなのだ、と。
「国民を出国させるための税金を支払え、と。そうルディは通達してきましたか。王太子殿下はそれが支払えなければ、聖女の正式な引退と、宝珠を引き渡せとそういうお話でしょうか。わたしたちが宝珠を持ち出したという話にして、更に神殿に払えるはずのない莫大な税金を抱えさせ、期日までに支払いができなければ‥‥‥?」
教皇はそれまで見せなかった悲しい顔をして、かぶりを振った。
「期日はいつまでに? 教皇様」
「……そう長くはありません。早くて、翌週末には‥‥‥」
「翌週末? なるほど、それは時間がありませんね。早くて十日、といったところですか」
さて、要求される額はどれほどだろう。
カトリーナは思ったよりも落ち着いている自分を不思議に感じていた。危機に陥れば、陥るほど‥‥‥勇気が湧いてきて高揚感が全身を駆け巡る。炎の女神に連なる聖女は、もしかすればとても好戦的なのかもしれないと思った。
「額は?」
「大金貨千枚、と」
大金貨千枚。王国の年度予算とほぼ同額だ。
高く見積もられたものねー……そこは評価するけれど。
さて、困った。お金はないのだった。
フレンヌは殿下を手にするために、結界の構造を紐解き、自分が複製して使えるようにしたのだから。大したものだと、感心するほかなかった。
「……新しい王妃様にご協力したらいかがかしら、教皇様」
「なっ‥‥‥何?」
「ですから、新国王夫妻に、協力されてはいかがかと、そう申しております。それとも、わたしが退位したとしますよね。誰か代わりに聖女を建てるおつもりですか? その代理人は一体どこに? まさか、自分の孫娘を新しい聖女にするおつもり、とか?」
「それはない! わしらに聖女様を選ぶことなど、できるわけがない。それは女神様が為されることだ。恐ろしいことを言わないでいただきたい、聖女様」
「なら‥‥‥」
何を望んで退位なんてさせたいの?
カトリーナは眉根を潜めて怪訝そうな顔をする。
こんな場所に集った本当の意味が、何も見えてこない。
ナディアやルーファスたちを見やると二人とも視線をそらしてしまう。
大神官はふてくされたまま、カトリーナに目を合わせようともしないが、それでもヒントのような一言をつぶやいた。
「……税金だ」
「税金? 何の税金ですか? 神殿の? 春の徴税はもう終わったでしょう」
「聖女様‥‥‥」
やがて教皇は苦しそうに言葉を発した。
「解放奴隷は資産なのです。しかし、金がかかる資産なのです。働かせるだけでは済まない。養う金がかかる資産なのです」
「でも領主たちは手放したがっていたのでは? だからこそ、これだけ数万もの‥‥‥王国の国民の一割を超える彼らが集まっても未だに苦情が立たないのでは?」
いいえ、と教皇は首を振る。
そこには自分の力ではもうどうしようもないという、苦悩の一端が見て取れた。
それを見て、カトリーナはこの老人もただ、神殿での勢力争いのためだけに来たのではないのだ、と分かった。
彼が聖女の退位だの、宝珠だのと言ってきたのは――本当の理由を解決できないからなのだ、と。
「国民を出国させるための税金を支払え、と。そうルディは通達してきましたか。王太子殿下はそれが支払えなければ、聖女の正式な引退と、宝珠を引き渡せとそういうお話でしょうか。わたしたちが宝珠を持ち出したという話にして、更に神殿に払えるはずのない莫大な税金を抱えさせ、期日までに支払いができなければ‥‥‥?」
教皇はそれまで見せなかった悲しい顔をして、かぶりを振った。
「期日はいつまでに? 教皇様」
「……そう長くはありません。早くて、翌週末には‥‥‥」
「翌週末? なるほど、それは時間がありませんね。早くて十日、といったところですか」
さて、要求される額はどれほどだろう。
カトリーナは思ったよりも落ち着いている自分を不思議に感じていた。危機に陥れば、陥るほど‥‥‥勇気が湧いてきて高揚感が全身を駆け巡る。炎の女神に連なる聖女は、もしかすればとても好戦的なのかもしれないと思った。
「額は?」
「大金貨千枚、と」
大金貨千枚。王国の年度予算とほぼ同額だ。
高く見積もられたものねー……そこは評価するけれど。
さて、困った。お金はないのだった。
12
お気に入りに追加
320
あなたにおすすめの小説
どうやらこのパーティーは、婚約を破棄された私を嘲笑うために開かれたようです。でも私は破棄されて幸せなので、気にせず楽しませてもらいますね
柚木ゆず
恋愛
※今後は不定期という形ではありますが、番外編を投稿させていただきます。
あらゆる手を使われて参加を余儀なくされた、侯爵令嬢ヴァイオレット様主催のパーティー。この会には、先日婚約を破棄された私を嗤う目的があるみたいです。
けれど実は元婚約者様への好意はまったくなく、私は婚約破棄を心から喜んでいました。
そのため何を言われてもダメージはなくて、しかもこのパーティーは侯爵邸で行われる豪華なもの。高級ビュッフェなど男爵令嬢の私が普段体験できないことが沢山あるので、今夜はパーティーを楽しみたいと思います。
【完結】本当に私と結婚したいの?
横居花琉
恋愛
ウィリアム王子には公爵令嬢のセシリアという婚約者がいたが、彼はパメラという令嬢にご執心だった。
王命による婚約なのにセシリアとの結婚に乗り気でないことは明らかだった。
困ったセシリアは王妃に相談することにした。
お姉様に押し付けられて代わりに聖女の仕事をする事になりました
花見 有
恋愛
聖女である姉へレーナは毎日祈りを捧げる聖女の仕事に飽きて失踪してしまった。置き手紙には妹のアメリアが代わりに祈るように書いてある。アメリアは仕方なく聖女の仕事をする事になった。
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
【完結】大聖女は無能と蔑まれて追放される〜殿下、1%まで力を封じよと命令したことをお忘れですか?隣国の王子と婚約しましたので、もう戻りません
冬月光輝
恋愛
「稀代の大聖女が聞いて呆れる。フィアナ・イースフィル、君はこの国の聖女に相応しくない。職務怠慢の罪は重い。無能者には国を出ていってもらう。当然、君との婚約は破棄する」
アウゼルム王国の第二王子ユリアンは聖女フィアナに婚約破棄と国家追放の刑を言い渡す。
フィアナは侯爵家の令嬢だったが、両親を亡くしてからは教会に預けられて類稀なる魔法の才能を開花させて、その力は大聖女級だと教皇からお墨付きを貰うほどだった。
そんな彼女は無能者だと追放されるのは不満だった。
なぜなら――
「君が力を振るうと他国に狙われるし、それから守るための予算を割くのも勿体ない。明日からは能力を1%に抑えて出来るだけ働くな」
何を隠そう。フィアナに力を封印しろと命じたのはユリアンだったのだ。
彼はジェーンという国一番の美貌を持つ魔女に夢中になり、婚約者であるフィアナが邪魔になった。そして、自らが命じたことも忘れて彼女を糾弾したのである。
国家追放されてもフィアナは全く不自由しなかった。
「君の父親は命の恩人なんだ。私と婚約してその力を我が国の繁栄のために存分に振るってほしい」
隣国の王子、ローレンスは追放されたフィアナをすぐさま迎え入れ、彼女と婚約する。
一方、大聖女級の力を持つといわれる彼女を手放したことがバレてユリアンは国王陛下から大叱責を食らうことになっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる