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第三章 会議と選択と
第25話 塔と飛行船(女神の意志が‥‥‥)
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「懐かしい。ラクーナには十年いた。幼い頃からな、そして女神様の信徒になった。もう二十年以上前の話だ」
ジョセフは幼い頃をすごした街並みを再び目にすることができて、嬉しいのだろう。
本当の童子の頃に戻ったように目を輝かせてみせた。
それは、カトリーナがまだ見知らぬ、父親の表情だった。
「どうして女神様の信徒に?」
ふと、なぜかそんな一言が口を突いてでた。
ラクーナは三重の巨大な防壁と、近隣を流れる大河の支流から水を引き込んである意味、運河の街のように発展している美しい水の都だった。
十六の尖塔を持ち、それぞれが色違いで異なる名前を持つ。
あれは火竜の塔。
あれは翡翠の塔。
あれは白い魔女の塔、というように。
ジョゼフは車窓からとある塔を指さして見せた。
そこにあるのは女神教の教会であり、その奥に神殿があり、そして、女神に礼拝をするために大神官か聖女が昇るとされている、女神の塔がある。
「あそこにな。登ったんだ」
「それは、お父様が女神様に選ばれて?」
「まさか! 私はその頃、神殿騎士見習いだった。宝物庫の在庫の管理をするためだけに雇われた、倉庫番だった。最下層の貧民の子だ、無論、倉庫番もさせてもらえない。ただ、入り口で槍を持ち、じっと立っている。夜番と昼版のに交代でな、ひどい環境だった。そんなある日、盗賊が押し入った」
「は?」
ああ、はいはいと聞き流していたら、盗賊!
それも押し入ってくるなんて。俄然、面白さに興味がそそられた。
朝早く起こされた眠気何てどこかに吹っ飛んでいった。
娘としては父親の成り上がりがそこから始まるのか、と期待してしまう。
やはりカトリーナも女子だ。
当時、まだ自分と同い年かそれよりも若かった少年である父の冒険譚には胸沸きあがり躍るものあがある。
「……それで、勝ったの?」
でも待って。
これまで散々、肩透かしをくらわされた覚えがあるから、カトリーナは話半分に訊くことにした。
「いや、負けて。あっというまに捕らえられた」
「……」
勇士どころか単なる無能じゃないの!
そう口にはださないがやっぱりかーと聖女が呆れていると、話に続きがあった。
「隠していたナイフで縄を切り、仲間たちとそっと逃げ出した」
「逃げたのですね、情けない」
「十数人からの手練れだ。勝てるはずがない」
「そうですね‥‥‥」
これからは逃げ足だけは早い父親、と記憶しておこう。
カトリーナはそう思った。
「仲間たちに知らせるようにそいつらに伝えると、私は塔に登った」
「は? どうして塔なんかに? 運河を利用してくるのでは?」
ラクーナは水運業が盛んな街だ。
てっきり盗賊が逃げるのも、水路か陸路だと思った。
「水路なんか利用してみろ。あちこちの橋に水門だってある。このラクーナは城塞都市だぞ? 門を一度閉じれば、簡単に出入りはできない」
「えーと‥‥‥じゃあ、空から?」
「そういうことだ」
なるほど。
言われてみれば、大きな塔の上には、けん引された飛行船が幾船も上空にはあった。
楕円形で鮮やかな彩色の施されたそれらには大勢の旅客が出入りしているのが、下からでも見て取れる。
「あれな、それぞれの身分ごとの違いはあれど空を往く旅に身分は関係ない」
「それと盗賊団の話とどうつながるのですか」
父親は白地に朱色の二本の横線が引かれた、女神教専用のそれをじっとみつめてから返事する。
「乗れ、と言われた。乗りこみ、やつらの拠点まで行ってずいぶん昔に強奪されたある物を取り返しこい、と。そう命じられた」
「誰に‥‥‥?」
ジョゼフはニヤリと得意気に笑った。
「女神ラーダ様にだ」
カトリーナは思わず椅子から転げ落ちそうになった。
ジョセフは幼い頃をすごした街並みを再び目にすることができて、嬉しいのだろう。
本当の童子の頃に戻ったように目を輝かせてみせた。
それは、カトリーナがまだ見知らぬ、父親の表情だった。
「どうして女神様の信徒に?」
ふと、なぜかそんな一言が口を突いてでた。
ラクーナは三重の巨大な防壁と、近隣を流れる大河の支流から水を引き込んである意味、運河の街のように発展している美しい水の都だった。
十六の尖塔を持ち、それぞれが色違いで異なる名前を持つ。
あれは火竜の塔。
あれは翡翠の塔。
あれは白い魔女の塔、というように。
ジョゼフは車窓からとある塔を指さして見せた。
そこにあるのは女神教の教会であり、その奥に神殿があり、そして、女神に礼拝をするために大神官か聖女が昇るとされている、女神の塔がある。
「あそこにな。登ったんだ」
「それは、お父様が女神様に選ばれて?」
「まさか! 私はその頃、神殿騎士見習いだった。宝物庫の在庫の管理をするためだけに雇われた、倉庫番だった。最下層の貧民の子だ、無論、倉庫番もさせてもらえない。ただ、入り口で槍を持ち、じっと立っている。夜番と昼版のに交代でな、ひどい環境だった。そんなある日、盗賊が押し入った」
「は?」
ああ、はいはいと聞き流していたら、盗賊!
それも押し入ってくるなんて。俄然、面白さに興味がそそられた。
朝早く起こされた眠気何てどこかに吹っ飛んでいった。
娘としては父親の成り上がりがそこから始まるのか、と期待してしまう。
やはりカトリーナも女子だ。
当時、まだ自分と同い年かそれよりも若かった少年である父の冒険譚には胸沸きあがり躍るものあがある。
「……それで、勝ったの?」
でも待って。
これまで散々、肩透かしをくらわされた覚えがあるから、カトリーナは話半分に訊くことにした。
「いや、負けて。あっというまに捕らえられた」
「……」
勇士どころか単なる無能じゃないの!
そう口にはださないがやっぱりかーと聖女が呆れていると、話に続きがあった。
「隠していたナイフで縄を切り、仲間たちとそっと逃げ出した」
「逃げたのですね、情けない」
「十数人からの手練れだ。勝てるはずがない」
「そうですね‥‥‥」
これからは逃げ足だけは早い父親、と記憶しておこう。
カトリーナはそう思った。
「仲間たちに知らせるようにそいつらに伝えると、私は塔に登った」
「は? どうして塔なんかに? 運河を利用してくるのでは?」
ラクーナは水運業が盛んな街だ。
てっきり盗賊が逃げるのも、水路か陸路だと思った。
「水路なんか利用してみろ。あちこちの橋に水門だってある。このラクーナは城塞都市だぞ? 門を一度閉じれば、簡単に出入りはできない」
「えーと‥‥‥じゃあ、空から?」
「そういうことだ」
なるほど。
言われてみれば、大きな塔の上には、けん引された飛行船が幾船も上空にはあった。
楕円形で鮮やかな彩色の施されたそれらには大勢の旅客が出入りしているのが、下からでも見て取れる。
「あれな、それぞれの身分ごとの違いはあれど空を往く旅に身分は関係ない」
「それと盗賊団の話とどうつながるのですか」
父親は白地に朱色の二本の横線が引かれた、女神教専用のそれをじっとみつめてから返事する。
「乗れ、と言われた。乗りこみ、やつらの拠点まで行ってずいぶん昔に強奪されたある物を取り返しこい、と。そう命じられた」
「誰に‥‥‥?」
ジョゼフはニヤリと得意気に笑った。
「女神ラーダ様にだ」
カトリーナは思わず椅子から転げ落ちそうになった。
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