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第二章 聖女の危機
第24話 現れる主役たち(影の‥‥‥)
しおりを挟むカトリーナの父親への思い入れはその程度だから、
「見て満足したなら、外で待っていらしたら、お父様?」
なんて、言葉は返事一つとっても辛辣だ。
「お前、せっかく私が顔を出してやったのに、それはないだろう」
「今日、どこで何をするかの事前の打ち合わせ、とかならこのままでも聞きますけど。娘の着替えを見に寄っただけなら、単なる変態ですね」
用が内ならさっさとでていけ、まだ準備は終わってないから。
周囲の侍女たちが垂れた顔の下で、冷や汗をかき肝を冷やすのも気にせず、カトリーナは堂々と言ってのけた。
「お前‥‥‥」
と自分に対するけんもほろろの扱いに、大神官は絶句する。
テントの入り口では彼を通した女騎士がどうしようとハラハラしながら、聖女と大神官親娘の関係を見守っていた。
「衛兵」
カトリーナが女騎士に合図する。
呼ばれた騎士は「騎士です」と小さく不満を口にして、室内に入ってきた。
「お父様が不穏なことを言いだしたら連れ出して。それまではあちらの長椅子で我慢してくださいな」
「では、大神官様。あちらに‥‥‥」
部屋の中央で父親に突っ立っていられたら、物事は何も進まない。
どうせまだ何か言いたいことがあるのだろうし、とカトリーナはそこまで譲歩した。
他国や他の宗教ではどうか知らないが、女神ラーダの聖女は公的な祭事の時には顔をさらさない。
理由は知らないが、とにかく王冠のような形をした‥‥‥金銀細工で精緻な意匠を施されたそれと被り、額の部分から黒と朱色で交互に編まれた薄いレースのベールをかぶることになる。
こちらからも周囲が見づらいし、あちらからもそうそうは見えないと言われたことがある。
「それでどちらに参るのですか?」
「分神殿だ。教皇と聖騎士が二人。集まっている」
「へえ……教皇様まで」
「北と東の分神殿はそれぞれ帝国と王都に近いからな。守りの意味でも、外さないといけなかった。主が不在で攻められました、なんてことになれば笑い話にもならない。喜ぶのは王太子派だけだ」
背中を守ってくれている彼らに、心で感謝を捧げてカトリーナはしかし、教皇様? なんで? と頭の周りに疑問符を飛ばしていた。
彼は本来、パルテスやその向こうにある帝国とは別の大国であるルゲル枢軸連邦に近い、王国最後の城塞都市トロワードの管理者なのだ。
聖騎士率いる神殿騎士の数も、東の分神殿と並ぶほどに多い。
それだけ、王都やこの城塞都市ラクールの守りが容易だということを、聖騎士が一人しかいないで管轄できる現実は示していた。
それから、城塞都市へ向かう馬車に乗り込んで二人はラクールの城内を目指した。
城の掲げられている旗は王国旗と女神教の神旗、それとラクールを示す旗が一つ。
「どうやらまだ、中立都市としては役立っている? それともあれは誘い込みかしら」
「聖女をさっさと国内から追放しろと王族が叫んでいるからな。王国旗を下げたくてもできないのが、実情だろうな」
大神官もまた正装に身を包んでいる。
不思議なことに聖職者も四十代、五十代を越えると、以前のカトリーナのようにやせ細るか、それともぽっちゃりとなるのが普通だ。
しかし、ジョセフはいつ見ても変わらない。
一介の神殿騎士から大神官になりあがった男は、いまになっても鍛錬を欠かさないようだった。
「それで、教皇様まで巻き込んでどうするおつもりですか。王国内の神殿の持ち物をすべて国王陛下に寄進するとか?」
「そんな馬鹿な真似をするはずがないだろう。せっかく、この西の大陸に女神教を布教する基地が出来たんだぞ、いまさら手放してどうする。枢軸は元から女神教だ。あとは帝国、パルテス、そこから草原の国々までどんどん広めたい。それが‥‥‥」
まさか女神様の想いだ、とか言わないで欲しい。
カトリーナはそう思った。
もしそれが望みなら、自分以外にも健康を代償にして、国に尽くしている聖女はいるはずだから。
それを更に量産するとかっていう話なら。
自分は聖女という職位をさっさと返上して自由になりたかった。
後方に控えるあの信徒の群れだけはなんとかして‥‥‥。
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