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第二章 聖女の危機
第23話 来訪者(ラクーナに出向きます)
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「仕度をしろ」
朝早く、カトリーナがまだ目を覚ましていない頃。
太陽がようやく東の空に顔を出し始めた時だった。
自分の計画表がすべてでそれについてこれないのは全て他人の出来が悪い
そんな傲慢な男、大神官ジョゼフからラクールの市内にある、分神殿の会議へとついてこいとの命令がやってきた。
「また朝早いのね!」
「文句を言うよりも仕度をしないと。お叱りを受けますよ」
「手伝えることある?」
ベッドの周囲をせわしなく行ききする侍女たちに、カトリーナは声をかけた。
「なら、そちらの衣装棚から法衣と‥‥‥ああ、今回はいつものではなく二掛けのものを! 神殿の高位の方々も集まられてくるのだとか」
二掛け?
それは普段着にしている朱色のローブの衿裾に、青や黒、浅黄といった色を組みあわせたものだ。下は神官から上は大神官・聖女に至るまで。
色のバリエーションとそれが示す階級は四十数種類にも及ぶ。
普通の神官クラスなら全部の記憶が必要だけれど、聖女にはそんなことは必要がない。
聖女の色は朱色の二重。間に蒼穹の青を思わせる一筋が入るだけ。
一番地位が近い大神官で、黒と朱色の二重。
そこだけ覚えていれば、最悪、おつきの侍女たちがあれは誰です、これは誰です、と教えてくれるし、会議の席順でもそれは分かる。
そう思い、旅行鞄‥‥鞄とはいっても、大人ひとりは内に入ってしまうような衣装タンスを二つ。鏡折にして合わせたようなもの‥‥‥から、こちらも着慣れた儀礼用のドレスと法衣を用意して、さっさと一人身につけていこう。
としていたら、まったがかかった。
「腰を細く、胸がるように見せなければ! 姫様の威厳が!」
同年代の女子たちは、見せかけの肉体で男性の眼を誤魔化しているらしい。
恥知らずなことだ。
「要らないわよ、ずっと細いままだから」
「でも最近、よく食べなさいますから」
エミリーが巻き尺を手にカトリーナの採寸をする。
確かに、寝たきりだったころよりはよく食べているから、少しばかりお肉がついたかもしれない。
「おかしいわね‥‥‥胸も、お尻も、腰も普通だわ」
「どういう意味で普通なのよ」
侍女は面白そうに応えた。
「胸を作らずに、腰をコルセットで締め上げる必要なく、お尻に詰め物をする必要がなくなった。そういうことです」
「前から腰回りは締めていなかったじゃないの」
過去を思い出してそう告げる。
「確かにそうね、姫様はそんなもの要らないほどに衰えていらしたから。これからはもっと血色がよくなっていくから、締めて差し上げる楽しみが増えました」
侍女に内臓破裂であの世に送られそうな気がするカトリーナだった。
そんなこんなで髪型を結い上げ、化粧を施して準備が整ったのがそれから一時間ほどしてのこと。
大神官は待ちくたびれたようで、わざわざ、こちらに歩いてやってきた。
「おい、できたのか?」
「できましたけれど。男性が婦女子の部屋に入られる時には、もうすこしマナーを‥‥‥」
「マナー? 門番には挨拶はしたぞ?」
なあ? と部屋の入り口に立つ、夜勤明けで眠たそうな顔の女騎士に相槌を求めた。
「部屋に入ります、とお伝えはしました‥‥‥」
かわいそうに彼女は自分に失態があったかと焦っているようだった。
「ほら、ちゃんと彼女は仕事をしている。私も礼儀作法は守っている。守っていないのはこのうるさい室内だけだ」
女どもが集まるとうるさくて仕方ない。
そう言うと、大神官は立ったまま着せ替えを済ませたカトリーナを見やる。
侍女たちが一斉に腰を折り、視線を足元に逸らした。
身分が上の者が一堂に会した際に、まず行われる挨拶だった。
楽にしていいと頂点の者が言わないかぎり頭を起こせないから、あまり人気のある作法ではない。
カトリーナと言えば、彼女は聖女で女神教において最高位の存在だから、そんなことをする必要はなかった。
「おい、なかなか美しくなったな」
尾慇懃無礼に大神官は砕けた物言いをする。
「こんな長い時間、立てるようにまで回復したのか。ありがたいことだ」
長年臥せっていた娘の回復ぶりを見て喜ぶ、一人の父親の姿もそこにはあった。
とはいえ、カトリーナにしてみれば起き上がることができなくなるほど、酷い状況になるまで娘を利用した父親を善人だなんて思うことはまったくない。
だからジョゼフがどんな感慨深い言葉を口にして、女神様に感謝を捧げても、見知らぬおじさんが勝手にそこにいる、程度にしか感じることがなかった。
朝早く、カトリーナがまだ目を覚ましていない頃。
太陽がようやく東の空に顔を出し始めた時だった。
自分の計画表がすべてでそれについてこれないのは全て他人の出来が悪い
そんな傲慢な男、大神官ジョゼフからラクールの市内にある、分神殿の会議へとついてこいとの命令がやってきた。
「また朝早いのね!」
「文句を言うよりも仕度をしないと。お叱りを受けますよ」
「手伝えることある?」
ベッドの周囲をせわしなく行ききする侍女たちに、カトリーナは声をかけた。
「なら、そちらの衣装棚から法衣と‥‥‥ああ、今回はいつものではなく二掛けのものを! 神殿の高位の方々も集まられてくるのだとか」
二掛け?
それは普段着にしている朱色のローブの衿裾に、青や黒、浅黄といった色を組みあわせたものだ。下は神官から上は大神官・聖女に至るまで。
色のバリエーションとそれが示す階級は四十数種類にも及ぶ。
普通の神官クラスなら全部の記憶が必要だけれど、聖女にはそんなことは必要がない。
聖女の色は朱色の二重。間に蒼穹の青を思わせる一筋が入るだけ。
一番地位が近い大神官で、黒と朱色の二重。
そこだけ覚えていれば、最悪、おつきの侍女たちがあれは誰です、これは誰です、と教えてくれるし、会議の席順でもそれは分かる。
そう思い、旅行鞄‥‥鞄とはいっても、大人ひとりは内に入ってしまうような衣装タンスを二つ。鏡折にして合わせたようなもの‥‥‥から、こちらも着慣れた儀礼用のドレスと法衣を用意して、さっさと一人身につけていこう。
としていたら、まったがかかった。
「腰を細く、胸がるように見せなければ! 姫様の威厳が!」
同年代の女子たちは、見せかけの肉体で男性の眼を誤魔化しているらしい。
恥知らずなことだ。
「要らないわよ、ずっと細いままだから」
「でも最近、よく食べなさいますから」
エミリーが巻き尺を手にカトリーナの採寸をする。
確かに、寝たきりだったころよりはよく食べているから、少しばかりお肉がついたかもしれない。
「おかしいわね‥‥‥胸も、お尻も、腰も普通だわ」
「どういう意味で普通なのよ」
侍女は面白そうに応えた。
「胸を作らずに、腰をコルセットで締め上げる必要なく、お尻に詰め物をする必要がなくなった。そういうことです」
「前から腰回りは締めていなかったじゃないの」
過去を思い出してそう告げる。
「確かにそうね、姫様はそんなもの要らないほどに衰えていらしたから。これからはもっと血色がよくなっていくから、締めて差し上げる楽しみが増えました」
侍女に内臓破裂であの世に送られそうな気がするカトリーナだった。
そんなこんなで髪型を結い上げ、化粧を施して準備が整ったのがそれから一時間ほどしてのこと。
大神官は待ちくたびれたようで、わざわざ、こちらに歩いてやってきた。
「おい、できたのか?」
「できましたけれど。男性が婦女子の部屋に入られる時には、もうすこしマナーを‥‥‥」
「マナー? 門番には挨拶はしたぞ?」
なあ? と部屋の入り口に立つ、夜勤明けで眠たそうな顔の女騎士に相槌を求めた。
「部屋に入ります、とお伝えはしました‥‥‥」
かわいそうに彼女は自分に失態があったかと焦っているようだった。
「ほら、ちゃんと彼女は仕事をしている。私も礼儀作法は守っている。守っていないのはこのうるさい室内だけだ」
女どもが集まるとうるさくて仕方ない。
そう言うと、大神官は立ったまま着せ替えを済ませたカトリーナを見やる。
侍女たちが一斉に腰を折り、視線を足元に逸らした。
身分が上の者が一堂に会した際に、まず行われる挨拶だった。
楽にしていいと頂点の者が言わないかぎり頭を起こせないから、あまり人気のある作法ではない。
カトリーナと言えば、彼女は聖女で女神教において最高位の存在だから、そんなことをする必要はなかった。
「おい、なかなか美しくなったな」
尾慇懃無礼に大神官は砕けた物言いをする。
「こんな長い時間、立てるようにまで回復したのか。ありがたいことだ」
長年臥せっていた娘の回復ぶりを見て喜ぶ、一人の父親の姿もそこにはあった。
とはいえ、カトリーナにしてみれば起き上がることができなくなるほど、酷い状況になるまで娘を利用した父親を善人だなんて思うことはまったくない。
だからジョゼフがどんな感慨深い言葉を口にして、女神様に感謝を捧げても、見知らぬおじさんが勝手にそこにいる、程度にしか感じることがなかった。
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