20 / 53
第二章 聖女の危機
第20話 悪い女(聖女は成長します)
しおりを挟む
このままでは信徒を言葉通り路頭に迷わせることにもなりかねない。
季節は春から夏に向かっている。
春の穏やかな陽気が少しずつその濃さを増していて、だけど、その温もりも結界の威力が弱まればあっけなく冬の終わりに戻ってしまう。
それは北側の山々……雲を貫くほどの高さを持たないそれらを見ても明らかだ。
あの山の手前から帝国の領土が始まるそこは、薄っすらと雪が積もって見えた。あと二か月以内に隣国に辿り着かないと食料と燃料の終わりと共に民の幾ばくかは凍死することになるだろう。
なにせ、みんな冬を越せるだけの用意なんて持たずにここに参加しているのだから。
「春から夏の国へと移動するつもりだもんねー。仕方ないか」
「仕方ないかといえば、あれもまだ解決されておりませんけど」
このまま解決されないおつもりですか、とエミリーが手のひらであちらにありますよ、とそれを示してくれる。
「あー……あれ、ね」
うんざりしたような声とともに見たくない、とカトリーナは顔をそむけた。
「あらもったいない。あんなに多くの殿方からお気持ちが届いていますのに」
まあ、仕方ないですね、とエミリーは贅沢だと言いながら同情してくれた。
そこは女同士だ。
聖女が婚約者である王太子に捨てられた話はどうやらとうの昔に国内外に広まったらしい。
『聖女』なんて当人であるカトリーナからすればどうしようもなく面倒くさい役割は、政治を担う者たちや、貴族や金持ちにとっては利用しやすいアイテムのようなものらしい。
さすがに敵国家である帝国からやってくることはなかったが……。
「お気持ちだけで荷馬車数台になるようなモノを贈りつけてくるのだから、殿方とは計算高いものですねー少し分けて頂きたいくらい」
「……行く先々の街で売れる物は売って頂戴。それを旅費の足しにするわ。ラクーナの商人も交えてきちんと話をしないとね。あんなの荷物にしかならないから」
「……勿体ない。物欲がない聖職者というのは素晴らしいものだと思いますけれど。本当にそれでよろしいのですか、姫様」
「いいのよ。お父様に任せていたら荷物が増えるばかりだもの」
そうですねえ、とエミリーはうなずいた。
信徒は日増しに増えていて減る様子もない。
最初に大神殿から持ち出した資金がもう八割に目減りしたと、この場所に着いた当日の幹部会で経理担当の神官と出入りの商人が漏らしていた。
このままでは隣国との国境線を越えられるかどうかも怪しい。
「わたしの私財になるでしょう、あれは」
「それはそうですね。聖女様宛に贈りつけられた品ですし。でも、売り払ったらあとからどんな文句をつけられても逃げられませんよ」
「そこはほら。寄進として頂きました、とかなんとか言えばほら。わたし、聖女だし……あくどいかしら」
「とても。とても悪い女に見えてきましたよ。エミリーは悲しいです」
「勝手に悲しんでらっしゃいな。王宮にいたころはなにも感じなかったけれど、わたしたちを頼ってやってきた信徒を見ていたら、随分と贅沢をさせてもらっていたと感じるの。殿下へのルディへの怒りは別として」
「報復なされたいならもう少し御時間が必要かと思いますけれど。女神教を周辺諸国に布教して、王国をぐるりと包囲して、そのあとに王国から女神教の拠点を引き上げると通告すれば、謝罪どころか平伏してくるかもしれません」
「……物騒なことを考えるのね、あなた」
「娘のようなカトリーナがひどい目に遭わされたのですから。それは怒って当然です。でも」
「いいわ、今は力がない。武力も対抗する経済力もね。逃げている間に王国の軍隊から攻められでもしたら抵抗のしようがない。と、いうわけであれはわたしの一存で処分します」
「はいはい。分かりました。ラクールに遣いを向かわせます。引きとり買い受けできるだけの財力を持った商人を幾人か呼びましょう」
そう言うと、エミリーは踵を返して聖女に背を向けた。
彼女の視線の先にはようやく大神官と会談を終えたのだろう。
カトリーナが振り向くと、例の聖騎士を伴った一団が、大神官の馬車から降りて来るところだった。
「やっぱり、カッコいい!」
エミリーの騒ぐ様子はいってみれば憧れの有名人を目にした街娘たちの喜ぶ姿と大差ないのだけれど、カトリーナからしてみれば、エミリーは神殿の巫女なのだから上司に対して、少しだけ無礼な態度を取っているような気もした。
「聖女に、大神官に、教皇に、聖騎士が四人……、と」
それぞれ、女神の現世における代理人、神官長たちを率いて本殿とその直轄地を管理する長、分神殿の長である司祭たちを管理監督する長、東西南北に位置する分神殿を統括する支部の神殿の軍隊の長。
と、そんな感じに女神教は別れている。
その七人のトップのうちの三人がここにいる
「あら、姫様」
「はい?」
と、エミリーが驚いた声をあげたからその方向を見ると、一度は離れていった分神殿の者たちが騎乗したり乗車した馬車の一群がそこにはあった。
「聖騎士様が……」
「やってきそうね」
ああ、またか、と重い吐息がカトリーナの口を突いて出た。
どうやらまた父親の大神官がいうところの『政治』とやらに巻き込まれそうな予感がしてならなかった。
季節は春から夏に向かっている。
春の穏やかな陽気が少しずつその濃さを増していて、だけど、その温もりも結界の威力が弱まればあっけなく冬の終わりに戻ってしまう。
それは北側の山々……雲を貫くほどの高さを持たないそれらを見ても明らかだ。
あの山の手前から帝国の領土が始まるそこは、薄っすらと雪が積もって見えた。あと二か月以内に隣国に辿り着かないと食料と燃料の終わりと共に民の幾ばくかは凍死することになるだろう。
なにせ、みんな冬を越せるだけの用意なんて持たずにここに参加しているのだから。
「春から夏の国へと移動するつもりだもんねー。仕方ないか」
「仕方ないかといえば、あれもまだ解決されておりませんけど」
このまま解決されないおつもりですか、とエミリーが手のひらであちらにありますよ、とそれを示してくれる。
「あー……あれ、ね」
うんざりしたような声とともに見たくない、とカトリーナは顔をそむけた。
「あらもったいない。あんなに多くの殿方からお気持ちが届いていますのに」
まあ、仕方ないですね、とエミリーは贅沢だと言いながら同情してくれた。
そこは女同士だ。
聖女が婚約者である王太子に捨てられた話はどうやらとうの昔に国内外に広まったらしい。
『聖女』なんて当人であるカトリーナからすればどうしようもなく面倒くさい役割は、政治を担う者たちや、貴族や金持ちにとっては利用しやすいアイテムのようなものらしい。
さすがに敵国家である帝国からやってくることはなかったが……。
「お気持ちだけで荷馬車数台になるようなモノを贈りつけてくるのだから、殿方とは計算高いものですねー少し分けて頂きたいくらい」
「……行く先々の街で売れる物は売って頂戴。それを旅費の足しにするわ。ラクーナの商人も交えてきちんと話をしないとね。あんなの荷物にしかならないから」
「……勿体ない。物欲がない聖職者というのは素晴らしいものだと思いますけれど。本当にそれでよろしいのですか、姫様」
「いいのよ。お父様に任せていたら荷物が増えるばかりだもの」
そうですねえ、とエミリーはうなずいた。
信徒は日増しに増えていて減る様子もない。
最初に大神殿から持ち出した資金がもう八割に目減りしたと、この場所に着いた当日の幹部会で経理担当の神官と出入りの商人が漏らしていた。
このままでは隣国との国境線を越えられるかどうかも怪しい。
「わたしの私財になるでしょう、あれは」
「それはそうですね。聖女様宛に贈りつけられた品ですし。でも、売り払ったらあとからどんな文句をつけられても逃げられませんよ」
「そこはほら。寄進として頂きました、とかなんとか言えばほら。わたし、聖女だし……あくどいかしら」
「とても。とても悪い女に見えてきましたよ。エミリーは悲しいです」
「勝手に悲しんでらっしゃいな。王宮にいたころはなにも感じなかったけれど、わたしたちを頼ってやってきた信徒を見ていたら、随分と贅沢をさせてもらっていたと感じるの。殿下へのルディへの怒りは別として」
「報復なされたいならもう少し御時間が必要かと思いますけれど。女神教を周辺諸国に布教して、王国をぐるりと包囲して、そのあとに王国から女神教の拠点を引き上げると通告すれば、謝罪どころか平伏してくるかもしれません」
「……物騒なことを考えるのね、あなた」
「娘のようなカトリーナがひどい目に遭わされたのですから。それは怒って当然です。でも」
「いいわ、今は力がない。武力も対抗する経済力もね。逃げている間に王国の軍隊から攻められでもしたら抵抗のしようがない。と、いうわけであれはわたしの一存で処分します」
「はいはい。分かりました。ラクールに遣いを向かわせます。引きとり買い受けできるだけの財力を持った商人を幾人か呼びましょう」
そう言うと、エミリーは踵を返して聖女に背を向けた。
彼女の視線の先にはようやく大神官と会談を終えたのだろう。
カトリーナが振り向くと、例の聖騎士を伴った一団が、大神官の馬車から降りて来るところだった。
「やっぱり、カッコいい!」
エミリーの騒ぐ様子はいってみれば憧れの有名人を目にした街娘たちの喜ぶ姿と大差ないのだけれど、カトリーナからしてみれば、エミリーは神殿の巫女なのだから上司に対して、少しだけ無礼な態度を取っているような気もした。
「聖女に、大神官に、教皇に、聖騎士が四人……、と」
それぞれ、女神の現世における代理人、神官長たちを率いて本殿とその直轄地を管理する長、分神殿の長である司祭たちを管理監督する長、東西南北に位置する分神殿を統括する支部の神殿の軍隊の長。
と、そんな感じに女神教は別れている。
その七人のトップのうちの三人がここにいる
「あら、姫様」
「はい?」
と、エミリーが驚いた声をあげたからその方向を見ると、一度は離れていった分神殿の者たちが騎乗したり乗車した馬車の一群がそこにはあった。
「聖騎士様が……」
「やってきそうね」
ああ、またか、と重い吐息がカトリーナの口を突いて出た。
どうやらまた父親の大神官がいうところの『政治』とやらに巻き込まれそうな予感がしてならなかった。
22
お気に入りに追加
343
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

義母の企みで王子との婚約は破棄され、辺境の老貴族と結婚せよと追放されたけど、結婚したのは孫息子だし、思いっきり歌も歌えて言うことありません!
もーりんもも
恋愛
義妹の聖女の証を奪って聖女になり代わろうとした罪で、辺境の地を治める老貴族と結婚しろと王に命じられ、王都から追放されてしまったアデリーン。
ところが、結婚相手の領主アドルフ・ジャンポール侯爵は、結婚式当日に老衰で死んでしまった。
王様の命令は、「ジャンポール家の当主と結婚せよ」ということで、急遽ジャンポール家の当主となった孫息子ユリウスと結婚することに。
ユリウスの結婚の誓いの言葉は「ふん。ゲス女め」。
それでもアデリーンにとっては、緑豊かなジャンポール領は楽園だった。
誰にも遠慮することなく、美しい森の中で、大好きな歌を思いっきり歌えるから!
アデリーンの歌には不思議な力があった。その歌声は万物を癒し、ユリウスの心までをも溶かしていく……。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。
それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。
誰にも信じてもらえず、罵倒される。
そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。
実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。
彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。
故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。
彼はミレイナを快く受け入れてくれた。
こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。
そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。
しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。
むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

聖女に巻き込まれた、愛されなかった彼女の話
下菊みこと
恋愛
転生聖女に嵌められた現地主人公が幸せになるだけ。
主人公は誰にも愛されなかった。そんな彼女が幸せになるためには過去彼女を愛さなかった人々への制裁が必要なのである。
小説家になろう様でも投稿しています。

くれくれ幼馴染に苦手な婚約者を宛がったら人生終わった
毒島醜女
恋愛
人のものを奪うのが大好きな幼馴染と同じクラスになったセーラ。
そんな幼馴染が自分の婚約者であるジェレミーに目をつけたのは、不幸中の幸いであった。
苦手な婚約者であるジェレミーと彼女をくっ付けてやろうと、セーラは計画する…

私は王子の婚約者にはなりたくありません。
黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。
愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。
いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。
そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。
父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。
しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。
なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。
さっさと留学先に戻りたいメリッサ。
そこへ聖女があらわれて――
婚約破棄のその後に起きる物語

出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね
猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」
広間に高らかに響く声。
私の婚約者であり、この国の王子である。
「そうですか」
「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」
「… … …」
「よって、婚約は破棄だ!」
私は、周りを見渡す。
私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。
「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」
私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。
なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる