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第二章 聖女の危機
第19話 分神殿の遣い(聖騎士登場です)
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二週間が経過した。
聖女一行はラクール以降の予定を、すべてパルタスに通じる国境沿いに点在する、彼らの分神殿がある都市を経由することにしていた。
そのためか、獣人たちを含めた救済をもとめる信者の列はさらに数を増すばかりだ。
日ごとに増えていく彼らの総数は、これまでに数えただけでゆうに二万を越していた。
このまま行けば雪だるま式に数は増えていくだろう。
そして、最初の予定地。
城塞都市ラクールの門をくぐる前に、一行はその歩みを止めていた。
「都市内に入れない?」
「第三郭すらも入れて貰えない様子です」
「なんでそうなったのよ。一体何がどうなっているの」
エミリーからの報告を受け、カトリーナは信じられないといった顔になった。
ラクールは三重の城壁を持つ、古い都市で最も外側にある壁はもう千年ほど昔に作られたものになる。
目の前にあるのは単なる土を型にはめて造り出しただけの土塁のようなもので、到底、現代の魔法兵器の役に立つようなものとも思えない。
しかし、それでもカトリーナの背丈よりは高く、見上げてみれば大人三人ほど高さをもつし、いまも手入れはきちんとされているらしく、大きな継ぎ目、割れ目といったものもとりあえずは見当たらない。
「ここを背にして一時的な避難地を作ればどうにかなると思ったのだけれど」
と、周囲をぐるりと見渡してみれば、大神官の座する馬車のなかに入っていく人影が数名。ラクールの分神殿に籍を置く神官と神殿騎士たちだ。
本神殿に籍を置いていたカトリーナやエミリーと違い、彼らは朱色のローブではなく、うすり秋の空のような青色のそれをまとっている。
「あれって」
カトリーナがその一団を指さすと、エミリーが珍しい人がいると声を上げた。
「分神殿の……あら、聖騎士様まで!」
「聖騎士?」
「そうですよ! 聖騎士様ですよ! ああ、なんて神々しいっ」
「あなたの目の前には聖女がいるでしょう……」
神々しいではなく、雄々しい、の間違いじゃないの、とカトリーナは溜息をつく。
とはいえ自分の世話役として幼い頃から尽くしてくれたこの侍女が恋人もいないままに、三十代を迎えてしまったことには……いくばくかの申し訳なさも感じてしまう。
「それはそれ、これはこれじゃないですか。ああ、カッコいい」
「あっそ。王宮にだってカッコいい騎士様はたくさんいたじゃないの」
「聖なる格が違いますから。近衛騎士様や王国騎士様も悪くないけれど」
「もう……」
恋人はいないけれど、休暇を利用して遊びに出ていったり、夜半に抜け出して会いにいく相手はいたはずだ。
「いいですねえ。目の保養になります。聖女様では美しいだけですから」
「はいはい。どうでもいいわよ。王宮に戻ってもいいのよ?」
「あんな場所、戻るだけ損ですよ、姫様。いまさら下働きの女官からやり直せとか言われても困ります」
まあ、そんなことはどうでもいいのだけれども、と聖女の視線は大神官の馬車の中に入っていった一団からさっさと離れてしまう。
あの銀髪の長身の騎士様が、聖騎士、ね。
遠目に見た限りだけれど、神殿騎士の最高位という割には優れた体格であるようには見えなかった。偉丈夫というわけでもなく、歴戦の猛者といった感じも漂ってこない。六人ほどいる男たちの中ではそれなりの風格と威厳は持っているように見えたが……。
「どこで決まるのかしら」
「何がですか?」
不思議そうな顔をしてその場を去る主人に続きながら、エミリーが問い返す。
「何でもない。それより、ラクールの返事をもってきた者たちはお父様の側にはいなかったようだけれど、どうなったの」
「ああ、それですか。朝早く、先頭を行く先触れの者に伝えたそうですよ」
「聖女の一団に向かってたったそれだけ? お父様に挨拶もなく去るなんていい度胸だわ」
憤然として言い放つそれを聞いてエミリーがくすり、と笑っていた。
「随分とお元気になられましたね」
「……そうかしら。まあ、いいわ。あの郭の向こう側なら城塞都市の内側だから神殿の土地。そこならみんなに何があってもとりあえずは守れると思ったの」
「それも含めて、いま分神殿から人が来ているのではありませんか」
「お父様に任せてうまくまとまると良いわね」
「それは……」
ラクールの城壁を越えることができないこと自体、分神殿と聖女一行の意思疎通ができていないことを現わしているのは明らかだった。
聖女一行はラクール以降の予定を、すべてパルタスに通じる国境沿いに点在する、彼らの分神殿がある都市を経由することにしていた。
そのためか、獣人たちを含めた救済をもとめる信者の列はさらに数を増すばかりだ。
日ごとに増えていく彼らの総数は、これまでに数えただけでゆうに二万を越していた。
このまま行けば雪だるま式に数は増えていくだろう。
そして、最初の予定地。
城塞都市ラクールの門をくぐる前に、一行はその歩みを止めていた。
「都市内に入れない?」
「第三郭すらも入れて貰えない様子です」
「なんでそうなったのよ。一体何がどうなっているの」
エミリーからの報告を受け、カトリーナは信じられないといった顔になった。
ラクールは三重の城壁を持つ、古い都市で最も外側にある壁はもう千年ほど昔に作られたものになる。
目の前にあるのは単なる土を型にはめて造り出しただけの土塁のようなもので、到底、現代の魔法兵器の役に立つようなものとも思えない。
しかし、それでもカトリーナの背丈よりは高く、見上げてみれば大人三人ほど高さをもつし、いまも手入れはきちんとされているらしく、大きな継ぎ目、割れ目といったものもとりあえずは見当たらない。
「ここを背にして一時的な避難地を作ればどうにかなると思ったのだけれど」
と、周囲をぐるりと見渡してみれば、大神官の座する馬車のなかに入っていく人影が数名。ラクールの分神殿に籍を置く神官と神殿騎士たちだ。
本神殿に籍を置いていたカトリーナやエミリーと違い、彼らは朱色のローブではなく、うすり秋の空のような青色のそれをまとっている。
「あれって」
カトリーナがその一団を指さすと、エミリーが珍しい人がいると声を上げた。
「分神殿の……あら、聖騎士様まで!」
「聖騎士?」
「そうですよ! 聖騎士様ですよ! ああ、なんて神々しいっ」
「あなたの目の前には聖女がいるでしょう……」
神々しいではなく、雄々しい、の間違いじゃないの、とカトリーナは溜息をつく。
とはいえ自分の世話役として幼い頃から尽くしてくれたこの侍女が恋人もいないままに、三十代を迎えてしまったことには……いくばくかの申し訳なさも感じてしまう。
「それはそれ、これはこれじゃないですか。ああ、カッコいい」
「あっそ。王宮にだってカッコいい騎士様はたくさんいたじゃないの」
「聖なる格が違いますから。近衛騎士様や王国騎士様も悪くないけれど」
「もう……」
恋人はいないけれど、休暇を利用して遊びに出ていったり、夜半に抜け出して会いにいく相手はいたはずだ。
「いいですねえ。目の保養になります。聖女様では美しいだけですから」
「はいはい。どうでもいいわよ。王宮に戻ってもいいのよ?」
「あんな場所、戻るだけ損ですよ、姫様。いまさら下働きの女官からやり直せとか言われても困ります」
まあ、そんなことはどうでもいいのだけれども、と聖女の視線は大神官の馬車の中に入っていった一団からさっさと離れてしまう。
あの銀髪の長身の騎士様が、聖騎士、ね。
遠目に見た限りだけれど、神殿騎士の最高位という割には優れた体格であるようには見えなかった。偉丈夫というわけでもなく、歴戦の猛者といった感じも漂ってこない。六人ほどいる男たちの中ではそれなりの風格と威厳は持っているように見えたが……。
「どこで決まるのかしら」
「何がですか?」
不思議そうな顔をしてその場を去る主人に続きながら、エミリーが問い返す。
「何でもない。それより、ラクールの返事をもってきた者たちはお父様の側にはいなかったようだけれど、どうなったの」
「ああ、それですか。朝早く、先頭を行く先触れの者に伝えたそうですよ」
「聖女の一団に向かってたったそれだけ? お父様に挨拶もなく去るなんていい度胸だわ」
憤然として言い放つそれを聞いてエミリーがくすり、と笑っていた。
「随分とお元気になられましたね」
「……そうかしら。まあ、いいわ。あの郭の向こう側なら城塞都市の内側だから神殿の土地。そこならみんなに何があってもとりあえずは守れると思ったの」
「それも含めて、いま分神殿から人が来ているのではありませんか」
「お父様に任せてうまくまとまると良いわね」
「それは……」
ラクールの城壁を越えることができないこと自体、分神殿と聖女一行の意思疎通ができていないことを現わしているのは明らかだった。
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