5 / 53
プロローグ
第5話 杖、杖はどこ(暴力反対)
しおりを挟む
「大神官になり、王族に近い生き方を二十年も楽しんだのですからだ、一思いにやり返してやればよかったのに! お父様は本当に意気地がないというか、だらしないというか。見ていて情けなさすら感じます!」
「随分な言い草だな、娘よ」
だってどう考えても行き当たりばったりにしか見えない。
カトリーナからすれば、ジョセフは自分の実が危うくなったから、周りを先導して逃げ出した。
そうとしか見えない行動を取っていた。
「なら、どうして。あんな使えない神官長なんかに後継を譲ったのですか……」
「それは簡単だ。女神様がもっと西の貧しい地域を救いたいと神託を下された」
「え?」
初耳だった。
それなら、この王国イスタシアを見捨てるというのか。
それにしてはまだ女神教を国教から外そうとする動きはなさそうにも思えた。
いずれあるのもしれないけれど、今ではないはず。
「この王国は?」
「ここはもうほら、神殿もあるし。きちんと結界を維持する方法も、神殿の魔法陣やらなにやらを構築する準備も完成している。あとは、誰かが制御するだけだ」
「誰かって……誰?」
ふーむ、と大神官は腕を組んで考える。
カトリーナにはそれがさもわざとらし仕草に見えて額に青筋を立てていた。
「困りのは人民だと、なんども申し上げております!」
「しかしなあ、次の移転先は女神様の御神託だ。どうしようもない、あの王国との縁が切れるタイミングというものも、主には見えていたのかもしれんな」
「つまり……民が極貧からある程度の豊かさを手にする力を貸したから、あとは自分でどうにかしろ、と。それが女神様のお考えですか」
「そう推察するしかないのだ。私にも断片的な神託しか降りなくてな。聖女なら、お前の方がそれは専門分野だろう?」
また無茶を言う。
カトリーナはそう思った。
他国では聖女もしくは大神官が神託を受けるのだという。
しかし、自分には生まれてこのかた、そんな能力は授かっておらず機会にも恵まれてなかった。
そんな神託があれば、とうの昔に王太子なんて見限っていた。
「それができれば……現実は大きく変わったでしょうか?」
「いや、どうだろうな。やはり、信じる者と信じない者の差は大きい。ここにいるほとんどは熱心な女神教の信者だ。彼らは神殿の要職から奴隷までその大半を占めている」
「それをまさか、お父様の人望とは思っていませんよね」
「違うか? 私が信用される生き方をしてきたからこそ……もちろん、お前の存在があってできたことだが、民はこうしてついてきてくれた」
私に人望が無いとは思わないだろう?
大神官はどうだ、と両手を広げて自慢する。
そう暗に言って退ける父親の自信に聖女はめまいを感じた。
「フレンヌ辺りではないかな? あれは宮廷魔導師長の娘だし、魔力も申し分ない」
「いえ、そこではなくて……。維持はできても、それは天空から見えない御椀型の結界をかぶせただけになるのですよ? 細やかな調整は? 温度管理は? 瘴気の浄化はどうするのですか」
とうとうと聖女はまくしたてる。
それらを十年に渡って制御してきた自分ってすごいなと、ちょっとだけ自分を誉めたりもした。
結界は女神にえらばれた聖女以外が制御しようとしてもまともに機能しないのだ。
「まあ、仕方ないだろう。いらないといいだしたのは王族側だ。こっちとしては約束を反故にされ、大損害だよ」
「……」
「どうした?」
なぜか勢いを失い、固まってしまったカトリーナの前に手をやってジョセフはそれを交互に振って見せる。
カトリーナの視線は生きていた。
「女神様と話せるならもっと早く! どうしてこんなどうしようもない、取り返しのつかないところまで引っ張って……娘が最愛だと思っていた男性から、婚約破棄をされ出て行けと言われ、おまけにあんなバカ女に男を奪われた虚しさを! どうして私が味わされないといけないの!」
「あー……」
と、ジョセフは申し訳なさそうに視線を逸らす。
車内には四人。
侍女たちはもちろん、カトリーナの味方だ。
女性三人に睨まれてしまい、ジョセフはごくりと唾を飲み込んだ。
「そのお前がさっき言っていたフレンヌだがな、王太子からの命令を受けて国内の辺境で女神様と同質の結界を張る実験をしていた」
「なんだかそんな話を聞いた気がする……」
大神官のローブの裾で涙を吹き、でてくる鼻をかんでカトリーナはだから? と続きを促した。
「形としては成功した。それはそうだ、元から結界のなかに小型のそれを作るのだから。成功しないわけがない」
「それで、どうつながってくるの、お父様」
「簡単だ。実験は成功し、王太子はお前よりも健康な……ああ、すまん。いた、いたいっ。クッションで殴るのは辞めなさい! 暴力反対!」
さすがに大神官が馬車の中に立てかけておいた杖を手にして殴ろうとしたのは、侍女たちによって止められた。
ここで息の根を止めておけば、父親に聖女として利用された恨みも晴らせるのに。
邪魔が入ってしまい、カトリーナはとても凶悪な顔つきで「チッ」とか言っていた。
大神官はそれを見聞きして滅茶苦茶びびっていた。
カトリーナは怯えぶりを見て、とりあえず溜飲を降ろした。
「随分な言い草だな、娘よ」
だってどう考えても行き当たりばったりにしか見えない。
カトリーナからすれば、ジョセフは自分の実が危うくなったから、周りを先導して逃げ出した。
そうとしか見えない行動を取っていた。
「なら、どうして。あんな使えない神官長なんかに後継を譲ったのですか……」
「それは簡単だ。女神様がもっと西の貧しい地域を救いたいと神託を下された」
「え?」
初耳だった。
それなら、この王国イスタシアを見捨てるというのか。
それにしてはまだ女神教を国教から外そうとする動きはなさそうにも思えた。
いずれあるのもしれないけれど、今ではないはず。
「この王国は?」
「ここはもうほら、神殿もあるし。きちんと結界を維持する方法も、神殿の魔法陣やらなにやらを構築する準備も完成している。あとは、誰かが制御するだけだ」
「誰かって……誰?」
ふーむ、と大神官は腕を組んで考える。
カトリーナにはそれがさもわざとらし仕草に見えて額に青筋を立てていた。
「困りのは人民だと、なんども申し上げております!」
「しかしなあ、次の移転先は女神様の御神託だ。どうしようもない、あの王国との縁が切れるタイミングというものも、主には見えていたのかもしれんな」
「つまり……民が極貧からある程度の豊かさを手にする力を貸したから、あとは自分でどうにかしろ、と。それが女神様のお考えですか」
「そう推察するしかないのだ。私にも断片的な神託しか降りなくてな。聖女なら、お前の方がそれは専門分野だろう?」
また無茶を言う。
カトリーナはそう思った。
他国では聖女もしくは大神官が神託を受けるのだという。
しかし、自分には生まれてこのかた、そんな能力は授かっておらず機会にも恵まれてなかった。
そんな神託があれば、とうの昔に王太子なんて見限っていた。
「それができれば……現実は大きく変わったでしょうか?」
「いや、どうだろうな。やはり、信じる者と信じない者の差は大きい。ここにいるほとんどは熱心な女神教の信者だ。彼らは神殿の要職から奴隷までその大半を占めている」
「それをまさか、お父様の人望とは思っていませんよね」
「違うか? 私が信用される生き方をしてきたからこそ……もちろん、お前の存在があってできたことだが、民はこうしてついてきてくれた」
私に人望が無いとは思わないだろう?
大神官はどうだ、と両手を広げて自慢する。
そう暗に言って退ける父親の自信に聖女はめまいを感じた。
「フレンヌ辺りではないかな? あれは宮廷魔導師長の娘だし、魔力も申し分ない」
「いえ、そこではなくて……。維持はできても、それは天空から見えない御椀型の結界をかぶせただけになるのですよ? 細やかな調整は? 温度管理は? 瘴気の浄化はどうするのですか」
とうとうと聖女はまくしたてる。
それらを十年に渡って制御してきた自分ってすごいなと、ちょっとだけ自分を誉めたりもした。
結界は女神にえらばれた聖女以外が制御しようとしてもまともに機能しないのだ。
「まあ、仕方ないだろう。いらないといいだしたのは王族側だ。こっちとしては約束を反故にされ、大損害だよ」
「……」
「どうした?」
なぜか勢いを失い、固まってしまったカトリーナの前に手をやってジョセフはそれを交互に振って見せる。
カトリーナの視線は生きていた。
「女神様と話せるならもっと早く! どうしてこんなどうしようもない、取り返しのつかないところまで引っ張って……娘が最愛だと思っていた男性から、婚約破棄をされ出て行けと言われ、おまけにあんなバカ女に男を奪われた虚しさを! どうして私が味わされないといけないの!」
「あー……」
と、ジョセフは申し訳なさそうに視線を逸らす。
車内には四人。
侍女たちはもちろん、カトリーナの味方だ。
女性三人に睨まれてしまい、ジョセフはごくりと唾を飲み込んだ。
「そのお前がさっき言っていたフレンヌだがな、王太子からの命令を受けて国内の辺境で女神様と同質の結界を張る実験をしていた」
「なんだかそんな話を聞いた気がする……」
大神官のローブの裾で涙を吹き、でてくる鼻をかんでカトリーナはだから? と続きを促した。
「形としては成功した。それはそうだ、元から結界のなかに小型のそれを作るのだから。成功しないわけがない」
「それで、どうつながってくるの、お父様」
「簡単だ。実験は成功し、王太子はお前よりも健康な……ああ、すまん。いた、いたいっ。クッションで殴るのは辞めなさい! 暴力反対!」
さすがに大神官が馬車の中に立てかけておいた杖を手にして殴ろうとしたのは、侍女たちによって止められた。
ここで息の根を止めておけば、父親に聖女として利用された恨みも晴らせるのに。
邪魔が入ってしまい、カトリーナはとても凶悪な顔つきで「チッ」とか言っていた。
大神官はそれを見聞きして滅茶苦茶びびっていた。
カトリーナは怯えぶりを見て、とりあえず溜飲を降ろした。
43
お気に入りに追加
320
あなたにおすすめの小説
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
第一王女アンナは恋人に捨てられて
岡暁舟
恋愛
第一王女アンナは自分を救ってくれたロビンソンに恋をしたが、ロビンソンの幼馴染であるメリーにロビンソンを奪われてしまった。アンナのその後を描いてみます。「愛しているのは王女でなくて幼馴染」のサイドストーリーです。
七光りのわがまま聖女を支えるのは疲れました。私はやめさせていただきます。
木山楽斗
恋愛
幼少期から魔法使いとしての才覚を見せていたラムーナは、王国における魔法使い最高峰の役職である聖女に就任するはずだった。
しかし、王国が聖女に選んだのは第一王女であるロメリアであった。彼女は父親である国王から溺愛されており、親の七光りで聖女に就任したのである。
ラムーナは、そんなロメリアを支える聖女補佐を任せられた。それは実質的に聖女としての役割を彼女が担うということだった。ロメリアには魔法使いの才能などまったくなかったのである。
色々と腑に落ちないラムーナだったが、それでも好待遇ではあったためその話を受け入れた。補佐として聖女を支えていこう。彼女はそのように考えていたのだ。
だが、彼女はその考えをすぐに改めることになった。なぜなら、聖女となったロメリアはとてもわがままな女性だったからである。
彼女は、才覚がまったくないにも関わらず上から目線でラムーナに命令してきた。ラムーナに支えられなければ何もできないはずなのに、ロメリアはとても偉そうだったのだ。
そんな彼女の態度に辟易としたラムーナは、聖女補佐の役目を下りることにした。王国側は特に彼女を止めることもなかった。ラムーナの代わりはいくらでもいると考えていたからである。
しかし彼女が去ったことによって、王国は未曽有の危機に晒されることになった。聖女補佐としてのラムーナは、とても有能な人間だったのだ。
愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす
リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」
夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。
後に夫から聞かされた衝撃の事実。
アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。
※シリアスです。
※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。
本日は、絶好の婚約破棄日和です。
秋津冴
恋愛
聖女として二年間、王国に奉仕してきたマルゴット。
彼女には同じく、二年前から婚約している王太子がいた。
日頃から、怒るか、罵るか、たまに褒めるか。
そんな両極端な性格の殿下との付き合いに、未来を見れなくなってきた、今日この頃。
自分には幸せな結婚はないのかしら、とぼやくマルゴットに王太子ラスティンの婚約破棄宣が叩きつけられる。
その理由は「聖女が他の男と不貞を働いたから」
しかし、マルゴットにはそんな覚えはまったくない。
むしろこの不合理な婚約破棄を逆手にとって、こちらから婚約破棄してやろう。
自分の希望に満ちた未来を掴み取るため、これまで虐げられてきた聖女が、理不尽な婚約者に牙をむく。
2022.10.18 設定を追記しました。
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる