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第一章 南の塔(悪だくみはここから始まります)

第11話 犠牲(誰も望みません)

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「でもどうすればいいのでしょうか。ねえ、ガスモン先生。聖女様が少しでも長生きしていただけるようにするには……僕には難しい問題です」
「そうですな。一つの方法、というわけではありませんが」

 と、ガスモンは得意げな顔をしてそう言った。
 ルディはなんとなくその答えを知りつつ耳を傾ける。

「帝国とパルテスの間で起きた戦争の結果、多くの難民が生まれました。王国では彼らを移民として受け入れ、才能ある者にはそれに沿った仕事に就けるように支援してまいろうかと。考えております」
「あー……それってつまり、魔導師が増えた?」

 幼い何も理解できていない少年のように、王太子は質問する。
 答えは……予測できたものだった。

「全員ではありませんが、先月から幾人か魔法の才覚がある者を私の塔にて、指導しております」
「それはすごい」
「いえいえ」

 宮廷魔導師ジョナサンに働きかけて実験動物にされていた奴隷たちを、新たな宮廷魔導師候補にするように差し向けることは成功した。
 とはいっても狙ってそうしたわけではなかった。
 あの女の子の立場が少しでも有利になって、これ以上、無意味な血が流れないようにしたかった。
 そうしたら結果的にそうなった。
 ただ、それだけだった。

「それで、聖女様とどうつながるの?」
「あ、はい。我が国の魔法の歴史は古くその知識をもってすれば、女神様の結界がどうなって造られているかを紐解けるかもしれません。それが分かれば、今度は人間の手で結界を張ることができます」
「そうか、聖女様の負担を減らして差し上げることができるんだね!」
「そうです!」

 そして魔導師の復権もまた適う。
 ガスモンはそれを言わずにいた。
 ルディは冷ややかな視線を彼に送りつつ、人に犠牲を押し付ける女神とは何だろうと考える。 
 王国には十万の民がいる。
 十万の為に一人が犠牲になる。
 それは本当に正しいのか。
 判断がつかないまま、王太子の心は子供がよくやるように、まだ会っていないカトリーナへと向いていた。

「だけど、僕はまだお会いしたことがない」
「しきたりでございますからな、殿下」

 ガスモンが致し方ないと首をふる。
 王太子を守る役目の衛士が二人。
 彼らは槍を縦に掲げたまま、その言葉に同意する。

「カトリーナ様。未来の妻の事は、父上から聞かされている。しかし、会ったこともない相手とずっと一緒にいるって……よくわからない」
「それが結婚というものですから、殿下」

 ジャスミンが諭すように言った。

「おば様、それは理解するようにいたします。でも……」

 と、ルディは言葉に詰まる。
 しかし、妻が困っているなら助けるのが夫の役割ではないのか。
 幼い王太子はそう考える。
 いまは亡くなった彼の母親。
 エミリー先妃に健康を与えたいと願い、大神官ジョゼフと契約した国王メナード、その人のように。

「ジャスミン叔母様。でも未来の王妃が悲しむなら、僕はどうすればいい?」
「難しい質問ですね、殿下。我が王国は選ばれた民の国でございます。女神様に選ばれた栄光の国。その国が他国に負けないようにすることが、殿下のお勤めかと乳母は思います」

 どこか誇らしげに。
 他者を見下すようにしてジャスミンはそう言った。
 名前に合わず、黒い髪はその性根の悪さを彩るように陽光をのみこんで、黒々と輝いていた。

「……母様は亡くなった。僕は女神様に何のありがとうも言いたくないよ……」
「エミリー様は女神様に求められて殿下を出産なさいました。そのお勤めを立派に果たされてから他界為されたのです。誇らしいことですよ」

 ルディは家臣たちにその顔を見せないようにして、ぐっと歯を食いしばる。
 思わずなつかしさがこみ上げてきてしまい、泣きそうになったからだ。
 
 犠牲。
 その言葉の意味はまだ五歳の王太子ルディには分からなかった。
 ただ、みんながかもしだす場の雰囲気と、それがどうもよくないことだ、ということくらいは肌で感じ取れた。
 最近、いろいろな書物を読むことで自分の世界が広がっているを感じる王太子は、それならば誰も犠牲を出さない国を作るべきじゃないのか。
 そう強く感じていた。

「ガスモン」
「はい、殿下」
「あの子は、お前の娘にしたか」
「あー……あの奴隷でございますな。殿下が獣人に興味がおありとは。娘といいますか、身分は与えましたが王宮にあげるにはまだまだ格が足りません」
「どう思う、あの子を」

 その質問に、ガスモンは戸惑った。
 あの獣人の少女を王太子はどこで見知ったのか、弟子のジョナサンを通じていきなり、ガスモンの義理の娘にしろと言ってきた。
 王族の命令だからと一族の末席には加えたけれど……。

「性格は大人しく従順、狼の獣人ですからいずれは魔力に対する扱いも慣れることでしょう。覚えは悪くないと思いますが、お側にあげるには、まだ……」

 どうせ、友人が少ない身の王太子だ。
 奴隷が困っていたのを救ったと、自尊心を満たしてやったら、いつか忘れるだろうとガスモンは思っていた。
 獣人だがあの娘の才覚は確かに悪くない。
 新しい魔法を産みだす実験をさせてみて、それはよく理解できた。
 いい実験材料だったが、同じような素体はまた手に入るはず。
 また新たに購入しなくてはならないと、ガスモンは頭でそろばんをはじいていた。

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