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第一章 南の塔(悪だくみはここから始まります)
第7話 始まり(過去に戻ります)
しおりを挟む王都を出たカトリーナは父親が率いる女神の信者たちとアルタの街で合流する。
そこからまた二か月ほどをかけて、こんどは温暖な西の土地にあるパルテスという国が彼らを招いてくれているのだという。
付いてくる者たちの多くは、元王都の神殿で働いていた神官や女官。
下働きの奴隷まで様々な身分と多種多様な種族の者たちがいた。
そして困ったことに合流したアルタの街を出発してから数日。
その旅団は元々荷馬車を含めて数台だったはずなのに。
いつしか人々は増え、馬車は数十に列をなしていた。
その多くはイスタシアで迫害をうけ最下層で生きる獣人の人々で……。
「獣人、ね。まるであの子みたい」
と、カトリーナはある幼馴染のことを思い返していた。
――十年前。
まだカトリーナが王宮に王妃候補として入ることになる、数週間前のことだった。
冬の季節の太陽は昼下がりだというのに、もう西の空へと傾こうとしている。
そんなうす寒い斜陽の注ぎ込む自室の書斎で、王太子は眼下に続く王宮とその周囲に楕円状に広がる王都を眺めていた。
ついでに、北から東にかけてどんよりと曇った鉛色の雲が空の一角を埋め始めていた。
その雲がやってくる方向にある、青銅色に染まった山岳地帯を眺めその足元に住むという獣人たちの国を思いやる。
あそこにはまだ見たことも出会ったこともない人種がいる。
幼い五歳の王太子ルディはそんな未知への興味に空想を巡らせていた。
「彼らはどんな食事をするのかな?」
「人と我らとそんなに変わらない食事ですよ殿下」
乳母のジャスミンがそう優しく返事をする。
彼の母親は、王太子を産んですぐに亡くなっていた。
母親代わりのジャスミンを見て、ルディは苔色の瞳をそちらに向ける。
「でも最近、悪い話を聞いたよ」
「なんでしょうか、殿下。悪い話とは」
「獣人の国とどこかの国が戦争をして、獣人の国が負けたって。名前は……」
うーん? とルディは首を傾げた。
確かに聞いた覚えがあるけれど、なんとなくその国名を思い出せない。
「パルテス、ではありませんか?」
ジャスミンが助け舟をだす。
少年はそう、それ! と軽く手を打って顔を明るくした。
「あの国は我が国の国教、女神様の妹神である大地母神様を奉っておりますから。我がイスタシアも戦争に参加したのですよ。だから、最初は敗走しましたがいまではそうではありません」
「ふーん。いまは違うんだ」
「はい、そうですよ」
けれど、とルディは更に首を傾げていた。
「吟遊詩人の歌では、獣人の多くはどれい? になったとか。人が減るの?」
「減ったといった話は聞こえておりません」
問いかけに侍女の一人が応えた。
ジャスミンが返事を渋ったからだ。
ここは話題を変えようと侍女はしていた。
「そう。まあ、いいのだけれど。それよりも城のなかには獣人が増えたね?」
「あ……はい、殿下」
「首輪をしている者も多いと思うな。あまり見てないけど」
それは王族の目に届く場所には奴隷は配置していないからだ。
侍女はそう思ったが、黙ることにした。
ルディが何を言いたいのか、判断がつかなかった。
代わりに、そろそろお昼の休憩が終わることを彼女は告げた。
「……殿下、そろそろ午後の講義の御時間です」
「あれ。もう?」
暖炉の上に置いた時計を確認したら、確かにそんな時間を示していた。
乳母と侍女たち、気の知れた衛士たちを周りにおいて過ごす一時が、ルディの息抜きの時間だった。
「次はどこでやるのかな?」
「こちらにお越しなるとのことです」
「分かった」
次の講義は魔法学で、教えるのは国の宮廷魔導師長ガスモンだ。
優しいようで間違えると容赦のない叱責が飛んでくる。
ルディはなんとなく彼のことが苦手だった。
「ここでやるのか、今日は見れないね。仕方ない……」
そう、ルディは呟く。
魔導師長が普段いるのは、時計回りに三本ほどずれた北の塔で普段はそこまで移動する必要がある。
魔法で召喚された魔獣や騎士団が使役してる飛竜は怖かったが、雄々しくも見えてルディはそれらを見に行くのが楽しみだった。
ただ……。
「奴隷は嫌だ」
「殿下? 何か?」
「なんでもないよ、ジャスミンおば様」
あの陰気臭い北の塔からは、魔法の実験と称してさまざまな拷問が行われているとも耳にしていた。
地下深く、人の目にはつかないその場所で、恐ろしい実験が夜な夜な行われているのだとか。
自分が住んでいる場所の近くでそんなことはして欲しくなかった。
気分が悪いからだ。
「僕はいじめが嫌いだ。誰かを殴ったりすることも、血だって見たくないよ」
そうですね、とジャスミンはルディの肩にそっと手をかける。
「でも、殿下は良いことをなさいました」
少年があるできごとを見て悲しみ、それを止めるようにと父親に嘆願した一月ほど前のことだと、ルディは思い至る。
「おば様、それがきちんと守られていたらいいとは思いますが。でも、それはされていない」
王太子は自分の意志が城のなかにあまり及んでいないことをちゃんと知っていて、憤りを感じていた。
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