運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央

文字の大きさ
上 下
4 / 9

第四話

しおりを挟む
「それでどうなりました? 子爵様はやはりお怒りになられたのですか?」

 と、シュラスが興味津々に食い入るようにして母に続きを促す。
 母はそれがちょっと嬉しかったのか、年甲斐もなく頬をほんのりと染めて、そこに手を添えていた。

「いいえ。おしかりを受けるどころかその若い水兵の視線には気付いていた、とおっしゃいました。あの人ったら私がもしも誘惑されそうになったら、取り返しに行く気満々だったみたい」
「それはなかなか大人の対応ですね」

 本当にそうだろうか?
 他の男に自分の妻が、それも新婚旅行中に色目を使われて、その場で怒らない夫がいるものだろうか。
 なんてことをわたしならまずまっさきに考える。
 男性は、女性のわたしとは主観が違うのかもしれないけれど。
 母は言葉を続けた。

「お父様は何も怒ってなかった訳じゃないの。ただ自分に自信があっただけなのよ」
「自信? お母様が、思い出話にせよこんなことを話すのに?」
「そう。ロージはちょっと気が短いわね、損をするわよ。エマは物事に無関心を装って、それでいて小ばかにするようなことが多い」
「私のことは関係ないでしょ!」
「私、そんな感じで世界を見ていません」

 などと、姉妹が母に文句をつけるが、彼女はどこ吹く風とこなしていた。
 わたしは婚約者の前で、実の母親にどんな評価を下されるのかと思うと、生きた心地がしない。
 
「そして、ジゼル」
「彼女はおおらかで、慈愛に満ち、何事にも前を向いて歩くことができる女性だと信じています」
「あら、先にそう言われたらもうこれ以上言うことはないわね。でも‥‥‥」
「何ですか、お母様」
「あなたは前を向きすぎて、人のことを大事にしすぎて、自分のほんのちょっと小さなことを、疎かにしがちよ。そこを気をつけなさい。婚約おめでとう。結婚式はいつにするのかしら?」
「あっ……」

 いきなりそこに話が飛ぶと、考えていたことが全て頭から抜け落ちてしまった。
 わたしと彼は、互いに顔を見合わせると、用意していた一通の手紙を母親に、二人で手渡した。
 それは、二ヶ月後の初夏のある日曜日。
 ようやく予約の取れた、結婚式への招待状だった。

「これを渡したくて。彼のことを認めてほしくて。食事会を開いてもらったの」
「もちろん参加しますよ。可愛い娘の結婚式だもの。戦地にいらしているお父様の名代として、ちゃんといかせていただきます。ありがとうね」
「お母様、それで相談が‥‥‥」

 この国では男が女性の家に入る時、多額の持参金を用意する。
 女が男性の家に入る時は、家具一式と女だけのお金を持たせる。
 夫婦でも財布は別。
 でも、男性はいずれ家の跡とりになるから、その意味では財布を持つ必要が無いからだ。
 そして私の場合、彼を迎えることになる。

「いや、それは僕から話すべきだろう」
「でも、あなた」
「いいから。僕が義理の母上になる方に、お伝えしよう」
「はい」

 と、わたしが言いづらそうにしていると、彼がその役を買って出てくれた。

「僕は侯爵家の三男ですから、自然と自分に与えられる爵位と領地は子爵となります」
「ええ、そうね。長男のかたが跡を継がれるなら、次男は伯爵、三男は子爵となるのが通例だわ」
「はい、ありがとうございます。そこで、法律家と相談しました。持参金についてですが‥‥‥」

 母は呑気な顔をしながら、彼の話に耳をかたむける。
 子爵家にはまだ跡取りがいない。姉はもうすぐ結婚するし、妹はまだ十四歳だ。
 結婚には少しばかり、早すぎた。
 しかし、シュラスは三男ということもあり、持っている爵位も我が家と同等の、子爵位。
 子爵が別の子爵を継ぐのだから、とくに持参金は要らないだろうというのが、法律家の見解だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。

華蓮
恋愛
ラビートは、アリエンスのことが好きで、結婚したら少しでも贅沢できるように出世いいしたかった。 王女の護衛になる事になり、出世できたことを喜んだ。 王女は、ラビートのことを気に入り、休みの日も呼び出すようになり、ラビートは、休みも王女の護衛になり、アリエンスといる時間が少なくなっていった。

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

【完結】16わたしも愛人を作ります。

華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、 惨めで生きているのが疲れたマリカ。 第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、

真実の愛かどうかの問題じゃない

ひおむし
恋愛
ある日、ソフィア・ウィルソン伯爵令嬢の元へ一組の男女が押しかけた。それは元婚約者と、その『真実の愛』の相手だった。婚約破棄も済んでもう縁が切れたはずの二人が押しかけてきた理由は「お前のせいで我々の婚約が認められないんだっ」……いや、何で? よくある『真実の愛』からの『婚約破棄』の、その後のお話です。ざまぁと言えばざまぁなんですが、やったことの責任を果たせ、という話。「それはそれ。これはこれ」

【完結】22皇太子妃として必要ありませんね。なら、もう、、。

華蓮
恋愛
皇太子妃として、3ヶ月が経ったある日、皇太子の部屋に呼ばれて行くと隣には、女の人が、座っていた。 嫌な予感がした、、、、 皇太子妃の運命は、どうなるのでしょう? 指導係、教育係編Part1

今更「結婚しよう」と言われましても…10年以上会っていない人の顔は覚えていません。

ゆずこしょう
恋愛
「5年で帰ってくるから待っていて欲しい。」 書き置きだけを残していなくなった婚約者のニコラウス・イグナ。 今までも何度かいなくなることがあり、今回もその延長だと思っていたが、 5年経っても帰ってくることはなかった。 そして、10年後… 「結婚しよう!」と帰ってきたニコラウスに…

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました

山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。 だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。 なろうにも投稿しています。

「平民との恋愛を選んだ王子、後悔するが遅すぎる」

ゆる
恋愛
平民との恋愛を選んだ王子、後悔するが遅すぎる 婚約者を平民との恋のために捨てた王子が見た、輝く未来。 それは、自分を裏切ったはずの侯爵令嬢の背中だった――。 グランシェル侯爵令嬢マイラは、次期国王の弟であるラウル王子の婚約者。 将来を約束された華やかな日々が待っている――はずだった。 しかしある日、ラウルは「愛する平民の女性」と結婚するため、婚約破棄を一方的に宣言する。 婚約破棄の衝撃、社交界での嘲笑、周囲からの冷たい視線……。 一時は心が折れそうになったマイラだが、父である侯爵や信頼できる仲間たちとともに、自らの人生を切り拓いていく決意をする。 一方、ラウルは平民女性リリアとの恋を選ぶものの、周囲からの反発や王家からの追放に直面。 「息苦しい」と捨てた婚約者が、王都で輝かしい成功を収めていく様子を知り、彼が抱えるのは後悔と挫折だった。

処理中です...