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第四話
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「それでどうなりました? 子爵様はやはりお怒りになられたのですか?」
と、シュラスが興味津々に食い入るようにして母に続きを促す。
母はそれがちょっと嬉しかったのか、年甲斐もなく頬をほんのりと染めて、そこに手を添えていた。
「いいえ。おしかりを受けるどころかその若い水兵の視線には気付いていた、とおっしゃいました。あの人ったら私がもしも誘惑されそうになったら、取り返しに行く気満々だったみたい」
「それはなかなか大人の対応ですね」
本当にそうだろうか?
他の男に自分の妻が、それも新婚旅行中に色目を使われて、その場で怒らない夫がいるものだろうか。
なんてことをわたしならまずまっさきに考える。
男性は、女性のわたしとは主観が違うのかもしれないけれど。
母は言葉を続けた。
「お父様は何も怒ってなかった訳じゃないの。ただ自分に自信があっただけなのよ」
「自信? お母様が、思い出話にせよこんなことを話すのに?」
「そう。ロージはちょっと気が短いわね、損をするわよ。エマは物事に無関心を装って、それでいて小ばかにするようなことが多い」
「私のことは関係ないでしょ!」
「私、そんな感じで世界を見ていません」
などと、姉妹が母に文句をつけるが、彼女はどこ吹く風とこなしていた。
わたしは婚約者の前で、実の母親にどんな評価を下されるのかと思うと、生きた心地がしない。
「そして、ジゼル」
「彼女はおおらかで、慈愛に満ち、何事にも前を向いて歩くことができる女性だと信じています」
「あら、先にそう言われたらもうこれ以上言うことはないわね。でも‥‥‥」
「何ですか、お母様」
「あなたは前を向きすぎて、人のことを大事にしすぎて、自分のほんのちょっと小さなことを、疎かにしがちよ。そこを気をつけなさい。婚約おめでとう。結婚式はいつにするのかしら?」
「あっ……」
いきなりそこに話が飛ぶと、考えていたことが全て頭から抜け落ちてしまった。
わたしと彼は、互いに顔を見合わせると、用意していた一通の手紙を母親に、二人で手渡した。
それは、二ヶ月後の初夏のある日曜日。
ようやく予約の取れた、結婚式への招待状だった。
「これを渡したくて。彼のことを認めてほしくて。食事会を開いてもらったの」
「もちろん参加しますよ。可愛い娘の結婚式だもの。戦地にいらしているお父様の名代として、ちゃんといかせていただきます。ありがとうね」
「お母様、それで相談が‥‥‥」
この国では男が女性の家に入る時、多額の持参金を用意する。
女が男性の家に入る時は、家具一式と女だけのお金を持たせる。
夫婦でも財布は別。
でも、男性はいずれ家の跡とりになるから、その意味では財布を持つ必要が無いからだ。
そして私の場合、彼を迎えることになる。
「いや、それは僕から話すべきだろう」
「でも、あなた」
「いいから。僕が義理の母上になる方に、お伝えしよう」
「はい」
と、わたしが言いづらそうにしていると、彼がその役を買って出てくれた。
「僕は侯爵家の三男ですから、自然と自分に与えられる爵位と領地は子爵となります」
「ええ、そうね。長男のかたが跡を継がれるなら、次男は伯爵、三男は子爵となるのが通例だわ」
「はい、ありがとうございます。そこで、法律家と相談しました。持参金についてですが‥‥‥」
母は呑気な顔をしながら、彼の話に耳をかたむける。
子爵家にはまだ跡取りがいない。姉はもうすぐ結婚するし、妹はまだ十四歳だ。
結婚には少しばかり、早すぎた。
しかし、シュラスは三男ということもあり、持っている爵位も我が家と同等の、子爵位。
子爵が別の子爵を継ぐのだから、とくに持参金は要らないだろうというのが、法律家の見解だった。
と、シュラスが興味津々に食い入るようにして母に続きを促す。
母はそれがちょっと嬉しかったのか、年甲斐もなく頬をほんのりと染めて、そこに手を添えていた。
「いいえ。おしかりを受けるどころかその若い水兵の視線には気付いていた、とおっしゃいました。あの人ったら私がもしも誘惑されそうになったら、取り返しに行く気満々だったみたい」
「それはなかなか大人の対応ですね」
本当にそうだろうか?
他の男に自分の妻が、それも新婚旅行中に色目を使われて、その場で怒らない夫がいるものだろうか。
なんてことをわたしならまずまっさきに考える。
男性は、女性のわたしとは主観が違うのかもしれないけれど。
母は言葉を続けた。
「お父様は何も怒ってなかった訳じゃないの。ただ自分に自信があっただけなのよ」
「自信? お母様が、思い出話にせよこんなことを話すのに?」
「そう。ロージはちょっと気が短いわね、損をするわよ。エマは物事に無関心を装って、それでいて小ばかにするようなことが多い」
「私のことは関係ないでしょ!」
「私、そんな感じで世界を見ていません」
などと、姉妹が母に文句をつけるが、彼女はどこ吹く風とこなしていた。
わたしは婚約者の前で、実の母親にどんな評価を下されるのかと思うと、生きた心地がしない。
「そして、ジゼル」
「彼女はおおらかで、慈愛に満ち、何事にも前を向いて歩くことができる女性だと信じています」
「あら、先にそう言われたらもうこれ以上言うことはないわね。でも‥‥‥」
「何ですか、お母様」
「あなたは前を向きすぎて、人のことを大事にしすぎて、自分のほんのちょっと小さなことを、疎かにしがちよ。そこを気をつけなさい。婚約おめでとう。結婚式はいつにするのかしら?」
「あっ……」
いきなりそこに話が飛ぶと、考えていたことが全て頭から抜け落ちてしまった。
わたしと彼は、互いに顔を見合わせると、用意していた一通の手紙を母親に、二人で手渡した。
それは、二ヶ月後の初夏のある日曜日。
ようやく予約の取れた、結婚式への招待状だった。
「これを渡したくて。彼のことを認めてほしくて。食事会を開いてもらったの」
「もちろん参加しますよ。可愛い娘の結婚式だもの。戦地にいらしているお父様の名代として、ちゃんといかせていただきます。ありがとうね」
「お母様、それで相談が‥‥‥」
この国では男が女性の家に入る時、多額の持参金を用意する。
女が男性の家に入る時は、家具一式と女だけのお金を持たせる。
夫婦でも財布は別。
でも、男性はいずれ家の跡とりになるから、その意味では財布を持つ必要が無いからだ。
そして私の場合、彼を迎えることになる。
「いや、それは僕から話すべきだろう」
「でも、あなた」
「いいから。僕が義理の母上になる方に、お伝えしよう」
「はい」
と、わたしが言いづらそうにしていると、彼がその役を買って出てくれた。
「僕は侯爵家の三男ですから、自然と自分に与えられる爵位と領地は子爵となります」
「ええ、そうね。長男のかたが跡を継がれるなら、次男は伯爵、三男は子爵となるのが通例だわ」
「はい、ありがとうございます。そこで、法律家と相談しました。持参金についてですが‥‥‥」
母は呑気な顔をしながら、彼の話に耳をかたむける。
子爵家にはまだ跡取りがいない。姉はもうすぐ結婚するし、妹はまだ十四歳だ。
結婚には少しばかり、早すぎた。
しかし、シュラスは三男ということもあり、持っている爵位も我が家と同等の、子爵位。
子爵が別の子爵を継ぐのだから、とくに持参金は要らないだろうというのが、法律家の見解だった。
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