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プロローグ

第4話 秘密の関係

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「いつまで秘密にしないといけないの? あと2年待って18歳で卒業してからも、こんなふうに秘密の関係でいたいっていうなら、別れるからね」

 じわり、と真綿を締めるようにして迫る。
 ルシアードは短くした栗色の頭をあわてて振って、苔色の瞳に困惑の色を浮かべた。

「いや、それは待って。ちゃんとするから。学院では恋愛禁止だから」
「本当にそうかな? 他に好きな女子がいたりしない?」
「いないよ。絶対に、女神に誓ってもいい」
「ふうん」

 一応、ここまでがいつも通りのワンセット。
 あまりしつこくすると、文字通り白皙怜悧な美男子はほかの誰かにもっていかれてしまうだろう。

 学則でどんなに恋愛を禁止しようが、男女の仲は法律になんて縛られないものだ。
 姉としばらく会っていないエリオットの関係が、それを如実に物語っている。

「俺は誰かに愛を語ったりなんてしてないから――」
「俺は?」
「あ、いや‥‥‥まだ聞いてないのか」
「なにを?」

 しまったという顔をするルシアードは、大きなポブラ並木の木陰に出された路面席の周囲を注意深く見渡す。
 まるで誰かに、知られたくない秘密をしゃべるときのような仕草に、エレナはどう応じていいのか反応に困った。

「まだ聞いてないんだったらここで聞いたことは、しばらく秘密にしてほしい」
「あなたがそんなことを言うなんて、珍しい。約束は守るけど、内容によるかもしれない?」
「困るんだよ。絶対に秘密にしてほしい。そうでなくても漏れたら大変なことになる。多分数日のうちには明らかになることだから」
「だったら次回聞いてもいいんだけど。それをしたら私が困る?」

 問いかけにルシアードは顔を渋くした。

「どうして言わなかったんだって、俺は口汚く罵られると思う」
「数日黙ってるだけでいいんだったら、約束する。話して?」
「……実はエリオットのやつが、ロレインに婚約破棄を叩きつけたんだ」
「なんですって!」

 バンっ、とエレナはテーブルを激しく叩く。
 血気盛んな冒険者の血が瞬間的によみがえり、そうさせてしまった。

 姉が婚約破棄を申し付けられた? その言葉は、夏の盛りが終わりはらはらと舞い散るポブラの葉っぱのように、時間をたててゆっくりとエレナの心に落ちていった。

「だから、静かに」
「なんで? どうしてお姉ちゃんが‥‥‥あんなに愛し合っていたじゃない」

 呟くとエレナは立ち上がり、自分を落ち着かせようとする隣席のルシアードの胸倉をつかんだ。

「秘密にしてくれって」
「どうしてあなたが知ってるの」
「エリオットは俺の同室だから。それに、学院だと誰でも知ってるんだ。外に漏れてないだけなんだよ」
「その言葉の意味がわからない。みんなの前で婚約破棄をしたってこと? 伯爵令息のエリオットがそんな恥知らずの真似をするはずがないわ」

 正解、とうめくように言い、ルシアードは力強い恋人の腕をゆっくりと解いた。
 理性を失ったペットを落ち着かせるときのようにして、もう一度、両腕でエレナを抱え豊かな胸板に押し付ける。

「もう1つあるんだ。こっちに関しては俺が被害者」
「聞きたくない‥‥‥」
「是非聞いてほしいんだよ。誤解されたくないから」
「誤解? 理解の間違いじゃなくて? これ以上なにを誤解しろと?」
「先週末に開かれた学生夜会の舞踏会で、あいつは婚約破棄したんだ。エリオットがロレインに。そのとき、理由は爵位がどうとか身分がどうとかそういうものじゃなかった」
「他にどんな理由で婚約破棄するっていうの? 仮にもこの街を救った英雄、竜殺しの娘なのよ。王国が信仰する女神ラフィネの司教の娘でもあるのに。血筋や功績だけで言えば、そこら辺の貴族よりもよっぽど上よ。家の格は最低だけど‥‥‥」

 あまりに驚くと悲しみに胸がグッと掴まれたみたいで自然と涙が溢れてこぼれて落ちてしまう。
 普段はあまりしない化粧が涙でくずれてしまい、彼の着ている生成りの白いブラウスが、黒いアイシャドウで薄く汚れていった。

 言い訳をするように彼は「ごめん」と前置きする。
 その意味が本当にわからず、エレナはさらに混乱した。

「現場でロレインは浮気をした、として婚約破棄を叩きつけられたんだ。その相手が――」
「まさか!」
「ごめん。俺も信じられない。だけどそういったことは何一つしてない。その場で否定もした。俺も巻き込まれて混乱しているんだ」

 謝罪を耳にして、エレナはぐっと拳を固めた。
 でも待てよ、と爆発しそうな心をどうにか落ち着かせて、考えを巡らせる。

 魔猟をやるときに戦いではやる心を鎮めるときにやる方法だった。

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