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序章
第六話 魔法省
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「始めましょうか」
準備は万端。女神に捧げるかがり火も、ここではない別塔の上に焚かれている。
聖女が立つ台の上から夜の王とを見渡すと、ここだけでなく、もうひとつ別の神殿からもかがり火が焚かれているのがわかった。
月は三連。蒼、赤、銀。
銀の月を信仰する神殿はこの王都にはない。
でも赤の月は炎の女神サティナのおわす場所だ。
従って、もうひとつの神殿は炎の女神神殿ということになる。
そこは数段下の土地にあるから、リオラからはあちらのテラスに立つ聖女の姿がよく見えた。
先日、学院で揉めた際に上手く逃がしてくれた生徒会長、レイラだ。
悪いことをしたなあ、迷惑をかけたなあ、と思いながら、リオラは胸内で謝罪をしつつ、女神に奉納する祈りを捧げる。
神聖な蒼と紅のオーラが浮き上がり、王都の上空で交差して、夜闇に消えて行く。
一連の儀式を終え、参列者が解散し始めたところで、リオラは下を見た。
レイラが壇上から降りようとして、こちらに向いたような気がしたのだ。
ごめんね、という意味合いで手を上げると、相手も気づいたのか、軽く手を振ってこたえてくれた。
「七日間の引きこもりは、少々、驚きましたぞ、聖女様」
「爺、ごめんなさい」
大神官トリブルだった。巫女長レーネもそばに従う。
「リオラちゃん、あなたがショックだったことは、よくわかりました。でも、戻ってくれてよかった」
レーネはそういい、大丈夫よ。何があっても神殿はあなたの味方だから、と抱きしめそういった。
「実は報告がある」トリブルは言いにくそうに言葉を選んだ。
「なあに、爺。報告って。王家から断首刑にでもしろって叫んでた?」
「馬鹿なことを! 本当に――反省しているのかどうか、怪しいくらいだ。ミーシャ、おまえがお仕えしておるのに、なにをしているのか!」
「はえっ? わたしですか?」
トリブルは孫娘であるミーシャがきちんとお仕えしていないから、余計な些事で聖女が困惑している、としかっていた。
でもそれは八つ当たりもいいところだ。
事実、ミーシャはあれはだめ、これはだめ、と普段からリオラが聖女の職務だけに意識を集中できるよう、心を砕いているのだから。
「そうだ。おまえがきちんとしていれば、王子の婚約破棄など」
「それは無理でしょ、おじい様。あれは突然でしたもの」
「だが、おまえが――もういい、後で話がある」
「孫だって話があります。この一週間、ずっと聖女様をわたしに押し付けて、うまく立ち回っていたのは誰でしょうか」
ミーシャの痛烈な皮肉に、大神官は肩眉を上げた。
孫と祖父の確執は放っておき、実はね、と巫女長レーネが本題を進める。
「結界の話なのよ、リオラちゃん」レーネはいつもマイペースだ。ちゃん、と付けてリオラを呼ぶのも神殿で赦されているのは、レーネくらいだった。
「結界って何? 辺境のほころびはきちんと遠征で修復してきたわよ?」
リオラは眉根を寄せる。
自室にこもっていた間、結界に何かあったのか? 管理者としてさまざまな権限が彼女に与えられている。
体感的に結界の状態を感じることもできるリオラにとってそんな異常は感じ取れなかった。
「そうじゃなくて、聞いてないの? 新しい結界装置」結界装置?とリオラは首を傾げる。
なんだろう、そういえば誰かが同じようなことをいっていた気がする。
「ああ、ぼんくらアイズの婚約者!」
思い出した。侯爵令嬢ティアナと引き合わされた時、アイズはいっていた。
もう結界を維持する役割はなくなると。
「元婚約者でしょ。ぼんやりとか付けたらだめよ」本当のことでも、とレーネはおしとやかに注意する。
「はーい」
側ではいつの間に仲直りしたのか、大神官とミーシャがうんうん、と頷いていた。
「魔法省長官のエンバス侯爵様。あの御方が帝国から購入なさった魔導装置が大したできだと評判なのよ」
「魔導装置? 結界とどう関係するの?」
「このレグナント王国では、我が女神フィンテーヌ様の加護を受けているでしょう?」
「ええ、そうね。だって私がその維持・管理を任されているんだから」
「でね、その装置は自動的に結界を生成できるらしいの。国中にまるく円を描く形で敷設するらしいんだけど、もうそれが出来あがっているらしくて」
「はあ? 結界を生成する?」
「つまり、女神様の結界を排除し、国が運営する自前の結界を設定したい、そういうことらしい」
「‥‥‥」馬鹿か、といいたくなるのをぐっと我慢して、リオラは目を瞬かせる。「そ、そう」
「そうなんだ。それで、明日。試験的に装置を作動させるのだとか。昨日のうちに連絡が来た」
「どうしてそんな大事なことを早く」いわないのよ、といいかけて、また口をつぐんだ。
振られた悲しみに心を裂かれてずっと泣いていたことを思い出したからだ。たぶん、聞いてもこたえる余裕などなかっただろう。
今だからこそ話せることもあるのだな、と伝えようとしてもできなかった大神官たちに申し訳なく思う。
たぶん、エリーゼが責められていたのもこれが原因なのだろう。後からきちんと謝っておこうと、リオラは思った。
「‥‥‥そうね。各神殿は合意しているの?」
王国の結界はひとつのように見えて、実は複数の神殿がてわけして、層を重ねより強固なものに仕上げている。
その数は数十におよび、統括しているのがリオラだというだけで、実質的な差配は大神官とその部下である神官団が、運営しているのが実態だった。
「最低でもうちと――」とリオラの視線が足元へと及ぶ。そこにあるのは、先程、挨拶を交わした炎の女神サティナの神殿だ。
「レイラが承知しないと」
「それについては、サティナ神殿からも許諾を得ている。というよりも、王命だから何よりも優先されると、脅されたそうだ」
「誰に?」
訊ねると大神官と巫女長は口をそろえていった。「魔法省の役人に」
準備は万端。女神に捧げるかがり火も、ここではない別塔の上に焚かれている。
聖女が立つ台の上から夜の王とを見渡すと、ここだけでなく、もうひとつ別の神殿からもかがり火が焚かれているのがわかった。
月は三連。蒼、赤、銀。
銀の月を信仰する神殿はこの王都にはない。
でも赤の月は炎の女神サティナのおわす場所だ。
従って、もうひとつの神殿は炎の女神神殿ということになる。
そこは数段下の土地にあるから、リオラからはあちらのテラスに立つ聖女の姿がよく見えた。
先日、学院で揉めた際に上手く逃がしてくれた生徒会長、レイラだ。
悪いことをしたなあ、迷惑をかけたなあ、と思いながら、リオラは胸内で謝罪をしつつ、女神に奉納する祈りを捧げる。
神聖な蒼と紅のオーラが浮き上がり、王都の上空で交差して、夜闇に消えて行く。
一連の儀式を終え、参列者が解散し始めたところで、リオラは下を見た。
レイラが壇上から降りようとして、こちらに向いたような気がしたのだ。
ごめんね、という意味合いで手を上げると、相手も気づいたのか、軽く手を振ってこたえてくれた。
「七日間の引きこもりは、少々、驚きましたぞ、聖女様」
「爺、ごめんなさい」
大神官トリブルだった。巫女長レーネもそばに従う。
「リオラちゃん、あなたがショックだったことは、よくわかりました。でも、戻ってくれてよかった」
レーネはそういい、大丈夫よ。何があっても神殿はあなたの味方だから、と抱きしめそういった。
「実は報告がある」トリブルは言いにくそうに言葉を選んだ。
「なあに、爺。報告って。王家から断首刑にでもしろって叫んでた?」
「馬鹿なことを! 本当に――反省しているのかどうか、怪しいくらいだ。ミーシャ、おまえがお仕えしておるのに、なにをしているのか!」
「はえっ? わたしですか?」
トリブルは孫娘であるミーシャがきちんとお仕えしていないから、余計な些事で聖女が困惑している、としかっていた。
でもそれは八つ当たりもいいところだ。
事実、ミーシャはあれはだめ、これはだめ、と普段からリオラが聖女の職務だけに意識を集中できるよう、心を砕いているのだから。
「そうだ。おまえがきちんとしていれば、王子の婚約破棄など」
「それは無理でしょ、おじい様。あれは突然でしたもの」
「だが、おまえが――もういい、後で話がある」
「孫だって話があります。この一週間、ずっと聖女様をわたしに押し付けて、うまく立ち回っていたのは誰でしょうか」
ミーシャの痛烈な皮肉に、大神官は肩眉を上げた。
孫と祖父の確執は放っておき、実はね、と巫女長レーネが本題を進める。
「結界の話なのよ、リオラちゃん」レーネはいつもマイペースだ。ちゃん、と付けてリオラを呼ぶのも神殿で赦されているのは、レーネくらいだった。
「結界って何? 辺境のほころびはきちんと遠征で修復してきたわよ?」
リオラは眉根を寄せる。
自室にこもっていた間、結界に何かあったのか? 管理者としてさまざまな権限が彼女に与えられている。
体感的に結界の状態を感じることもできるリオラにとってそんな異常は感じ取れなかった。
「そうじゃなくて、聞いてないの? 新しい結界装置」結界装置?とリオラは首を傾げる。
なんだろう、そういえば誰かが同じようなことをいっていた気がする。
「ああ、ぼんくらアイズの婚約者!」
思い出した。侯爵令嬢ティアナと引き合わされた時、アイズはいっていた。
もう結界を維持する役割はなくなると。
「元婚約者でしょ。ぼんやりとか付けたらだめよ」本当のことでも、とレーネはおしとやかに注意する。
「はーい」
側ではいつの間に仲直りしたのか、大神官とミーシャがうんうん、と頷いていた。
「魔法省長官のエンバス侯爵様。あの御方が帝国から購入なさった魔導装置が大したできだと評判なのよ」
「魔導装置? 結界とどう関係するの?」
「このレグナント王国では、我が女神フィンテーヌ様の加護を受けているでしょう?」
「ええ、そうね。だって私がその維持・管理を任されているんだから」
「でね、その装置は自動的に結界を生成できるらしいの。国中にまるく円を描く形で敷設するらしいんだけど、もうそれが出来あがっているらしくて」
「はあ? 結界を生成する?」
「つまり、女神様の結界を排除し、国が運営する自前の結界を設定したい、そういうことらしい」
「‥‥‥」馬鹿か、といいたくなるのをぐっと我慢して、リオラは目を瞬かせる。「そ、そう」
「そうなんだ。それで、明日。試験的に装置を作動させるのだとか。昨日のうちに連絡が来た」
「どうしてそんな大事なことを早く」いわないのよ、といいかけて、また口をつぐんだ。
振られた悲しみに心を裂かれてずっと泣いていたことを思い出したからだ。たぶん、聞いてもこたえる余裕などなかっただろう。
今だからこそ話せることもあるのだな、と伝えようとしてもできなかった大神官たちに申し訳なく思う。
たぶん、エリーゼが責められていたのもこれが原因なのだろう。後からきちんと謝っておこうと、リオラは思った。
「‥‥‥そうね。各神殿は合意しているの?」
王国の結界はひとつのように見えて、実は複数の神殿がてわけして、層を重ねより強固なものに仕上げている。
その数は数十におよび、統括しているのがリオラだというだけで、実質的な差配は大神官とその部下である神官団が、運営しているのが実態だった。
「最低でもうちと――」とリオラの視線が足元へと及ぶ。そこにあるのは、先程、挨拶を交わした炎の女神サティナの神殿だ。
「レイラが承知しないと」
「それについては、サティナ神殿からも許諾を得ている。というよりも、王命だから何よりも優先されると、脅されたそうだ」
「誰に?」
訊ねると大神官と巫女長は口をそろえていった。「魔法省の役人に」
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