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序章
第四話 「やりやがりましたわ」
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「良かったですね、リオラ様。レイラ様があの場にいらしてくださって」
馬車の扉が閉まると、ミーシャは一時はどうなることかと思った、と胸に手を当ててほっと一息ついていた。
「ああ‥‥‥うん、そうね。‥‥‥ちょっと待ってて」
「ふえええっ! 聖女様!」
リオラは今まさに走り出そうとした馬車から飛び降りた。
制服のスカートの裾がひるがえるのも構わず、大理石で舗装され馬車の持ちこんだ泥土が混じる大地へと膝をつける。
そのまま、まだやいやいと叫びあっている大ホールへと踵を返した。
歩くのも面倒なので、歩く距離を大幅に縮めることのできる縮地のスキルを行使する。
数分はかかる間を、たった十数秒で移動したリオラは、大ホールの真ん中で「不敬な!」だの「生徒会には自治権が認めれております!」だの「王族に無礼だぞ! この聖女の分際で!」だのと言い合う殿下の眼前に戻ることができた。
「あっ、貴方!」
「貴様! 帰ったはず」
先にリオラの登場を察知したのはレイラだ。
何で戻ってきた、と叫ぼうとして、口を塞ぐ。
アイズは名前でなく、もはや貴様呼ばわりだった。
自分が一体何をしたというのか。
不貞の証拠だと言いつらねた挙句、婚約破棄を持ち出し、しまいには新しい女との婚約を公表する。
こんな偽善的で独善的な男を好きでいたはずの、過去の自分が恨めしい。
嘆かわしい。自分で自分を殴って不毛な恋愛から目を覚まさせてやりたい、そんな気分になった。
リオラは拳を固める。
やはり許せない――あんなに愛している、なんて嘘を吐き散らして。
『それならよかった。君の元気な顔をいつもそばで見ていたいんだ』
脳裏に魔導通信の向こうで微笑む彼がチラついた。
今ならまだ婚約破棄を解消できるかも。
不貞を働いた事実なんて認めないけれど、二号なら。
王子妃ではなく、側室として生きることも、まだ不可能じゃない。
神殿と王室の関係を‥‥‥信徒たちのことを思えば、打算的だがそれが堅実だ。
自分が我慢すればそれで済むのだから。
などという感情と思考が、まさしく走馬灯のように脳裏を駆け抜けた。
でも、取れる手段は一つだけだ。
そして今、拳は魔力を充満した。
非力な女の腕では殴っても腫れるくらいだろう。
でも、それが一流の戦士の剛腕なら?
「殿下、祝福を授けます」
「だからだめだって――」
ニタリ、と悪魔の笑みが満ちた。
リオラは、瞬時にして「何だ?」と身構えるアイズの懐に移動すると、身を屈め腰だめに豪快なストレートを放つ。
それは願いたがわず王子のみぞおちに叩きこまれた。
「ぐふっ―――っ!」
「ひぎゃっ!」
アイズ、その後ろに隠れていたティアナを巻き込み、盛大に吹っ飛んだ二人を受け止めたのは、いきなりぶわっと巻きあがった炎の壁だ。
レイラがうまくやってくれたのだった。
あのまま後ろの壁に激突していれば、他の生徒も巻き込んで大惨事となったはずだ。
「‥‥‥こいつ、やりやがりましたわ」
「ごめん。我慢できなくて」
ぶん殴れて爽快な顔のリオラは、素直に謝罪した。
もうどうしよう、とレイラは扇子を広げて、顔を覆う。
炎の壁が消えた後、床上にごろんっと転がった二人は、しかし綺麗な物だった。
ティアナは気を失っているようだが、どこにも外傷はない。
アイズにいたっては吐しゃ物程度あると思われたが、身ぎれいなものだった。
「回復‥‥‥させてくれたんだ」
「浄化もね。手数料はいただきますから」
「神殿に請求しといてよ。どうせ、後からいろいろとまとめて支払うことになりそうだし。生徒会に」
「国家反逆罪で死刑になるかもしれないっていうのに‥‥‥反省くらいされてはどう?」
すっきりとした面持ちのリオラは、まあ、ね。と頷く。
反省はするが、後悔はせずといった感じに受け取れて、レイラはああもう、とまた頭を振った。
「どうして昨日まで平和だった学院が、いきなり大問題のるつぼに! この疫病神! まるで疫病聖女ですわ‥‥‥」
「ああ、言い得て妙かもしれないわね、それって」
「一週間、謹慎しとけ! 疫病聖女!」
ぶちっとレイラの中で何かが切れたらしい。
大きく扇子を広げると、凄まじい勢いの猛火がリオラを襲う。
何もかも焦げ付いて後には陰しか残らない、と思われた炎が消えた後、リオラはいなくなっていた。
「‥‥‥生徒会長権限による強制送還、および、謹慎処分、ですわ」
すべての後始末を押し付けられてしまった炎の聖女は、うううっと獣のように低く唸ると、「そこの二人を生徒会室に運んで! 先生たちをお呼びなさい!」とてきぱきと指示を下し、生徒たちを授業へ戻らせた。
「覚えてなさい。借りは高くつくんだから!」
レイラが一振りした扇子から猛火が襲い来るのを見て、しまった。とリオラは後悔した。
短気な生徒会長を本気で怒らせてしまった、と思ったのだ。
しかし、炎は熱くなく渦を巻いて消えた後、自分が座っているのはしばらく前に飛び出した馬車の中だった。
「聖女‥‥‥様? 良かったあ、ご無事で!」
「あ、あれ? 跳ばされた、か」
侍女の銀髪が顔にまとわりついてリオラは目を瞬かせる。
どうやらレイラによる転移魔法によって、馬車へと強制的に移動させられたらしい。
「あれからホールの方で聖女様のお力が発動したのが気配で分かって、同時に炎属性の魔法の気配も‥‥‥」
どうやら侍女はリオラが突撃して殿下を攻撃し、それを防ごうとしたレイラと魔法バトルになったのではないか、と心配したらしい。
「大丈夫よ。謹慎処分になっただけだから」
「は? 謹慎、処分ですか。いつまで?」
「うーん‥‥‥」
リオラは人差し指を立てた。
「一週間?」
おかげさまで、この日。リオラは不登校の扱いをうけてしまった。
馬車の扉が閉まると、ミーシャは一時はどうなることかと思った、と胸に手を当ててほっと一息ついていた。
「ああ‥‥‥うん、そうね。‥‥‥ちょっと待ってて」
「ふえええっ! 聖女様!」
リオラは今まさに走り出そうとした馬車から飛び降りた。
制服のスカートの裾がひるがえるのも構わず、大理石で舗装され馬車の持ちこんだ泥土が混じる大地へと膝をつける。
そのまま、まだやいやいと叫びあっている大ホールへと踵を返した。
歩くのも面倒なので、歩く距離を大幅に縮めることのできる縮地のスキルを行使する。
数分はかかる間を、たった十数秒で移動したリオラは、大ホールの真ん中で「不敬な!」だの「生徒会には自治権が認めれております!」だの「王族に無礼だぞ! この聖女の分際で!」だのと言い合う殿下の眼前に戻ることができた。
「あっ、貴方!」
「貴様! 帰ったはず」
先にリオラの登場を察知したのはレイラだ。
何で戻ってきた、と叫ぼうとして、口を塞ぐ。
アイズは名前でなく、もはや貴様呼ばわりだった。
自分が一体何をしたというのか。
不貞の証拠だと言いつらねた挙句、婚約破棄を持ち出し、しまいには新しい女との婚約を公表する。
こんな偽善的で独善的な男を好きでいたはずの、過去の自分が恨めしい。
嘆かわしい。自分で自分を殴って不毛な恋愛から目を覚まさせてやりたい、そんな気分になった。
リオラは拳を固める。
やはり許せない――あんなに愛している、なんて嘘を吐き散らして。
『それならよかった。君の元気な顔をいつもそばで見ていたいんだ』
脳裏に魔導通信の向こうで微笑む彼がチラついた。
今ならまだ婚約破棄を解消できるかも。
不貞を働いた事実なんて認めないけれど、二号なら。
王子妃ではなく、側室として生きることも、まだ不可能じゃない。
神殿と王室の関係を‥‥‥信徒たちのことを思えば、打算的だがそれが堅実だ。
自分が我慢すればそれで済むのだから。
などという感情と思考が、まさしく走馬灯のように脳裏を駆け抜けた。
でも、取れる手段は一つだけだ。
そして今、拳は魔力を充満した。
非力な女の腕では殴っても腫れるくらいだろう。
でも、それが一流の戦士の剛腕なら?
「殿下、祝福を授けます」
「だからだめだって――」
ニタリ、と悪魔の笑みが満ちた。
リオラは、瞬時にして「何だ?」と身構えるアイズの懐に移動すると、身を屈め腰だめに豪快なストレートを放つ。
それは願いたがわず王子のみぞおちに叩きこまれた。
「ぐふっ―――っ!」
「ひぎゃっ!」
アイズ、その後ろに隠れていたティアナを巻き込み、盛大に吹っ飛んだ二人を受け止めたのは、いきなりぶわっと巻きあがった炎の壁だ。
レイラがうまくやってくれたのだった。
あのまま後ろの壁に激突していれば、他の生徒も巻き込んで大惨事となったはずだ。
「‥‥‥こいつ、やりやがりましたわ」
「ごめん。我慢できなくて」
ぶん殴れて爽快な顔のリオラは、素直に謝罪した。
もうどうしよう、とレイラは扇子を広げて、顔を覆う。
炎の壁が消えた後、床上にごろんっと転がった二人は、しかし綺麗な物だった。
ティアナは気を失っているようだが、どこにも外傷はない。
アイズにいたっては吐しゃ物程度あると思われたが、身ぎれいなものだった。
「回復‥‥‥させてくれたんだ」
「浄化もね。手数料はいただきますから」
「神殿に請求しといてよ。どうせ、後からいろいろとまとめて支払うことになりそうだし。生徒会に」
「国家反逆罪で死刑になるかもしれないっていうのに‥‥‥反省くらいされてはどう?」
すっきりとした面持ちのリオラは、まあ、ね。と頷く。
反省はするが、後悔はせずといった感じに受け取れて、レイラはああもう、とまた頭を振った。
「どうして昨日まで平和だった学院が、いきなり大問題のるつぼに! この疫病神! まるで疫病聖女ですわ‥‥‥」
「ああ、言い得て妙かもしれないわね、それって」
「一週間、謹慎しとけ! 疫病聖女!」
ぶちっとレイラの中で何かが切れたらしい。
大きく扇子を広げると、凄まじい勢いの猛火がリオラを襲う。
何もかも焦げ付いて後には陰しか残らない、と思われた炎が消えた後、リオラはいなくなっていた。
「‥‥‥生徒会長権限による強制送還、および、謹慎処分、ですわ」
すべての後始末を押し付けられてしまった炎の聖女は、うううっと獣のように低く唸ると、「そこの二人を生徒会室に運んで! 先生たちをお呼びなさい!」とてきぱきと指示を下し、生徒たちを授業へ戻らせた。
「覚えてなさい。借りは高くつくんだから!」
レイラが一振りした扇子から猛火が襲い来るのを見て、しまった。とリオラは後悔した。
短気な生徒会長を本気で怒らせてしまった、と思ったのだ。
しかし、炎は熱くなく渦を巻いて消えた後、自分が座っているのはしばらく前に飛び出した馬車の中だった。
「聖女‥‥‥様? 良かったあ、ご無事で!」
「あ、あれ? 跳ばされた、か」
侍女の銀髪が顔にまとわりついてリオラは目を瞬かせる。
どうやらレイラによる転移魔法によって、馬車へと強制的に移動させられたらしい。
「あれからホールの方で聖女様のお力が発動したのが気配で分かって、同時に炎属性の魔法の気配も‥‥‥」
どうやら侍女はリオラが突撃して殿下を攻撃し、それを防ごうとしたレイラと魔法バトルになったのではないか、と心配したらしい。
「大丈夫よ。謹慎処分になっただけだから」
「は? 謹慎、処分ですか。いつまで?」
「うーん‥‥‥」
リオラは人差し指を立てた。
「一週間?」
おかげさまで、この日。リオラは不登校の扱いをうけてしまった。
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