過去世に戻った時空の聖女、戦女神に勘違いされてしまったので、魔獣討伐しながらスローライフを満喫する

和泉鷹央

文字の大きさ
上 下
3 / 6
序章

第三話 姫騎士と王女と

しおりを挟む
「あんな身分の卑しい者共のいうことなど、あてになるものか」
「はあっ? 王女殿下の肝いりですよ?」
「おまえと妹は仲がよいからな。どうにでも言い繕うことができるだろう。だから、あてにはならん」
「‥‥‥」

 王子のあまりの物言いに、リオラは唖然とした。
 自分の実妹が信頼を置いている部下たちのことをこうも嘲るようにいうなんて。

 王女殿下がかわいそう、と思ってしまった。

「ハンナはクロノアイズ帝国に嫁ぐことが決まった。少女騎士団も引き連れていくそうだ。もう国境を越えている頃だろう。知らなかったのか?」
「そんな大事、どうして知らせてくれなかったのですか! 友人なのですよ! わかの一つも言わせてくれたって」
「決定したのは一月前だ。今回、帝国と盟約を結ぶにあたって決まった約束事の一つだった。それには彼女」

 と、アイズは背中の後ろに隠れて顔を出そうともしない、小柄な少女の肩に手を回し、ぐっと抱き寄せる。
 臆病な小動物のように、彼女は殿下の胸元あたりから、リオラのほうをちらちらと見ては視線が合うと目をそらした。

「彼女は魔法省長官のエンバス侯爵の長女、ティアナ嬢だ。エンバス興は帝国との良き橋渡し役になってくれた。同盟が結ばれ、結界も不必要になる」
「そうなのね、あなた。仲良さそうだから、てっきり妹のナターシャ様と見間違ってしまったわ」

 たぶん、いま自分が浮かべている笑みはとてつもなく冷たいものなのだろうな、と思いながらリオラは手を差し伸べる。

 アイズは紳士の作法として、その甲に軽くキスをした。
 続いてリオラはティアナにも手を差し伸べる。

 聖女は王族と同列の扱いを受けるから、侯爵令嬢であるティアナは臣下の礼を取らねばならない。

「あっ、えっと‥‥‥」

 ティアナが隠れ場所からおずおずと出でて、リオラに近寄ろうとすると、それはなぜかアイズによって遮られた。

「君はしなくていい」
「え、でも」
「いいんだ。彼女はもうそうではないのだから」

 そうではない、つまり婚約破棄を申し付けたのだから、特別扱いをする必要はない、リオラにはそう聞こえた。

「ですが、聖女様にあらせられます」
「結界を守る役割はもう必要なくなる。君の御父上のお陰だ。俺もめんどうくさい婚約者から解放され、君のような可憐な乙女を新たな婚約者に迎えられる。最高の日だ」
「殿下」

 ティアナは小鹿のように大きな瞳をうるうると震わせた。
 いまさっき、目の前で自分の婚約者を保身のために切って捨てた男と知りながら、よくそんな態度を取れるものね、と自分事ながらリオラは呆れた。

 どうしようか。この不貞男を殴り倒してやろうか。
 攻撃魔法で雷撃を加えてもいいし、水魔法で窒息させたところで、リオラの仕える女神フィンテーヌ様から文句は出ないはずだ。すこしだけ控えなさいとおしかりを受けるかもしれないが、それは事後。

 すでに死んだ人間が、蘇生して文句を訴えるなんてきいたこともない。リオラは一瞬、目を閉じた。
 数日前まで、戦場で魔獣を狩っていた光景が、瞼の裏にありありと浮かぶ。

「よしっ!」
「よしっ、じゃないわよ。何するつもりなの、貴方は」

 アイズに向けて一歩を歩みだす。今日は裏切り者の王子が死んだ日として、後世に残ることだろう。
 魔法を使おうとしたら、殺意を抱いていたのがバレたのか、後ろから肩に手がかかり、引き戻された。

「レイラ」

 振り返るとそこにいたのは、炎の女神サティナの聖女、レイラだった。
 同学年の彼女は真紅の髪をうねらせて、今日も凜前とした雰囲気で、周囲から一際目立った存在だった。
 絹の長手袋に緑の羽扇をたずさえている。

「レイラ、じゃないの。貴方、お気づきですか? このような場で魔法なんて――それも、我々しか使えない神威魔法なんて発動させたら――」
「だってあの人でなしに怒りの祝福を‥‥‥」
「馬鹿なの? いい加減にして!」

 制止しているにも関わらず、リオラが聖女や勇者、大神官など特定レベル以上の者にしか扱えない神威魔法を使おうとするものだから、レイラは慌てて鼻を軽くはたいた。

 絹製の手袋で包まれた手にはわずかな魔力がこもっている。
 それはリオラの鼻梁に触れた時、かすかにパチンっと破裂音をさせてはじける。

 いわゆる指先で弾かれたのと同じくらいの威力で叩かれて、リオラは思わず鼻白んだ。

「痛いっ」
「当たり前です! 痛いようにしたのだから――落ち着きましたか? まともになりましたか? ならないよなうなら、今度は拳をその頭に――」

 ごごごごっ、と一瞬、レイラの背後を炎のオーラが吹きぬける。
 リオラはそれを見て、すぐに闘志や怒りといったものをひっこめた。

「うん、大丈夫。何もない。何もしない――はい」

 しゅんっと大人しくなったリオラを睥睨しつつ、レイラはさっさと行け、と片手にした扇で、左うしろを示した。

「え、でもあれ」
「生徒会長として、こんな公衆の面前で婚約破棄をするなど、何事か? と生徒会を代表して糾弾しておきます」

 ここにいると邪魔だからさっさと消えろ、とレイラは逃げ道を与えてくれたのだ。
 炎の聖女であるレイナは、水属性の加護を持つリオラとなにかと仲が悪い。

 普段からあれこれと難癖つけては絡んでしまうライバル?に塩を送られることなってしまい、なんとなくリオラはその場から去りがたい。

「ほら、貴方たち。運んで差し上げて。聖女様がお戻りよ」
「え、ちょっ。私の話はまだ終わってない――」

 レイナが扇を一振りすると、普段から彼女の取り巻きをしている生徒会メンバーが、リオラの手を取り、背を押して正門へと引き出していく。

「はい、お疲れ様。ちょっとそこのカップル! 殿下、ティアナ嬢! 公衆の面前であのような侮辱的な行為を平然となされるなんて! 生徒を代表してお尋ねしたいことがあります! つきましては生徒会室までご同行‥‥‥」

 神殿に戻るための馬車に詰め込まれた時、遠くでレイラが気炎を上げている声が聞こえた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

【完結】聖女の私を処刑できると思いました?ふふ、残念でした♪

鈴菜
恋愛
あらゆる傷と病を癒やし、呪いを祓う能力を持つリュミエラは聖女として崇められ、来年の春には第一王子と結婚する筈だった。 「偽聖女リュミエラ、お前を処刑する!」 だが、そんな未来は突然崩壊する。王子が真実の愛に目覚め、リュミエラは聖女の力を失い、代わりに妹が真の聖女として現れたのだ。 濡れ衣を着せられ、あれよあれよと処刑台に立たされたリュミエラは絶対絶命かに思われたが… 「残念でした♪処刑なんてされてあげません。」

処理中です...