愛されるよりも、恐れられた方が安全です。

和泉鷹央

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「僕と婚約してくれないか、ロゼッタ。迷惑かな……?」
「……」
「どうしたんだ?」
「いいえ、ちょっと。その、驚いてしまって……」

 アンソニー十四歳、私が十六歳だった、あの日。
 控えめにそう言った彼が恥ずかしそうに顔を赤らめたのを私は覚えている。
 騎士の娘として生まれ育った自分が、何をどうまかりまちがったのか、親戚筋の伯爵家の養子になってしまいその数年後にはこうして、有力貴族の子弟子女が通うと言われる学院の門をくぐって早や六年。
 翌年には卒業を控えるというその年の春の瀬、長らく良い友人だったはずのアンソニーがそう申し出てくれたのははっきりといって私には分不相応というか。
 ただただ、身分違いということとアンソニーが王位継承権を持たない王族ということもあり、首を横にふることしかできなかった。
 
「そうか。それは残念だ……」
「……ごめんなさい」

 義理の父母からは、貴族令嬢の婚約はその多くが家同士が決めることが多いと聞いていた。
 だから、一般的な恋愛が成就することは少なく、ましてや男性からの求婚があるとまで考えたこともなかった。
 あの時、アンソニーには悪いことをしたと今でも思っている。
 だって悲し気にさっていく彼の背中は、土砂降りの冬の日に冷たい寒水に晒され続けたこまねずみのように小さくなっていたのだから。

 その翌月だ。
 五月の頃だったと思う。
 クィーン・アンやデューク、カスバートなどの家業で栽培しているバラの収穫を手伝っている時、彼は突然、我が家を訪れた。
 栗色の駿馬に乗った、学院の青い制服を着た亜麻色の髪の男性。 
 従僕から伝え聞いたその風貌で、すぐに誰がやってきたかを理解した私は、思わずバラの枝を握り締めてしまい棘の痛みにこれは現実だと目を覚ます。
 
「……休みの期間、ですよ。公子?」
「公子はやめてくれ、まだ継承権も何もない、ただの公爵令息だ。話があるんだ」
「え? いきなりですか?」

 家人に案内されてやってきた彼は、とりとめもなくそんなことを言い出した。
 話の内容は理解していた。
 彼が先日持ってきたあの話題だ。

 
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