1 / 5
1
しおりを挟む
「僕と婚約してくれないか、ロゼッタ。迷惑かな……?」
「……」
「どうしたんだ?」
「いいえ、ちょっと。その、驚いてしまって……」
アンソニー十四歳、私が十六歳だった、あの日。
控えめにそう言った彼が恥ずかしそうに顔を赤らめたのを私は覚えている。
騎士の娘として生まれ育った自分が、何をどうまかりまちがったのか、親戚筋の伯爵家の養子になってしまいその数年後にはこうして、有力貴族の子弟子女が通うと言われる学院の門をくぐって早や六年。
翌年には卒業を控えるというその年の春の瀬、長らく良い友人だったはずのアンソニーがそう申し出てくれたのははっきりといって私には分不相応というか。
ただただ、身分違いということとアンソニーが王位継承権を持たない王族ということもあり、首を横にふることしかできなかった。
「そうか。それは残念だ……」
「……ごめんなさい」
義理の父母からは、貴族令嬢の婚約はその多くが家同士が決めることが多いと聞いていた。
だから、一般的な恋愛が成就することは少なく、ましてや男性からの求婚があるとまで考えたこともなかった。
あの時、アンソニーには悪いことをしたと今でも思っている。
だって悲し気にさっていく彼の背中は、土砂降りの冬の日に冷たい寒水に晒され続けたこまねずみのように小さくなっていたのだから。
その翌月だ。
五月の頃だったと思う。
クィーン・アンやデューク、カスバートなどの家業で栽培しているバラの収穫を手伝っている時、彼は突然、我が家を訪れた。
栗色の駿馬に乗った、学院の青い制服を着た亜麻色の髪の男性。
従僕から伝え聞いたその風貌で、すぐに誰がやってきたかを理解した私は、思わずバラの枝を握り締めてしまい棘の痛みにこれは現実だと目を覚ます。
「……休みの期間、ですよ。公子?」
「公子はやめてくれ、まだ継承権も何もない、ただの公爵令息だ。話があるんだ」
「え? いきなりですか?」
家人に案内されてやってきた彼は、とりとめもなくそんなことを言い出した。
話の内容は理解していた。
彼が先日持ってきたあの話題だ。
「……」
「どうしたんだ?」
「いいえ、ちょっと。その、驚いてしまって……」
アンソニー十四歳、私が十六歳だった、あの日。
控えめにそう言った彼が恥ずかしそうに顔を赤らめたのを私は覚えている。
騎士の娘として生まれ育った自分が、何をどうまかりまちがったのか、親戚筋の伯爵家の養子になってしまいその数年後にはこうして、有力貴族の子弟子女が通うと言われる学院の門をくぐって早や六年。
翌年には卒業を控えるというその年の春の瀬、長らく良い友人だったはずのアンソニーがそう申し出てくれたのははっきりといって私には分不相応というか。
ただただ、身分違いということとアンソニーが王位継承権を持たない王族ということもあり、首を横にふることしかできなかった。
「そうか。それは残念だ……」
「……ごめんなさい」
義理の父母からは、貴族令嬢の婚約はその多くが家同士が決めることが多いと聞いていた。
だから、一般的な恋愛が成就することは少なく、ましてや男性からの求婚があるとまで考えたこともなかった。
あの時、アンソニーには悪いことをしたと今でも思っている。
だって悲し気にさっていく彼の背中は、土砂降りの冬の日に冷たい寒水に晒され続けたこまねずみのように小さくなっていたのだから。
その翌月だ。
五月の頃だったと思う。
クィーン・アンやデューク、カスバートなどの家業で栽培しているバラの収穫を手伝っている時、彼は突然、我が家を訪れた。
栗色の駿馬に乗った、学院の青い制服を着た亜麻色の髪の男性。
従僕から伝え聞いたその風貌で、すぐに誰がやってきたかを理解した私は、思わずバラの枝を握り締めてしまい棘の痛みにこれは現実だと目を覚ます。
「……休みの期間、ですよ。公子?」
「公子はやめてくれ、まだ継承権も何もない、ただの公爵令息だ。話があるんだ」
「え? いきなりですか?」
家人に案内されてやってきた彼は、とりとめもなくそんなことを言い出した。
話の内容は理解していた。
彼が先日持ってきたあの話題だ。
28
あなたにおすすめの小説
強面貴族の幼馴染は恋を諦めている〜優しさを知っている年下令嬢は妹にしか見られない〜
蒼井美紗
恋愛
伯爵令嬢シルフィーネは幼馴染のレオナルドが大好きだった。四歳差があり妹としか見られていないので、自身の成長を待っていたら、レオナルドが突然騎士団に入ると言い出す。強面の自分と結婚させられる相手が可哀想だと思ったらしい。しかしシルフィーネはレオナルドのことが大好きで――。
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
だってわたくし、悪役令嬢だもの
歩芽川ゆい
恋愛
ある日、グラティオーソ侯爵家のラピダメンテ令嬢は、部屋で仕事中にいきなり婚約者の伯爵令息とその腕にしがみつく男爵令嬢の来襲にあった。
そしていきなり婚約破棄を言い渡される。
「お前のような悪役令嬢との婚約を破棄する」と。
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
“妖精なんていない”と笑った王子を捨てた令嬢、幼馴染と婚約する件
大井町 鶴
恋愛
伯爵令嬢アデリナを誕生日嫌いにしたのは、当時恋していたレアンドロ王子。
彼がくれた“妖精のプレゼント”は、少女の心に深い傷を残した。
(ひどいわ……!)
それ以来、誕生日は、苦い記憶がよみがえる日となった。
幼馴染のマテオは、そんな彼女を放っておけず、毎年ささやかな贈り物を届け続けている。
心の中ではずっと、アデリナが誕生日を笑って迎えられる日を願って。
そして今、アデリナが見つけたのは──幼い頃に書いた日記。
そこには、祖母から聞いた“妖精の森”の話と、秘密の地図が残されていた。
かつての記憶と、埋もれていた小さな願い。
2人は、妖精の秘密を確かめるため、もう一度“あの場所”へ向かう。
切なさと幸せ、そして、王子へのささやかな反撃も絡めた、癒しのハッピーエンド・ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる