上 下
1 / 6
プロローグ 

第一話 断罪

しおりを挟む

 どうしてこうなった……?
 アーサーは目の前がまっくらになりそうな衝動に駆られながら、朗々と述べられる罪状を聞いていた。
 裁判というなのその場は処刑場で、いるのはフードで顔を隠した処刑人と、罪人を鎖につなぎとめておくための奴隷たち。
 後始末をする名もなき獣人たちに、聖なる儀式をおこなうかのように威勢よく声を張り上げている役人が一人。
 そして、二階には彼の処刑を見ることで気晴らしをしようと集まった貴族たちに、敵対していた神官たち。
 その中には、アーサーが師を侮辱されたことに怒り顔面を破壊するほどに殴りつけたあの、ガマガエルのような神官長の姿も見受けることが出来た。
 あいつ、きちんと怪我を完治させてやったのに……。
 王族にだけしか使ってはいけないとされた秘術をほどこされたその顔面は、以前よりもすっきりとした印象を与えたから気味が悪い。
 恩知らずとはこのことだと思いながら、アーサーは奴隷たちによってむりやり跪いて地に頭をつけた。
 アーサーの御業は左腕に宿る――。
 同僚の神官たちの誰かがそう密告したらしい、彼の左腕だけが天高く掲げられた。

「宮廷撃癒師アーサー・ヘインズ。王族にのみ許される奇跡の御業を無断使用した罪は重い。同時に先代カール師が残した罪もおまえには償ってもらおう」

 師匠が犯した罪? そんなものはあるものか。
 今更叫んでも無駄だと知っていた少年は、だまって自分のローブの裾をかみ締めた。
 こんな屈辱を与えた神官長も、おれを処刑することを許したあの二階にいる貴族のやつも、処刑を眺めている王族のあいつ――おれが治療を引きついだあの王女も……誰もが敵だ!

(かならず報復してやる。師を侮辱し、撃癒師からおれを追放したおまえらを、おれは絶対に許さない……王女、神官長、そして――この処刑の許可をだしたルフェーブル枢機卿。おまえもだ……)

 しばらく沈黙が続いた。
 処刑人が腰の刃を引き抜くと、場内におおおっとざわめきが起こった。
 その波がおさまらないうちに、処刑人はあまりにも切れすぎるその剣先を振るい、咎人の罪を切り飛ばす。
 こうして、十六歳のその日。
 宮廷撃癒師アーサーは人生のどん底に突き落とされた。
 失った片腕と自分を陥れた人々へのどす黒い復讐の信念と共に……。



 激しい痛みはときとしてすさまじい幻覚をよびさますことがあるという。
 片腕を失ったいたみとただ巻かれただけの止血帯のせいで血を失い、意識がもうろうとしたまま彼は死刑囚を運搬する馬車に放り込まれた。
 走り始めたそのなかで、アーサーはさまざまな夢を思い出しては、運転の荒い馬車のせいでそこかしこに怪我した左肩をぶつけ、その痛みにうめいては目を覚ます。
 そして目にするのは、ぼろ布に包まれて足元に転がるの失った左腕だ。
 悲しみと後悔が幾度も心をさいなみ、痛みとむせかえるような血の匂いがアーサーの鼻孔を突いた。
 また意識が飛ぼうとしている……そのなかでみた夢は、こんな悲惨な出来事を引き起こした時のものだった。

 ☆

 今朝早く家をでたアーサーは、近所の幼馴染の少女サーシャといつものように合流し、大通りで別れた。
 サーシャは魔法使いの弟子で師の工房に、アーサーは王女様の治療に王宮に上がらなければならなかった。
 王宮の正門前で通りで拾った馬車から降りると、外壁沿って有事の際にはやくだつはずの幅のひろい水路と、そこを渡るための巨大な木製の跳ね橋がアーサーを待っていた。
 今日も水を引き入れているひがしの運河から迷い込んだのだろう、大きな淡水魚が数匹およぐさまをチラリと見つつ、役人の証であるメダルをふところから取り出して衛兵に掲げて見せた。

 そこからはさらに三つの水路と跳ね端をわたり、さらに内壁を通過して後宮に入らなければならない。まるで迷路だよと愚痴りながら、そこそこ人数が座れる待合時lがすがたを現した。
 王宮内を定期的に巡回する箱馬車がやってくるそこに座り込む。
 すると、しばらくしておなじ女神に仕える神殿の神官たちがアーサーの姿を目にとめ、顔をしかめてあきらかに見下したような態度を取り始めた。
 彼らは声をひそめようともせず、アーサーを小ばかにした感じで話を始める。

「撃って治すしか能のない男の登城とはな」
「まったくだ。あのじじいで最後になればよかったのに」
「おかげで我らの苦労が増えるというものだ」

 そんなひそひそ話でもない、しかしアーサーの目の前では文句を言えない小心者たち。
 相手をする価値もないとアーサーは無視を決め込んでいた。
 おまえらが使う神聖魔法が成果を上げないから、師は死んだんだよ。
 人を馬鹿にすることで自分の価値を見つけれられる情けないやつらだとしか、アーサーには思えなかった。
 しかし、たまにはこちらから友好的に接してやってもいいかもしれない。
 バカをからかうのは楽しいものだからだ。

「やあ、おはようございます。フォンテーヌ神の神官殿たち」
「あ、いや……これはアーサー殿……」
「おはようございます、宮廷撃癒殿」
「よい日のようで……アーサー・ヘインズ殿……」

 本音を出さずにこやかに笑顔を振りまいてやると、狼になれない駄犬たちは尻尾を丸めて黙り、しばらくするとまた嫌味がふきでてくる。
 王宮にくるたびにこれだ。
 せめて時間をずらしてくれよ、女官長様。
 そんなアーサーのこころの叫びは、誰にも聞こえないまま蒼穹の空に吸い込まれていった。
 待つこと数分。やってきた巡回馬車にアーサーがのりこもうとした時だ。

「お待ちなさい、宮廷撃癒殿! それに乗る必要はありませんぞ!!」
「は? 何を言って……??」

 あとから来たはずの一人の男性が、アーサーを名指しで呼んだのは。
 見返すと腹がでっぷりと突き出していて、歩くのもつらいといった感じの、まだ春が始まったばかりなのにおでこに大量の汗をかいた、まるでガマガエルのようなやつがそこにいた。
 
「本日はこれより先にはいかなくてもよろしい」
「……は?」
「は、ではない。いかなくてよいと申しておる」
「いや、しかし……自分は王女様の治癒にまいれと命じられているのですが。貴方様はどなた様で??」
「この衣装を見て分からんか? これだから撃って治すしか能のないやからは……」

 神官の衣装は、一般的には白字に青の紋様がはいっている。こいつはその紋様がすこしまえに別れたサーシャのワンピースのような朱色で……つまり、神官長か。
 青の上は朱色。
 色で身分をわけるなんてなんてめんどくさいと思いながら、アーサーは一応、同じ部署の上司にあたる神官長に頭を下げた。

「もうしわけありません、神官長。普段、その紋様の色はお見受けすることがなく理解が追いつきませんでした」
「まあ……いいだろう。自分が下だと理解しているなら、それでいいのだ。ヘインズ。アーサー・ヘインズ殿。大神官様から辞令がでている。それを伝えておこうと思ってな」
「辞令、ですか? 今度はどこの部署に異動せよと?」
「あー……済まんがな、ヘインズ君。異動ではない」
「異動ではない? 王女様よりも重症の患者がでたとでも……?」

 いやいや違う、と神官長はクビを振る。
 なぜか次のことばを告げるのがたのしくて仕方がない、そんな感じに見えてアーサーは思わず背中に汗をかいていた。

「異動ではなく、クビ、だ。クビだよ、アーサー君」
「解雇する、と?」

 神官長はまんぞくそうな顔をしてうなづくと、ふところから何かをとりだしてアーサーの胸に叩きつけていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

勇者パーティーを追い出された大魔法導士、辺境の地でスローライフを満喫します ~特Aランクの最強魔法使い~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
クロード・ディスタンスは最強の魔法使い。しかしある日勇者パーティーを追放されてしまう。 勇者パーティーの一員として魔王退治をしてくると大口叩いて故郷を出てきた手前帰ることも出来ない俺は自分のことを誰も知らない辺境の地でひっそりと生きていくことを決めたのだった。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

処理中です...