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プロローグ
第一話 断罪
しおりを挟むどうしてこうなった……?
アーサーは目の前がまっくらになりそうな衝動に駆られながら、朗々と述べられる罪状を聞いていた。
裁判というなのその場は処刑場で、いるのはフードで顔を隠した処刑人と、罪人を鎖につなぎとめておくための奴隷たち。
後始末をする名もなき獣人たちに、聖なる儀式をおこなうかのように威勢よく声を張り上げている役人が一人。
そして、二階には彼の処刑を見ることで気晴らしをしようと集まった貴族たちに、敵対していた神官たち。
その中には、アーサーが師を侮辱されたことに怒り顔面を破壊するほどに殴りつけたあの、ガマガエルのような神官長の姿も見受けることが出来た。
あいつ、きちんと怪我を完治させてやったのに……。
王族にだけしか使ってはいけないとされた秘術をほどこされたその顔面は、以前よりもすっきりとした印象を与えたから気味が悪い。
恩知らずとはこのことだと思いながら、アーサーは奴隷たちによってむりやり跪いて地に頭をつけた。
アーサーの御業は左腕に宿る――。
同僚の神官たちの誰かがそう密告したらしい、彼の左腕だけが天高く掲げられた。
「宮廷撃癒師アーサー・ヘインズ。王族にのみ許される奇跡の御業を無断使用した罪は重い。同時に先代カール師が残した罪もおまえには償ってもらおう」
師匠が犯した罪? そんなものはあるものか。
今更叫んでも無駄だと知っていた少年は、だまって自分のローブの裾をかみ締めた。
こんな屈辱を与えた神官長も、おれを処刑することを許したあの二階にいる貴族のやつも、処刑を眺めている王族のあいつ――おれが治療を引きついだあの王女も……誰もが敵だ!
(かならず報復してやる。師を侮辱し、撃癒師からおれを追放したおまえらを、おれは絶対に許さない……王女、神官長、そして――この処刑の許可をだしたルフェーブル枢機卿。おまえもだ……)
しばらく沈黙が続いた。
処刑人が腰の刃を引き抜くと、場内におおおっとざわめきが起こった。
その波がおさまらないうちに、処刑人はあまりにも切れすぎるその剣先を振るい、咎人の罪を切り飛ばす。
こうして、十六歳のその日。
宮廷撃癒師アーサーは人生のどん底に突き落とされた。
失った片腕と自分を陥れた人々へのどす黒い復讐の信念と共に……。
激しい痛みはときとしてすさまじい幻覚をよびさますことがあるという。
片腕を失ったいたみとただ巻かれただけの止血帯のせいで血を失い、意識がもうろうとしたまま彼は死刑囚を運搬する馬車に放り込まれた。
走り始めたそのなかで、アーサーはさまざまな夢を思い出しては、運転の荒い馬車のせいでそこかしこに怪我した左肩をぶつけ、その痛みにうめいては目を覚ます。
そして目にするのは、ぼろ布に包まれて足元に転がるの失った左腕だ。
悲しみと後悔が幾度も心をさいなみ、痛みとむせかえるような血の匂いがアーサーの鼻孔を突いた。
また意識が飛ぼうとしている……そのなかでみた夢は、こんな悲惨な出来事を引き起こした時のものだった。
☆
今朝早く家をでたアーサーは、近所の幼馴染の少女サーシャといつものように合流し、大通りで別れた。
サーシャは魔法使いの弟子で師の工房に、アーサーは王女様の治療に王宮に上がらなければならなかった。
王宮の正門前で通りで拾った馬車から降りると、外壁沿って有事の際にはやくだつはずの幅のひろい水路と、そこを渡るための巨大な木製の跳ね橋がアーサーを待っていた。
今日も水を引き入れているひがしの運河から迷い込んだのだろう、大きな淡水魚が数匹およぐさまをチラリと見つつ、役人の証であるメダルをふところから取り出して衛兵に掲げて見せた。
そこからはさらに三つの水路と跳ね端をわたり、さらに内壁を通過して後宮に入らなければならない。まるで迷路だよと愚痴りながら、そこそこ人数が座れる待合時lがすがたを現した。
王宮内を定期的に巡回する箱馬車がやってくるそこに座り込む。
すると、しばらくしておなじ女神に仕える神殿の神官たちがアーサーの姿を目にとめ、顔をしかめてあきらかに見下したような態度を取り始めた。
彼らは声をひそめようともせず、アーサーを小ばかにした感じで話を始める。
「撃って治すしか能のない男の登城とはな」
「まったくだ。あのじじいで最後になればよかったのに」
「おかげで我らの苦労が増えるというものだ」
そんなひそひそ話でもない、しかしアーサーの目の前では文句を言えない小心者たち。
相手をする価値もないとアーサーは無視を決め込んでいた。
おまえらが使う神聖魔法が成果を上げないから、師は死んだんだよ。
人を馬鹿にすることで自分の価値を見つけれられる情けないやつらだとしか、アーサーには思えなかった。
しかし、たまにはこちらから友好的に接してやってもいいかもしれない。
バカをからかうのは楽しいものだからだ。
「やあ、おはようございます。フォンテーヌ神の神官殿たち」
「あ、いや……これはアーサー殿……」
「おはようございます、宮廷撃癒殿」
「よい日のようで……アーサー・ヘインズ殿……」
本音を出さずにこやかに笑顔を振りまいてやると、狼になれない駄犬たちは尻尾を丸めて黙り、しばらくするとまた嫌味がふきでてくる。
王宮にくるたびにこれだ。
せめて時間をずらしてくれよ、女官長様。
そんなアーサーのこころの叫びは、誰にも聞こえないまま蒼穹の空に吸い込まれていった。
待つこと数分。やってきた巡回馬車にアーサーがのりこもうとした時だ。
「お待ちなさい、宮廷撃癒殿! それに乗る必要はありませんぞ!!」
「は? 何を言って……??」
あとから来たはずの一人の男性が、アーサーを名指しで呼んだのは。
見返すと腹がでっぷりと突き出していて、歩くのもつらいといった感じの、まだ春が始まったばかりなのにおでこに大量の汗をかいた、まるでガマガエルのようなやつがそこにいた。
「本日はこれより先にはいかなくてもよろしい」
「……は?」
「は、ではない。いかなくてよいと申しておる」
「いや、しかし……自分は王女様の治癒にまいれと命じられているのですが。貴方様はどなた様で??」
「この衣装を見て分からんか? これだから撃って治すしか能のないやからは……」
神官の衣装は、一般的には白字に青の紋様がはいっている。こいつはその紋様がすこしまえに別れたサーシャのワンピースのような朱色で……つまり、神官長か。
青の上は朱色。
色で身分をわけるなんてなんてめんどくさいと思いながら、アーサーは一応、同じ部署の上司にあたる神官長に頭を下げた。
「もうしわけありません、神官長。普段、その紋様の色はお見受けすることがなく理解が追いつきませんでした」
「まあ……いいだろう。自分が下だと理解しているなら、それでいいのだ。ヘインズ。アーサー・ヘインズ殿。大神官様から辞令がでている。それを伝えておこうと思ってな」
「辞令、ですか? 今度はどこの部署に異動せよと?」
「あー……済まんがな、ヘインズ君。異動ではない」
「異動ではない? 王女様よりも重症の患者がでたとでも……?」
いやいや違う、と神官長はクビを振る。
なぜか次のことばを告げるのがたのしくて仕方がない、そんな感じに見えてアーサーは思わず背中に汗をかいていた。
「異動ではなく、クビ、だ。クビだよ、アーサー君」
「解雇する、と?」
神官長はまんぞくそうな顔をしてうなづくと、ふところから何かをとりだしてアーサーの胸に叩きつけていた。
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