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第三章
平民へ
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ねえ、とアンナローズは顔を上げて問いかけるようにラッセルを見る。
理解はできるけど、納得はできない。
まだそんな顔をしていた。
「ラッセル……?」
「なんだい、お嬢様? 不安か?」
「不安はあるわよ」
「へえ」
素直になったもんだな。
まあ、そうそう性格なんて変わりはしない。
彼女も俺もそうだ。
どこまで寄り添ってやれるか、ラッセルはこの旅が始まってからずっと心に抱いてきた彼なりの不安を、そっとに心にしまい込むとアンナローズに微笑んでやる。
俺が不安を見せてはいけないのだ。
必ず守ると、そう誓ったのだから。
「何よ?」
「いや、素直になったもんだな、とね」
「……この格好でいいのかしら? 試験……」
「そうだな。……俺はいいと思うが、実技がある」
「実技?」
「試験って何をするものなの?」
アンナローズの頭にあったのは王宮や学院で何度となく受けてきたような、数学や古代の詩や歌の暗唱だし、あとは魔法による城の籠城戦の方法だ。
王国のような周囲を大国に囲まれた土地では、多くの上級貴族は辺境の守備や管理運営を代々任されることが多い。伯爵位以下の子弟子女に混じり、アンナローズも籠城戦だの弓矢だの、領地の経営だのそんなことも教えられたものだ。
それよりも厳しいなら受からないかもしれない。
そんな心配が心を不安で覆っていた。
「試験か、とても嫌なものだったな」
「嫌なもの? 銃士だった貴方でも難しいものだったの? 文字も読め、数学も出来て、戦いや魔法にも明るいあなたでも?」
「まあ――そう、だな。この地方独特の礼儀作法などもあったし、知らない言葉もでた。そうそう、飛空艇の操舵なんてとても辛いものだったな」
「飛空艇!?」
「そう――飛空艇。空に上がるのが怖い俺にはとてもとても恐ろしいものだった。教官がとても厳しい人でな、あの空中で三回転されられて遊ばれた日には死ぬかと思ったよ」
「そんなっ……なんて可哀想なラッセル。だから、あの時あんなにつらそうな顔をして戻って来たのね……」
馬には乗れても、馬車の扱いすら知らないのにそんなものまでしないといけないの?
アンナローズの顔は更に不安でおおわれてしまう。
ラッセルはすまない、言えなかったんだ。
そう言い、とてもつらそうな顔を――いや、したたかな演技を続けることにした。
「ああ……大変だったよ、アンナローズ。お嬢様のために頑張らなきゃいけないって自分を鼓舞したんだ。誉めてほしいくらいだが、それは言うべき相手じゃないしな。俺はアンナローズを家族だと思っているが、君からすればそうじゃない……俺は単なる使用人の一人にすぎないからな」
「え? ちょっと待って? そんなことは思ってないわよ。貴方だって大事な家族の一員だってそう――」
「そう? 思っていないだろ?」
「違うわよ、ちゃんと思ってます!」
「でも、俺を見捨てて行こうとしたよな? 自分だけで生きていく、そう勝手に決めてさ?」
「だってあの時は……違うの、そんなこと思って言ったんじゃないの!」
「じゃあ、何を思って言ったんだ?」
「だって、だって! 私だってちゃんと生きていけるって! あんな役立たずな王太子なんていなくたって、身分なんかなくても生きていけるって! そう――証明したかった……」
「ふうん。ならどうするんだ?」
「……ギルドの試験に行きます……厳しくても頑張って来るから……」
「そうだな? 頑張れよ?」
「うん……」
いいぞ、その素直さはお前のいいところだ。
そして騙されやすい一面だけはなんとかしなきゃいけないが、いまは利用させてもらおう。
ささやかな報復の為に、嫌がらせのために。
そうほくそ笑むラッセルの本心などアンナローズはつゆ知らず――この後、試験に赴いたギルドで飛空艇の操縦なんてないと知るまで、ラッセルのために頑張らなきゃ! と気を張っていたのだった……。
理解はできるけど、納得はできない。
まだそんな顔をしていた。
「ラッセル……?」
「なんだい、お嬢様? 不安か?」
「不安はあるわよ」
「へえ」
素直になったもんだな。
まあ、そうそう性格なんて変わりはしない。
彼女も俺もそうだ。
どこまで寄り添ってやれるか、ラッセルはこの旅が始まってからずっと心に抱いてきた彼なりの不安を、そっとに心にしまい込むとアンナローズに微笑んでやる。
俺が不安を見せてはいけないのだ。
必ず守ると、そう誓ったのだから。
「何よ?」
「いや、素直になったもんだな、とね」
「……この格好でいいのかしら? 試験……」
「そうだな。……俺はいいと思うが、実技がある」
「実技?」
「試験って何をするものなの?」
アンナローズの頭にあったのは王宮や学院で何度となく受けてきたような、数学や古代の詩や歌の暗唱だし、あとは魔法による城の籠城戦の方法だ。
王国のような周囲を大国に囲まれた土地では、多くの上級貴族は辺境の守備や管理運営を代々任されることが多い。伯爵位以下の子弟子女に混じり、アンナローズも籠城戦だの弓矢だの、領地の経営だのそんなことも教えられたものだ。
それよりも厳しいなら受からないかもしれない。
そんな心配が心を不安で覆っていた。
「試験か、とても嫌なものだったな」
「嫌なもの? 銃士だった貴方でも難しいものだったの? 文字も読め、数学も出来て、戦いや魔法にも明るいあなたでも?」
「まあ――そう、だな。この地方独特の礼儀作法などもあったし、知らない言葉もでた。そうそう、飛空艇の操舵なんてとても辛いものだったな」
「飛空艇!?」
「そう――飛空艇。空に上がるのが怖い俺にはとてもとても恐ろしいものだった。教官がとても厳しい人でな、あの空中で三回転されられて遊ばれた日には死ぬかと思ったよ」
「そんなっ……なんて可哀想なラッセル。だから、あの時あんなにつらそうな顔をして戻って来たのね……」
馬には乗れても、馬車の扱いすら知らないのにそんなものまでしないといけないの?
アンナローズの顔は更に不安でおおわれてしまう。
ラッセルはすまない、言えなかったんだ。
そう言い、とてもつらそうな顔を――いや、したたかな演技を続けることにした。
「ああ……大変だったよ、アンナローズ。お嬢様のために頑張らなきゃいけないって自分を鼓舞したんだ。誉めてほしいくらいだが、それは言うべき相手じゃないしな。俺はアンナローズを家族だと思っているが、君からすればそうじゃない……俺は単なる使用人の一人にすぎないからな」
「え? ちょっと待って? そんなことは思ってないわよ。貴方だって大事な家族の一員だってそう――」
「そう? 思っていないだろ?」
「違うわよ、ちゃんと思ってます!」
「でも、俺を見捨てて行こうとしたよな? 自分だけで生きていく、そう勝手に決めてさ?」
「だってあの時は……違うの、そんなこと思って言ったんじゃないの!」
「じゃあ、何を思って言ったんだ?」
「だって、だって! 私だってちゃんと生きていけるって! あんな役立たずな王太子なんていなくたって、身分なんかなくても生きていけるって! そう――証明したかった……」
「ふうん。ならどうするんだ?」
「……ギルドの試験に行きます……厳しくても頑張って来るから……」
「そうだな? 頑張れよ?」
「うん……」
いいぞ、その素直さはお前のいいところだ。
そして騙されやすい一面だけはなんとかしなきゃいけないが、いまは利用させてもらおう。
ささやかな報復の為に、嫌がらせのために。
そうほくそ笑むラッセルの本心などアンナローズはつゆ知らず――この後、試験に赴いたギルドで飛空艇の操縦なんてないと知るまで、ラッセルのために頑張らなきゃ! と気を張っていたのだった……。
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