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第二章
保護欲
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なかなか戻ってこない。
ラッセルは仕方ないと自分の部屋を後にした。
上半身裸のままでは気まずいなと思ったのは、部屋の扉を開いた時だ。
目についたガウンを羽織るとその足でアンナローズの部屋に向かう。
二人の部屋はキッチンが併設されているリビングを真ん中に、対面に位置していた。
「入るぞ?」
開け放されたそのドアから挨拶ばかりに声をかける。
目の前に広がる光景……少女は黄色のシンプルなドレスに着替えていた。
ああ、それならいい。
どこへ行っても、良家の子女で通りそうな恰好だ。
ラッセルはそう思うと、せわしなく動く主人に声をかけた。
「……本気で出ていくつもりか?」
片腕を扉にかけ、気だるそうに問いかける従者に、アンナローズは勝気な猫のような釣り目を向けて青い光を放っていた。
いやそう見えたのは、彼女の瞳の色が青だからか。
「そうよ!」
「そうか。それなら――好きにしていいが……」
何か含んだようなラッセルの言葉がアンナローズは気に入らない。
言いたいことをはっきり言いなさいよ、そんな表情で噛みつきそうに振り向いた。
「気に入らないの!?」
「気に入る、いらないの話はしていない。だが、荷物は全部燃やしていけよ」
「……っ!? どうしてよ? これ全部、私が持ってきたもの……」
「だから、だよ。お嬢様。この国に、お嬢様の私物が出回ると困るんだ。まだ王国内に潜伏していることになっている。侯爵様から俺はそう言いつけられてる」
「なら、ここに来て買ったものは……?」
「それなら好きにしていい。だが、せいぜい身の回りのものだろ? 売れる価値があるとでも?」
「……ないの?」
少女は必死に昨夜からまき散らしていた私物を、ここに来るときに詰め込んできた衣装箪笥に戻そうとしている。
王侯貴族ともなれば、移動式の数か月分の衣類を詰め込める旅行ケースがあるのだから便利なものだ。
それを持ち運ぶのはもちろん、俺なんだが。
ラッセルはあの重かった荷物をこの階まで持ち上げた日の苦労を思い出して苦笑した。
「ないよ。残念ながらないな」
「なら――この髪を切って――」
「それも無理だ。この地方じゃ朱色の髪は珍しくない。金髪か、銀髪、もしくは――黒なら……良かったがな?」
「じゃあ、この身体で!」
「男に抱かれて、か?」
「侍女でもなんでもあるでしょう!?」
「身元の保証がない自意識ばかり高い元貴族令嬢を誰が喜んで雇うんだ?」
「……」
「その手に持った衣類だの宝石類も、全部置いて行かせるぞ? 力づくで、だ」
「たかだか銃士の貴方に、そんな魔法の力があるわけ――あるのかもね、そうね……」
「ああ、多分。俺はアンナローズよりも魔力も魔法の腕も上だ」
「なんで時間を与えたの? 出て行かせるなら、用意をする手間暇がいるってそういう意味じゃなかったの?」
そのつもりだった。
そうは言いたくないが、そのつもりだった。
なんで今更、おいていけって言い出したかって?
それは簡単だ。
「アンナローズは一人じゃ生きていけないだろうと理解したからだよ、お嬢様。それでは不満か?」
「……つまり、黙ってギルドの試験を受けに行け、と? そういうこと?」
「そういうことだ。死ぬまで守ってやるよ。俺の命が枯れ果てるまでな。だから、まずは一歩を踏み出せ。庶民でもなんでもいい、自力で生きる一歩だ。いいな?」
上から目線だったかもしれない。
しかし、アンナローズは不思議と素直に従った。
コクンとうなづくその頬が心なしか紅潮していることについては、ラッセルは見ないふりをしようと決めた。
ラッセルは仕方ないと自分の部屋を後にした。
上半身裸のままでは気まずいなと思ったのは、部屋の扉を開いた時だ。
目についたガウンを羽織るとその足でアンナローズの部屋に向かう。
二人の部屋はキッチンが併設されているリビングを真ん中に、対面に位置していた。
「入るぞ?」
開け放されたそのドアから挨拶ばかりに声をかける。
目の前に広がる光景……少女は黄色のシンプルなドレスに着替えていた。
ああ、それならいい。
どこへ行っても、良家の子女で通りそうな恰好だ。
ラッセルはそう思うと、せわしなく動く主人に声をかけた。
「……本気で出ていくつもりか?」
片腕を扉にかけ、気だるそうに問いかける従者に、アンナローズは勝気な猫のような釣り目を向けて青い光を放っていた。
いやそう見えたのは、彼女の瞳の色が青だからか。
「そうよ!」
「そうか。それなら――好きにしていいが……」
何か含んだようなラッセルの言葉がアンナローズは気に入らない。
言いたいことをはっきり言いなさいよ、そんな表情で噛みつきそうに振り向いた。
「気に入らないの!?」
「気に入る、いらないの話はしていない。だが、荷物は全部燃やしていけよ」
「……っ!? どうしてよ? これ全部、私が持ってきたもの……」
「だから、だよ。お嬢様。この国に、お嬢様の私物が出回ると困るんだ。まだ王国内に潜伏していることになっている。侯爵様から俺はそう言いつけられてる」
「なら、ここに来て買ったものは……?」
「それなら好きにしていい。だが、せいぜい身の回りのものだろ? 売れる価値があるとでも?」
「……ないの?」
少女は必死に昨夜からまき散らしていた私物を、ここに来るときに詰め込んできた衣装箪笥に戻そうとしている。
王侯貴族ともなれば、移動式の数か月分の衣類を詰め込める旅行ケースがあるのだから便利なものだ。
それを持ち運ぶのはもちろん、俺なんだが。
ラッセルはあの重かった荷物をこの階まで持ち上げた日の苦労を思い出して苦笑した。
「ないよ。残念ながらないな」
「なら――この髪を切って――」
「それも無理だ。この地方じゃ朱色の髪は珍しくない。金髪か、銀髪、もしくは――黒なら……良かったがな?」
「じゃあ、この身体で!」
「男に抱かれて、か?」
「侍女でもなんでもあるでしょう!?」
「身元の保証がない自意識ばかり高い元貴族令嬢を誰が喜んで雇うんだ?」
「……」
「その手に持った衣類だの宝石類も、全部置いて行かせるぞ? 力づくで、だ」
「たかだか銃士の貴方に、そんな魔法の力があるわけ――あるのかもね、そうね……」
「ああ、多分。俺はアンナローズよりも魔力も魔法の腕も上だ」
「なんで時間を与えたの? 出て行かせるなら、用意をする手間暇がいるってそういう意味じゃなかったの?」
そのつもりだった。
そうは言いたくないが、そのつもりだった。
なんで今更、おいていけって言い出したかって?
それは簡単だ。
「アンナローズは一人じゃ生きていけないだろうと理解したからだよ、お嬢様。それでは不満か?」
「……つまり、黙ってギルドの試験を受けに行け、と? そういうこと?」
「そういうことだ。死ぬまで守ってやるよ。俺の命が枯れ果てるまでな。だから、まずは一歩を踏み出せ。庶民でもなんでもいい、自力で生きる一歩だ。いいな?」
上から目線だったかもしれない。
しかし、アンナローズは不思議と素直に従った。
コクンとうなづくその頬が心なしか紅潮していることについては、ラッセルは見ないふりをしようと決めた。
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