上 下
97 / 104
第九章

正妻の価値

しおりを挟む


 夕刻。
 黒く艶やかな四頭の駿馬に引かれて、学院の裏口から抜け出した馬車が一台。
 前後に二頭ずつ計四頭の騎乗した騎士たちに守られての出発。
 入り口が左右に四つ。
 大型の箱場所のそれは中に二名の婦人を乗せていた。
 誰でもないアイリスとケイトである。

「驚いたわね」
「そうかしら」
「そうでしょ。だってこんな馬車まで寄越すなんて」
「そうねえ、しかも、裏口から出るにしたって何というか……」

 くくくっとアイリスは小刻みに生まれて来る笑いを押し殺す。
 馬車の壁は真っ黒の漆塗りだが、御者席の隣には王家の紋章を印した旗がはためいているのだ。
 この馬車は王室御用達。
 誰が見てもそう分かるようになっていた。

「秘密裏に物事を進めたいはずなのに全くもって隠しきれてない。そういうのって何て言うのかしら」
「さあ何だったかしらね。ヴィクターが迎えを寄越すって言ったから待ってたけど。まさかのアズライル王子の部下の騎士の方々が直々にいらっしゃるなんて」
「おまけに表からじゃなく裏から出て行くことに、問題がある気がするわねぇ。そうまでして隠したいものかしら」
「隠したいんじゃないの? 先日のお会いできる時間をすっぽかしたの、アイリスだし」

 あれは不可抗力。
 なんてこと言えるわけもなく、愛想よく笑ってごまかす。
 異世界みたいなところから過去に戻ってみれば、いきなり昨日だったのだから。
 十四歳の自分。
 懐かしい大神官様の講義だってそう。
 ちょっとだけ気配りが足らなくて講堂から追い出されてしまったけど、懐かしさのあまり仕方なかった方だ。
 でもそれは言えない――。

「やっぱり隠したいのかしらね、婚約者に会うっていうのに友人カップルの手を借りなきゃならないんだから」
「そうね。私と彼氏との大事な時間をつぶしてくれてありがとう」
「……謝罪だけしておくわ」
「それはどうも」

 それにしても感心しないなあ、とつぶやいたのは意外にもケイトだった。
 黒い瞳を伏せ、可愛らしく編み込んだ亜麻色の髪を揺らしながら侍女はカーテンが閉じられた窓の向こう側を伺いつつ、首を振る。
 場所が向かう先は学院からは遠く、王宮からは近い場所。
 東の離宮と呼ばれている王族が来賓を遇するために使われる場所だと思われた。
 ケイトの感心しない発言に婚約者と何か問題があったのかと気になったアイリスの疑問は、まったく無駄な心配だった。

「どうして会いたくないの?」
「は? 誰が?」
「ケイトが。感心しないっていうから、ヴィクターと何かあったのかなって」
「別に――何もないわよ。感心しないのは、殿下の方」
「あー……それね」
「そうよ。自分の婚約者に会うのに、愛人に気を遣ってバカみたい。東の離宮なんて人目につかないから秘密にするにはもってこい、でしょう?」
「うーん……」

 それは多分、お子様の心の弱さが現れてるんだろうなあ。
 将来の正妻と現在の愛人兼側室候補。
 天秤にかけて測ればどちらを大事にしなきゃいけないかなんて、分かりそうなものだと思うけど、とアイリスはため息を一つつくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

処理中です...