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第七章

ちょっと待って!

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 馬鹿な男どもと縁を切って世界を知る旅に出るはずが、馬鹿な女神たちと縁を切って自分を取り戻すための旅路になるなんて。
 奇妙というか滑稽というか明るいというか暗いというか。
 とりあえず世界の色は虹色でそれは白にもなり、黒にもなり、赤にもなれば銀色にもなる。
 ところどころで太陽のような渋い金色を発したりしながら、アイリスは長方形の筒のようなその空間をぐるぐると回転しながら落ちていく。

「とりあえず着いたら蹴っ飛ばそうかな」

 そんな物騒なセリフを言えるくらいには心も回復していた。
 行く先なんてもう決まっているのだ。
 正確には覚えていないがあの日。
 学院でケイトと共に過ごした寄宿舎の二人部屋のベッド上から見た、あの光景がだいたいの始まりのはず。
 あそこで出逢ったから人生は狂いだしたのだ。
 そう、赤い髪をした絶世の美女、炎の女神サティナ様に……。



 その朝。
 母親が亡くなってから数年目の朝。
 少女は隣で自分を抱いて冷たくなっていた彼女のことを思いだし、そっと静かに目を開けた。
 窓から差し込む陽光は柔らかく、室内に取り込まれたそれはもう片方のベッドに眠る少女の顔を照らし出す。
 亜麻色の髪を金色のように輝かせて、侍女のケイトはまだ眠たいと寝返りを打つ。
 アイリスの緑の瞳は朱色の飾り糸に絡めとられたかのように、その最中にあって悲し気な光をたたえていた。
 
「お母様」

 そう呼んでみるがあいにくと母親の返事はしない。
 そうよね、と子供ながらに幻を追うのは虚しいから止めようと思い、目元にまだ流れる涙をシルクの寝間着の裾口で拭いた時。
 少女は奇跡に出会ったのだ。
 母親のように長身で、それでいて髪はさらに明るく美しくまさしく燃えるといえるような真紅で、瞳の色は親族の中で知る限り自分が一番、深い緑をしているはずのに――その女性の目の色と来たら湖の水をすべて落とし込んだような苔色の緑だった。
 透き通る全身が人ではないモノを示している。
 幻想なら消えて欲しい。
 そう願っても、彼女は頬を緩めるとアイリスの名を呼んだ。わたしの声が聞こえていますか、と。
 うなずいたその様に満足したのか、女性は名乗ったのだ。
 
「わたしはサティナ。あなたが仕えたいと願った古きもの」

 ……と。
 あの後、どんな会話をしてサティナと仲良くなったのかは正直覚えていない。
 あまりにも驚きが大きすぎて嬉しさしか覚えていないからだ。でも、今回は間に合った。
 サティナが自分を見つけて声をかけようとする、姿を現そうとするその少し前に――どうやら戻れたようだと、アイリスは眼前にいるサティナを見てそう確信する。
 椅子に彼女は座っており、その向こうにはまだ目を覚ましていない幼い自分がいる。
 ここだ、ここで止めなければ全部が狂いだす。

「はい、そこまで!」

 いきなり制止の合いの手を入れたのは、我ながらなかなかに良いタイミングだったと、アイリスはこっちを振り返りかたまってしまった主を見てそう心の中で自負していた。

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