婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央

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第七章

劇場の持ち主

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「作品に関する評価は致しかねます」
「へえ。作品、なんだ。なるほどね」
「はあ、左様ですな」
「でも個人的な感想くらいはいいでしょう? 可哀想だとか、面白いとか、奇妙だとか……誰かに意図的に作られて見せられる観劇ほどぶしつけで押しつけがましくて、つまらないものはない、とか?」
「……最後の事柄はある、かもしれません。面白くは無いかも」
「あら、意外」

 憮然としてそれでも彼には彼の感情があるらしい。
 独立した個人の意思を聞いた気がして、アイリスの不機嫌だった頬がつい緩んでしまう。
 それを見てワニはそんなもんですよ、という顔をして見せた。
 どうやら管理人? たる彼にも作品の良し悪しは分かるらしい。
 ついつい質問したくなる遊び心がアイリスの中から消えることはなかった。

「何か?」
「では、どうかしら。あの作品――いま演じているものだけど。良し悪しは?」
「悪くないかと」
「悪くない? どんな意味で? 教示的なもの、物語性、それとも面白さ? 楽しさは感じないわ。それに魅せ方も心得ていないような気がする」
「ではお嬢様はどのような感想を?」
「そうねえ……お金はあるし、権力はあるけ古臭い考えと利己的な思考に裏打ちされた……まるで宗教の物語を語っているみたいだわ。そう、物語の裏にある意図を汲んで行動すれば誰かが助かる? もしくは、古い神様でも蘇ったりして?」
「……」
「あら、答えなくてもいいわよ。ありがとう、ワニさん。わたし、どうすべきか学びました。主の思惑も、なぜここにやってきたかも。多分、ね」

 ワニは一礼すると、アイリスが裾を離したのを見てすっと行こうとする。
 そこに最後に一つだけ、とアイリスは付け加えた。

「ねえ、ワニさん。ここはいつからあるの?」
「は?」
「だから、この建物。摩訶不思議な、この……何?」
「グレイズトークステーション、ですか」

 
 いつの間にかテーブル上に置かれているアイスを目にした彼女は、さっさとそれに添えれられていたスプーンをサクッと刺すと、その名前よとうなずいてみせた。

「ああ、それそれ」
「……古くは、真紅の魔女ミレイア様の時代からかと」
「……三千年以上前じゃないの……」

 ワニはふっと片頬を挙げて見せた。
 そこには真っ白な歯並びのいい小刀のようなよく切れそうな牙がびっしりと並んでいる。
 ニヒルな笑みのつもりかしら?
 もう一つ聞いてみようとピッとスプーンを彼に突き付ける。

「リシェスの乙女たちの涙は、いつから流れるようになったのかしら? 我が主のように、現世に降臨できなくなったのはいつから?」
「む……。そのような質問は初めてですな。いつ頃かとは……うーむ」
「ワニさん、三千年もここにいるの? 退屈しません?」
「主命ですからな」
「主様の御名前は?」

 ワニがうっとうめいた。
 そんなこと、誰も気にしなかったぞ。そんな感じだった。
 数舜迷い、彼はまあいいかと懐かしそうな顔をする。
 その口から聞いた彼の主の名は、それはまたと言いたくなるような神様のそれだった。
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