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第七章

困るワニさん

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 女の子はしくしくと涙を流し、しかし、そのベッドから降りようとはしなかった。
 アイリスの記憶では水晶族はある年齢まで年を取ると、そこから老いることなく数百年を生きる種族だったはず。

「人間よりも長命で若いまま、か。いいなあ、わたしもああなりたい」

 ぽつりとそんな言葉が口を飛び出した。
 老いることの無い肉体だったなら、彼はずっとこちらだけを見ていてくれたのだろうか、と。

「……元々、十歳近くも年上だったから仕方ないと言えば、仕方ない。あのディーゼル女伯爵ダイアナの方が殿下には年齢も近かったわけだし」

 画面向こうの少女の嘆きには耳を傾けつつも、どっかと足を組んで片膝のうえに肘を立て顎をのせてぼやく様を観たら、ケイトなら発狂するに違いないその仕草を――いまは注意してくれる従者すらいない。
 孤独になったのは貴女もわたしも同じなのね。
 互いに孤独を知る者同士。
 まあ、自分のことは後から考えようと決めてアイリスは少女をじっと観察する。
 彼女は先ほどのセリフ以降、ずっとクラウザー、クラウザーと名を呼んで泣き続けている。
 その腕には、これまた意図したかのようにクマの等身大のぬいぐるみが……。

「何よそれーなんか好きじゃないわ。この映像も都合よく意図して作られてるだろうし。何やってるのかしら、神様って……謎だわ」

 でも、なぜ彼女は泣くのだろう。
 もうすぐあの月に戻れる日、なんてセリフ。
 いまにも都合よく言わされました、という感じもしてアイリスは素直にそれを信じる気にはなれない。
 ふと気づくと、例のワニが側にいて空いたお皿を下げようとしていた。
 アイリスは自分で考えてもラチが空かないわと彼を誘うことにした。

「ねえ?」
「……は、お嬢様。何か」
「ワニさん、あれどう思うの?」
「……ワニさん……?」
「ワニさんでしょ? 別に名前があれば教えて下さる、謝罪致しますわ」
「そのままで」
「あ、そう。アイスクリーム欲しいな、バニラに甘いベリーのジャムとかかかっているといいのだけど」
「お待ちを」

 そう言ってお皿をお盆に集め透明なろうとする彼をあ、ちょっととアイリスはその服の端を引いて彼を呼び止めた。

「まだ返事聞いてないわよ」
「あれはその――私ではお答えできないと言いますか」
「内容を詳しく説明してくださいと言ってるのではないの」
「は?」

 ワニは困ります、といった感じでアイリスを見下ろした。
 しかし、服を血染めのままで着こなす苔桃色の髪色の乙女はにんまりとほほ笑んで、彼の服裾を離す気は無いらしい。ワニの執事はつまらなさそうに、ふっ、と長い鼻先から息を吹き出すとそうですなあ、と言葉を選んでいた。

「これまで幾度も数百、もっと多くのお客様がこちらにいらっしゃいました。悲劇・喜劇・英雄譚。悲喜こもごものものがありましたかと」
「ふうん」

 アイリスの欲しい返事とはちょっと違う。
 彼女は監督が誰かを知りたいのだ。
 演出や脚本家も気になるところではあるが。
 まだ離さないわよ、とつかんだそこをヒラヒラとさせると彼は大きなため息をついた。
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