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第五章
騎士の本分
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まずは、市民をどうにかしましょう。
そう言うと、ランバート卿はアイリスに手を差し伸べた。
それを見てアイリスは更に後ずさる。
信じられないとその顔が述べているのを見て、ランバート卿は困ったなとつぶやいた。
「どうぞ?」
「そっ、そんなお手を……信じて握ることができるとでも……? 貴方ならどうですか、ランバート卿」
「信じる? そうですねえ……お互い個人的に信用も信頼もないかと思います。いまは貴方がサティナ様の女司祭であり、僕はこの城塞都市の管理者の部下の一人。そういう立場を信じるしかないと思いますが?」
「その笑顔の裏にあるものが――怖いわよ、ランバート卿」
「そうですか? アズライル王子よりはまだましだと思いますが」
「どんな男性も、あんな最低男よりまともだと信じたいですわ」
「手厳しい。とりあえず、行きませんか? 市民を落ち着かせないと主に叱られますので」
「叱られたらいいじゃない。わたしには関係ないことよ、サティナ様をお迎えしないと」
「その炎の女神サティナ教の司祭である貴方が必要だとは――思いませんか? あそこに集まっている市民の多くは興味だけでなく、恐怖も交えて心の中にあるはずですよ。アイリス」
裏を返せば、それはサティナへの畏怖と敬意にも当たるとランバート卿は言っていた。
こんな辺境でも、女神信仰は厚いのだ。
不安と恐怖を和らげる責任は自分にもあるとアイリスは感じてしまう。
それに、あれを巻き起こしたのは……。
「はあ……。貴方って本当に強引ですね。さっき、わたしが貴方の胸の上に落ちた理由が何となく理解できたわ。あんな幼い少女にまで手を出そうとするなんて」
「それは過分な誤解ですよ、アイリス」
そう問い詰められてランバート卿は勘違いだと言い訳を述べるように、その手を引っ込めてしまう。
彼の腰にある剣の範囲から逃れようと思い、アイリスはゆっくりと横にかつ後ろに身体を引こうとして行き詰りを感じた。
そこには、壁が待っていたからだ。
しまった。
逃げようとして、自分から苦境にはまり込んだかもしれない。
ランバート卿はにこりと微笑んだまま、その手を下げようとはしなかった。ひやりとしたものが頬を伝い落ちるのをアイリスは感じていた。
止まることのない怯えは背中に伝播し、抑えようのない大量の冷や汗が吹き出してくる。
「誤解なんかじゃないわ。貴方は人じゃないもの……そうでしょう、ヌアザ様」
「あ……いや。何故、私を神の名で呼ぶのですか?」
じっとりとした汗は衣装を背中に張り付かせてしまう。
彼のことをその名で呼んだ途端、こんどは氷の大雪原にでも出くわしたかのように部屋の空気がひんやりと涼み始めた。
ぶるっと、寒気を感じたままアイリスは手を引いた彼の行動を見てやはりそうなのかな、と当て推量が正しかったのかと思い小さく首を左右に振った。
「何となく、でしょうか。我が主と似た雰囲気を感じましたので――でも、貴方は空の神と呼ぶには何かが違う」
「神にも魔にも、精霊にもなった覚えはありませんよ、アイリス様。自分はずっと人間です。これまでも、これからも……信徒を見捨てるような神になりたいとは思いませんから」
「やっぱり――サティナ様にいい印象は持ってないんだ……」
「もちろん、救いを求める信徒より貴方を取った女神様は好きではありません。しかし、ここは女神サティナ教の国であり、私はその一都市の管理に携わる王国騎士。それを捨てた覚えはありませんよ、女司祭殿」
つまり、この場を治めようという彼の言葉に嘘はないらしい。
アイリスは戸惑いながらもランバート卿の真意をはかろうとしていた。
そう言うと、ランバート卿はアイリスに手を差し伸べた。
それを見てアイリスは更に後ずさる。
信じられないとその顔が述べているのを見て、ランバート卿は困ったなとつぶやいた。
「どうぞ?」
「そっ、そんなお手を……信じて握ることができるとでも……? 貴方ならどうですか、ランバート卿」
「信じる? そうですねえ……お互い個人的に信用も信頼もないかと思います。いまは貴方がサティナ様の女司祭であり、僕はこの城塞都市の管理者の部下の一人。そういう立場を信じるしかないと思いますが?」
「その笑顔の裏にあるものが――怖いわよ、ランバート卿」
「そうですか? アズライル王子よりはまだましだと思いますが」
「どんな男性も、あんな最低男よりまともだと信じたいですわ」
「手厳しい。とりあえず、行きませんか? 市民を落ち着かせないと主に叱られますので」
「叱られたらいいじゃない。わたしには関係ないことよ、サティナ様をお迎えしないと」
「その炎の女神サティナ教の司祭である貴方が必要だとは――思いませんか? あそこに集まっている市民の多くは興味だけでなく、恐怖も交えて心の中にあるはずですよ。アイリス」
裏を返せば、それはサティナへの畏怖と敬意にも当たるとランバート卿は言っていた。
こんな辺境でも、女神信仰は厚いのだ。
不安と恐怖を和らげる責任は自分にもあるとアイリスは感じてしまう。
それに、あれを巻き起こしたのは……。
「はあ……。貴方って本当に強引ですね。さっき、わたしが貴方の胸の上に落ちた理由が何となく理解できたわ。あんな幼い少女にまで手を出そうとするなんて」
「それは過分な誤解ですよ、アイリス」
そう問い詰められてランバート卿は勘違いだと言い訳を述べるように、その手を引っ込めてしまう。
彼の腰にある剣の範囲から逃れようと思い、アイリスはゆっくりと横にかつ後ろに身体を引こうとして行き詰りを感じた。
そこには、壁が待っていたからだ。
しまった。
逃げようとして、自分から苦境にはまり込んだかもしれない。
ランバート卿はにこりと微笑んだまま、その手を下げようとはしなかった。ひやりとしたものが頬を伝い落ちるのをアイリスは感じていた。
止まることのない怯えは背中に伝播し、抑えようのない大量の冷や汗が吹き出してくる。
「誤解なんかじゃないわ。貴方は人じゃないもの……そうでしょう、ヌアザ様」
「あ……いや。何故、私を神の名で呼ぶのですか?」
じっとりとした汗は衣装を背中に張り付かせてしまう。
彼のことをその名で呼んだ途端、こんどは氷の大雪原にでも出くわしたかのように部屋の空気がひんやりと涼み始めた。
ぶるっと、寒気を感じたままアイリスは手を引いた彼の行動を見てやはりそうなのかな、と当て推量が正しかったのかと思い小さく首を左右に振った。
「何となく、でしょうか。我が主と似た雰囲気を感じましたので――でも、貴方は空の神と呼ぶには何かが違う」
「神にも魔にも、精霊にもなった覚えはありませんよ、アイリス様。自分はずっと人間です。これまでも、これからも……信徒を見捨てるような神になりたいとは思いませんから」
「やっぱり――サティナ様にいい印象は持ってないんだ……」
「もちろん、救いを求める信徒より貴方を取った女神様は好きではありません。しかし、ここは女神サティナ教の国であり、私はその一都市の管理に携わる王国騎士。それを捨てた覚えはありませんよ、女司祭殿」
つまり、この場を治めようという彼の言葉に嘘はないらしい。
アイリスは戸惑いながらもランバート卿の真意をはかろうとしていた。
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