婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。

和泉鷹央

文字の大きさ
上 下
44 / 104
第四章

本質

しおりを挟む
「あ、そう。ところでオンセド男爵様は未だにお越しになられないのね?」
「嫌味?」
「かも?」
「アイリス、貴方のそんなところ、嫌いじゃないわ。でも」

 ケイトはアイリスの方にあった紅茶ポットから中身を噴水のように吹き上がらせると、自分のカップの中に無音で着地させた。
 それを見て、こんな魔法使えたの貴方とアイリスは口を半開きにしてそれを目で追っていた。
 カップの淵に並々と注がれたまま、ケイトがそれを斜めにしても中身はこぼれない。

「呆れた……」
「そう? わたしにでもこの程度、できる物なのよ?」
「つまり――その。何が言いたいの?」
「そうねえ。知ってる?」
「だから、何を? 何をどうさせたいの?」

 ケイトはタルトの皿をすっと持ち上げると、紅茶のカップの中に指先を付けてやる。
 そのまま指先を上げると水は磁石で指先にくっついたかのように、後に続いた。ぐるぐるっと指先を回転させ、その勢いが一定の水流を越えたところでもう片方の手にもった皿をそこに通過させる。
 まるで鋭利な刃物のように、その端は綺麗に切断され、床に落ちて砕けてしまった。

「できる?」
「炎なら」
「やってみてと言わなくて想像できるわ。でも見てみたい」
「ふうん? これね、待ってよー……」

 イメージが難しい。アイリスの脳裏にある炎のイメージは燃え盛る暖炉の中のそれそのものだ。
 ケイトがしたように薄く、それでいて高熱で何でも切断できる、おまけに綺麗な切断面を見せなきゃいけない。
 指先の倍程度の焔の集約、そして――色は赤から青に青から白へと変化する。

「こう?」
「あら、すごい」

 それは皿の端をすっぱりとはいかなかったものの、少しばかり荒い断面を見せて消滅した。
 ケイトは何がしたいのかしら。アイリスの思いは今一つ定まらない。まるで答えのない数式を解かされている気分だった。

「ねえ……これが何?」
「だからね、アイリス。水でも炎でも、同じことが出来るでしょう?」
「こっちは……少し溶けてるけど」
「それは貴方の腕が悪いから」
「もう! だから何なの!?」
「水でも炎でも風でも大地の精霊でも――似たことが出来るってこと。気づかない?」
「それってつまり……サティナ様が偽物ってこと?」

 はあ、違うわよ。バカ、とケイトは嘆息する。
 言いたいことはそこではないのだ。

「アイリス、いい? よく聞いて頂戴。神様そのものが騙されているんじゃないのかなってそう思うのよ」
「水でも炎でも同じことができるから? でもそれは結果を見れば――ああ、そういうことね」
「そう。ようは過程を追えば分かるはずなのよ。わたしたちをうまく利用してサティナ様を困らせてる、誰かの本質がね?」

 ケイトがまるで名探偵になったようだとアイリスは目を見張って驚いていた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

うーん、別に……

柑橘 橙
恋愛
「婚約者はお忙しいのですね、今日もお一人ですか?」  と、言われても。  「忙しい」「後にしてくれ」って言うのは、むこうなんだけど……  あれ?婚約者、要る?  とりあえず、長編にしてみました。  結末にもやっとされたら、申し訳ありません。  お読みくださっている皆様、ありがとうございます。 誤字を訂正しました。 現在、番外編を掲載しています。 仲良くとのメッセージが多かったので、まずはこのようにしてみました。 後々第二王子が苦労する話も書いてみたいと思います。 ☆☆辺境合宿編をはじめました。  ゆっくりゆっくり更新になると思いますが、お読みくださると、嬉しいです。  辺境合宿編は、王子視点が増える予定です。イラっとされたら、申し訳ありません。 ☆☆☆誤字脱字をおしえてくださる方、ありがとうございます! ☆☆☆☆感想をくださってありがとうございます。公開したくない感想は、承認不要とお書きください。  よろしくお願いいたします。

処理中です...