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第二章
アズライルの最後
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男性が――怖い……っ
アズライルのあの視線、暴力的な乱暴な言葉に自分への仕打ち。
そのどれもが重く心にのしかかっていて、簡単には消えない不信の楔となっていた。
アルフォンスと名乗る彼が女神の方に近づこうと足を一歩踏み出した時、知らずのうちにアイリスは後ずさってしまっていた。
「彼は……最後を遂げられたのですか? それとも、貴方がたが手を下されたの? 女神様の意向として?」
「いいえ、アイリス様。我々が何かをしたわけではありません。退却し、この屋敷にたどり着いたとき、彼の館は炎に包まれておりました」
「炎? 炎の女神の聖騎士が、王太子の結末は自殺で自ら火を放ったと。そう言うのですか、シュネイル卿、それにサティナ様」
「それは誤解です、アイリス様。主も我々も何もしていない。彼は――王子は王太子らしく、自分で責任を取られたとそう、考えるべきでしょう。あなたもそうするようにと言っていたではありませんか。王族らしく、あって欲しいと」
「あっ……」
あれは自殺することをすすめたわけでも、彼に押し付けたわけでもなかった。
ただどこまでもみすぼらしく足掻いて恥の上塗りをして、王族というその名を汚して欲しくなかったのだ。
それがこんな結末を呼ぶなんて――
「でも、アイリス。あなたの責任じゃないわよ。最後に彼に王族としての行動を決めさせたように思うかもしれないけど、それはあの子が自分で決めたこと。名誉を守れたのだからよかったじゃない」
「何も! 何もよくありませんっ! あの場には女伯爵だっていたんですよ? 彼女は私が王子を殴ろうとしたらその身で庇って一撃を受けるくらい彼を大事にしていたのに……共に死んだに決まっているじゃないですか。そのどこが、死んで咲く花なんて、そんなもの……」
「選んだのはあの二人。あなたにも、私にも責任なんてないわ、アイリス」
そうサティナは割り切ったように言いきるが、アイリスには納得がいかない。
あのアズライルが簡単に死を選ぶ?
まさか、あり得ない。
女神様の配慮だとしても、そんなことはしてないと言いきられたとしても――最後くらいは自分の手で逝かせてやるべきだった。
そうすれば、愛した者を殺した女として、自分にも罪の記憶とそれ以上に大きな裏切りの報復ができたという満足感もあったかもしれないのに……
「そうですか、そう……」
「それに聖女もしばらくは謹慎させたから大人しくなるでしょうし……シュネイル卿、罪には問えなかったの?」
「難しいですな、主よ。なにせ、彼女と大神官はそのお声を聞く術を数年間も失っていた。それを報告せず、しかし、神殿の経営には尽力しておりましたから。いまできることは、管理不行き届き――その一点に尽きますな。王太子アズライル様とのつながりもそう簡単には出てこないでしょう」
そうよねえ、とサティナは肘かけに肘をついて顔を乗せ、大きく悩まし気なため息を吐く。
女神としてその一言ですべてを片付けることは容易いが、それをすれば、また別の問題があちらからやって来る。
人の世も、天界も同じようにめんどくさい。
そう、彼女は嘆息するのだった。
アズライルのあの視線、暴力的な乱暴な言葉に自分への仕打ち。
そのどれもが重く心にのしかかっていて、簡単には消えない不信の楔となっていた。
アルフォンスと名乗る彼が女神の方に近づこうと足を一歩踏み出した時、知らずのうちにアイリスは後ずさってしまっていた。
「彼は……最後を遂げられたのですか? それとも、貴方がたが手を下されたの? 女神様の意向として?」
「いいえ、アイリス様。我々が何かをしたわけではありません。退却し、この屋敷にたどり着いたとき、彼の館は炎に包まれておりました」
「炎? 炎の女神の聖騎士が、王太子の結末は自殺で自ら火を放ったと。そう言うのですか、シュネイル卿、それにサティナ様」
「それは誤解です、アイリス様。主も我々も何もしていない。彼は――王子は王太子らしく、自分で責任を取られたとそう、考えるべきでしょう。あなたもそうするようにと言っていたではありませんか。王族らしく、あって欲しいと」
「あっ……」
あれは自殺することをすすめたわけでも、彼に押し付けたわけでもなかった。
ただどこまでもみすぼらしく足掻いて恥の上塗りをして、王族というその名を汚して欲しくなかったのだ。
それがこんな結末を呼ぶなんて――
「でも、アイリス。あなたの責任じゃないわよ。最後に彼に王族としての行動を決めさせたように思うかもしれないけど、それはあの子が自分で決めたこと。名誉を守れたのだからよかったじゃない」
「何も! 何もよくありませんっ! あの場には女伯爵だっていたんですよ? 彼女は私が王子を殴ろうとしたらその身で庇って一撃を受けるくらい彼を大事にしていたのに……共に死んだに決まっているじゃないですか。そのどこが、死んで咲く花なんて、そんなもの……」
「選んだのはあの二人。あなたにも、私にも責任なんてないわ、アイリス」
そうサティナは割り切ったように言いきるが、アイリスには納得がいかない。
あのアズライルが簡単に死を選ぶ?
まさか、あり得ない。
女神様の配慮だとしても、そんなことはしてないと言いきられたとしても――最後くらいは自分の手で逝かせてやるべきだった。
そうすれば、愛した者を殺した女として、自分にも罪の記憶とそれ以上に大きな裏切りの報復ができたという満足感もあったかもしれないのに……
「そうですか、そう……」
「それに聖女もしばらくは謹慎させたから大人しくなるでしょうし……シュネイル卿、罪には問えなかったの?」
「難しいですな、主よ。なにせ、彼女と大神官はそのお声を聞く術を数年間も失っていた。それを報告せず、しかし、神殿の経営には尽力しておりましたから。いまできることは、管理不行き届き――その一点に尽きますな。王太子アズライル様とのつながりもそう簡単には出てこないでしょう」
そうよねえ、とサティナは肘かけに肘をついて顔を乗せ、大きく悩まし気なため息を吐く。
女神としてその一言ですべてを片付けることは容易いが、それをすれば、また別の問題があちらからやって来る。
人の世も、天界も同じようにめんどくさい。
そう、彼女は嘆息するのだった。
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