上 下
21 / 104
第二章

アズライルの最後

しおりを挟む
 男性が――怖い……っ
 アズライルのあの視線、暴力的な乱暴な言葉に自分への仕打ち。
 そのどれもが重く心にのしかかっていて、簡単には消えない不信の楔となっていた。
 アルフォンスと名乗る彼が女神の方に近づこうと足を一歩踏み出した時、知らずのうちにアイリスは後ずさってしまっていた。

「彼は……最後を遂げられたのですか? それとも、貴方がたが手を下されたの? 女神様の意向として?」
「いいえ、アイリス様。我々が何かをしたわけではありません。退却し、この屋敷にたどり着いたとき、彼の館は炎に包まれておりました」
「炎? 炎の女神の聖騎士が、王太子の結末は自殺で自ら火を放ったと。そう言うのですか、シュネイル卿、それにサティナ様」
「それは誤解です、アイリス様。主も我々も何もしていない。彼は――王子は王太子らしく、自分で責任を取られたとそう、考えるべきでしょう。あなたもそうするようにと言っていたではありませんか。王族らしく、あって欲しいと」
「あっ……」

 あれは自殺することをすすめたわけでも、彼に押し付けたわけでもなかった。
 ただどこまでもみすぼらしく足掻いて恥の上塗りをして、王族というその名を汚して欲しくなかったのだ。
 それがこんな結末を呼ぶなんて――

「でも、アイリス。あなたの責任じゃないわよ。最後に彼に王族としての行動を決めさせたように思うかもしれないけど、それはあの子が自分で決めたこと。名誉を守れたのだからよかったじゃない」
「何も! 何もよくありませんっ! あの場には女伯爵だっていたんですよ? 彼女は私が王子を殴ろうとしたらその身で庇って一撃を受けるくらい彼を大事にしていたのに……共に死んだに決まっているじゃないですか。そのどこが、死んで咲く花なんて、そんなもの……」
「選んだのはあの二人。あなたにも、私にも責任なんてないわ、アイリス」

 そうサティナは割り切ったように言いきるが、アイリスには納得がいかない。
 あのアズライルが簡単に死を選ぶ?
 まさか、あり得ない。
 女神様の配慮だとしても、そんなことはしてないと言いきられたとしても――最後くらいは自分の手で逝かせてやるべきだった。
 そうすれば、愛した者を殺した女として、自分にも罪の記憶とそれ以上に大きな裏切りの報復ができたという満足感もあったかもしれないのに……

「そうですか、そう……」
「それに聖女もしばらくは謹慎させたから大人しくなるでしょうし……シュネイル卿、罪には問えなかったの?」
「難しいですな、主よ。なにせ、彼女と大神官はそのお声を聞く術を数年間も失っていた。それを報告せず、しかし、神殿の経営には尽力しておりましたから。いまできることは、管理不行き届き――その一点に尽きますな。王太子アズライル様とのつながりもそう簡単には出てこないでしょう」

 そうよねえ、とサティナは肘かけに肘をついて顔を乗せ、大きく悩まし気なため息を吐く。
 女神としてその一言ですべてを片付けることは容易いが、それをすれば、また別の問題があちらからやって来る。
 人の世も、天界も同じようにめんどくさい。
 そう、彼女は嘆息するのだった。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

不憫な妹が可哀想だからと婚約破棄されましたが、私のことは可哀想だと思われなかったのですか?

木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるイルリアは、婚約者から婚約破棄された。 彼は、イルリアの妹が婚約破棄されたことに対してひどく心を痛めており、そんな彼女を救いたいと言っているのだ。 混乱するイルリアだったが、婚約者は妹と仲良くしている。 そんな二人に押し切られて、イルリアは引き下がらざるを得なかった。 当然イルリアは、婚約者と妹に対して腹を立てていた。 そんな彼女に声をかけてきたのは、公爵令息であるマグナードだった。 彼の助力を得ながら、イルリアは婚約者と妹に対する抗議を始めるのだった。 ※誤字脱字などの報告、本当にありがとうございます。いつも助かっています。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

本日は、絶好の婚約破棄日和です。

秋津冴
恋愛
 聖女として二年間、王国に奉仕してきたマルゴット。  彼女には同じく、二年前から婚約している王太子がいた。  日頃から、怒るか、罵るか、たまに褒めるか。  そんな両極端な性格の殿下との付き合いに、未来を見れなくなってきた、今日この頃。  自分には幸せな結婚はないのかしら、とぼやくマルゴットに王太子ラスティンの婚約破棄宣が叩きつけられる。  その理由は「聖女が他の男と不貞を働いたから」  しかし、マルゴットにはそんな覚えはまったくない。  むしろこの不合理な婚約破棄を逆手にとって、こちらから婚約破棄してやろう。  自分の希望に満ちた未来を掴み取るため、これまで虐げられてきた聖女が、理不尽な婚約者に牙をむく。    2022.10.18 設定を追記しました。

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜

津ヶ谷
恋愛
 ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。 次期公爵との婚約も決まっていた。  しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。 次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。  そう、妹に婚約者を奪われたのである。  そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。 そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。  次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。  これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

陰謀は、婚約破棄のその後で

秋津冴
恋愛
 王国における辺境の盾として国境を守る、グレイスター辺境伯アレクセイ。  いつも眠たそうにしている彼のことを、人は昼行灯とか怠け者とか田舎者と呼ぶ。  しかし、この王国は彼のおかげで平穏を保てるのだと中央の貴族たちは知らなかった。  いつものように、王都への定例報告に赴いたアレクセイ。  彼は、王宮の端でとんでもないことを耳にしてしまう。  それは、王太子ラスティオルによる、婚約破棄宣言。  相手は、この国が崇めている女神の聖女マルゴットだった。  一連の騒動を見届けたアレクセイは、このままでは聖女が謀殺されてしまうと予測する。  いつもの彼ならば関わりたくないとさっさと辺境に戻るのだが、今回は話しが違った。  聖女マルゴットは彼にとって一目惚れした相手だったのだ。  無能と蔑まれていた辺境伯が、聖女を助けるために陰謀を企てる――。  他の投稿サイトにも別名義で掲載しております。  この話は「本日は、絶好の婚約破棄日和です。」と「王太子妃教育を受けた私が、婚約破棄相手に復讐を果たすまで。」の二話の合間を描いた作品になります。  宜しくお願い致します。  

処理中です...