上 下
9 / 104
第一章

女伯爵の未来が消えた夜

しおりを挟む
「ダイアナ……」
「殿下、もう大丈夫ですから。どうかお元気を出してください」
「だが、俺はもうだめかもしれん。あの時のことを思い出すともう――恐ろしくて心が凍るようだ」
「……ああ、可哀想な殿下……」
「お前だけだよ、ダイアナ。俺の心を癒してくれるのは」
「そうですわ、殿下。私だけが殿下のお側におります」
「そうか、ダイアナ。お前はいい女だな」

 アイリスの青い炎の一撃を股間に受けた間抜けな殿下、アズライル。
 彼は爆風で使い物にならなくなった離宮を捨て、自室に引きこもっていた。
 明日の朝になれば、女伯爵の屋敷に逃げ込もう。
 そうすれば、あの暴力女……絶対に許すことのできない反逆者の処刑を広場で見ることができる。
 彼はそう心の中で考えてはニヤリとほくそ笑んでいた。

「でも、もう心配はないのでしょうか? アイリス様が何やら女神様の御神託があったからとおっしゃっていましたが……」
「ああ、あれか。気にすることはない。大神官と聖女には確認済だ。女神様はすでに天界に戻られたという。ここは人の世界。我が王国の法律で裁くだけのことだ。あの大罪人をな……ッ!!!」
「さすがですわ、殿下。そうなれば、最早、殿下が国王になられるのも時間の問題……」

 嬉しそうに政治に疎い女伯爵は喜びの声を上げる。
 しかし、アズライルは渋い顔でそれを否定するしかなかった。

「あー……それなんだが、なあ、ダイアナ?」
「なんでしょう、殿下?」
「父上。国王陛下はその、な……俺の継承権をはく奪されるお考えだ」
「……へ?」
「いや、俺もそれはないでしょう、と申し上げてみたのだが。さすがに国内外にお披露目をする前夜。結婚式当日の恥をさらしたとあってはな……。俺はしばらく、隣の帝国へ遊説してこいとのお達しだ」
「では、殿下……? 即位はどうなさいますの?」
「第二王子のやつが継ぐだろうな。俺は分家筋である帝国の第二か第三皇女を妻にもらい、辺境の土地に引き込むことになるようだ」
「えっ!? そんなっ!! では、殿下、私は? このダイアナへの愛は嘘っ!?」
「いや、そんなことは言ってないだろう。お前を側室にするしかできない、と。そう言っているだけだ……理解しろ、未亡人だったお前をわざわざ愛人にしてやったのだ。文句はないだろう」

 わざわざ愛人にしてやった。
 その一言に、女伯爵の額に青筋が立つ。
 夫の死後、愛人の座におさまったのも、あの小娘――アイリスが正妻になるまでにこの欲ぼけた王子を自分の意のままにできると思ったからだ。
 正妃にならなくても、側室でもいい。
 贅沢ができるからと思って我慢してきたのに――まさか、辺境にいくことになるかもしれないなんて。
 ダイアナの中で、何かが音を立てて崩れ始めていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

婚約者に冤罪をかけられ島流しされたのでスローライフを楽しみます!

ユウ
恋愛
侯爵令嬢であるアーデルハイドは妹を苛めた罪により婚約者に捨てられ流罪にされた。 全ては仕組まれたことだったが、幼少期からお姫様のように愛された妹のことしか耳を貸さない母に、母に言いなりだった父に弁解することもなかった。 言われるがまま島流しの刑を受けるも、その先は隣国の南の島だった。 食料が豊作で誰の目を気にすることなく自由に過ごせる島はまさにパラダイス。 アーデルハイドは家族の事も国も忘れて悠々自適な生活を送る中、一人の少年に出会う。 その一方でアーデルハイドを追い出し本当のお姫様になったつもりでいたアイシャは、真面な淑女教育を受けてこなかったので、社交界で四面楚歌になってしまう。 幸せのはずが不幸のドン底に落ちたアイシャは姉の不幸を願いながら南国に向かうが…

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜

津ヶ谷
恋愛
 ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。 次期公爵との婚約も決まっていた。  しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。 次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。  そう、妹に婚約者を奪われたのである。  そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。 そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。  次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。  これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

不憫な妹が可哀想だからと婚約破棄されましたが、私のことは可哀想だと思われなかったのですか?

木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるイルリアは、婚約者から婚約破棄された。 彼は、イルリアの妹が婚約破棄されたことに対してひどく心を痛めており、そんな彼女を救いたいと言っているのだ。 混乱するイルリアだったが、婚約者は妹と仲良くしている。 そんな二人に押し切られて、イルリアは引き下がらざるを得なかった。 当然イルリアは、婚約者と妹に対して腹を立てていた。 そんな彼女に声をかけてきたのは、公爵令息であるマグナードだった。 彼の助力を得ながら、イルリアは婚約者と妹に対する抗議を始めるのだった。 ※誤字脱字などの報告、本当にありがとうございます。いつも助かっています。

婚約破棄された悪役令嬢が実は本物の聖女でした。

ゆうゆう
恋愛
貴様とは婚約破棄だ! 追放され馬車で国外れの修道院に送られるはずが…

処理中です...