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第一章
女伯爵の未来が消えた夜
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「ダイアナ……」
「殿下、もう大丈夫ですから。どうかお元気を出してください」
「だが、俺はもうだめかもしれん。あの時のことを思い出すともう――恐ろしくて心が凍るようだ」
「……ああ、可哀想な殿下……」
「お前だけだよ、ダイアナ。俺の心を癒してくれるのは」
「そうですわ、殿下。私だけが殿下のお側におります」
「そうか、ダイアナ。お前はいい女だな」
アイリスの青い炎の一撃を股間に受けた間抜けな殿下、アズライル。
彼は爆風で使い物にならなくなった離宮を捨て、自室に引きこもっていた。
明日の朝になれば、女伯爵の屋敷に逃げ込もう。
そうすれば、あの暴力女……絶対に許すことのできない反逆者の処刑を広場で見ることができる。
彼はそう心の中で考えてはニヤリとほくそ笑んでいた。
「でも、もう心配はないのでしょうか? アイリス様が何やら女神様の御神託があったからとおっしゃっていましたが……」
「ああ、あれか。気にすることはない。大神官と聖女には確認済だ。女神様はすでに天界に戻られたという。ここは人の世界。我が王国の法律で裁くだけのことだ。あの大罪人をな……ッ!!!」
「さすがですわ、殿下。そうなれば、最早、殿下が国王になられるのも時間の問題……」
嬉しそうに政治に疎い女伯爵は喜びの声を上げる。
しかし、アズライルは渋い顔でそれを否定するしかなかった。
「あー……それなんだが、なあ、ダイアナ?」
「なんでしょう、殿下?」
「父上。国王陛下はその、な……俺の継承権をはく奪されるお考えだ」
「……へ?」
「いや、俺もそれはないでしょう、と申し上げてみたのだが。さすがに国内外にお披露目をする前夜。結婚式当日の恥をさらしたとあってはな……。俺はしばらく、隣の帝国へ遊説してこいとのお達しだ」
「では、殿下……? 即位はどうなさいますの?」
「第二王子のやつが継ぐだろうな。俺は分家筋である帝国の第二か第三皇女を妻にもらい、辺境の土地に引き込むことになるようだ」
「えっ!? そんなっ!! では、殿下、私は? このダイアナへの愛は嘘っ!?」
「いや、そんなことは言ってないだろう。お前を側室にするしかできない、と。そう言っているだけだ……理解しろ、未亡人だったお前をわざわざ愛人にしてやったのだ。文句はないだろう」
わざわざ愛人にしてやった。
その一言に、女伯爵の額に青筋が立つ。
夫の死後、愛人の座におさまったのも、あの小娘――アイリスが正妻になるまでにこの欲ぼけた王子を自分の意のままにできると思ったからだ。
正妃にならなくても、側室でもいい。
贅沢ができるからと思って我慢してきたのに――まさか、辺境にいくことになるかもしれないなんて。
ダイアナの中で、何かが音を立てて崩れ始めていた。
「殿下、もう大丈夫ですから。どうかお元気を出してください」
「だが、俺はもうだめかもしれん。あの時のことを思い出すともう――恐ろしくて心が凍るようだ」
「……ああ、可哀想な殿下……」
「お前だけだよ、ダイアナ。俺の心を癒してくれるのは」
「そうですわ、殿下。私だけが殿下のお側におります」
「そうか、ダイアナ。お前はいい女だな」
アイリスの青い炎の一撃を股間に受けた間抜けな殿下、アズライル。
彼は爆風で使い物にならなくなった離宮を捨て、自室に引きこもっていた。
明日の朝になれば、女伯爵の屋敷に逃げ込もう。
そうすれば、あの暴力女……絶対に許すことのできない反逆者の処刑を広場で見ることができる。
彼はそう心の中で考えてはニヤリとほくそ笑んでいた。
「でも、もう心配はないのでしょうか? アイリス様が何やら女神様の御神託があったからとおっしゃっていましたが……」
「ああ、あれか。気にすることはない。大神官と聖女には確認済だ。女神様はすでに天界に戻られたという。ここは人の世界。我が王国の法律で裁くだけのことだ。あの大罪人をな……ッ!!!」
「さすがですわ、殿下。そうなれば、最早、殿下が国王になられるのも時間の問題……」
嬉しそうに政治に疎い女伯爵は喜びの声を上げる。
しかし、アズライルは渋い顔でそれを否定するしかなかった。
「あー……それなんだが、なあ、ダイアナ?」
「なんでしょう、殿下?」
「父上。国王陛下はその、な……俺の継承権をはく奪されるお考えだ」
「……へ?」
「いや、俺もそれはないでしょう、と申し上げてみたのだが。さすがに国内外にお披露目をする前夜。結婚式当日の恥をさらしたとあってはな……。俺はしばらく、隣の帝国へ遊説してこいとのお達しだ」
「では、殿下……? 即位はどうなさいますの?」
「第二王子のやつが継ぐだろうな。俺は分家筋である帝国の第二か第三皇女を妻にもらい、辺境の土地に引き込むことになるようだ」
「えっ!? そんなっ!! では、殿下、私は? このダイアナへの愛は嘘っ!?」
「いや、そんなことは言ってないだろう。お前を側室にするしかできない、と。そう言っているだけだ……理解しろ、未亡人だったお前をわざわざ愛人にしてやったのだ。文句はないだろう」
わざわざ愛人にしてやった。
その一言に、女伯爵の額に青筋が立つ。
夫の死後、愛人の座におさまったのも、あの小娘――アイリスが正妻になるまでにこの欲ぼけた王子を自分の意のままにできると思ったからだ。
正妃にならなくても、側室でもいい。
贅沢ができるからと思って我慢してきたのに――まさか、辺境にいくことになるかもしれないなんて。
ダイアナの中で、何かが音を立てて崩れ始めていた。
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