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プロローグ
アイリスの我慢
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「淑女でいてね、アイリス。殿下に相応しい女性になりなさい」
それは亡き母親の遺言だった。
ドナード侯爵第一令嬢アイリス。
王族以外の貴族の最高位である侯爵家。
辺境の重要な拠点を任されたり、大臣などの要職を出してきた実家は名家と知られていた。
十数年前に外務大臣に昇りつめた父親の野望。
それが一族から王族を出すこと。
まだ五歳だった侯爵の愛娘のアイリスと当時、十六歳だった王太子アズライルの婚約は大々的に公表された。
二人の愛はゆっくりと育まれ、幼い少女が王立学院を卒業するその数日後――
国内外から貴賓客などを揃えて大掛かりな結婚式が行われるはず、だったのだけど‥‥‥
その前夜、アイリスの怒りは頂点に達しようとしていた。
「もうーっ、まだ来ないの!? あの浮気男はっ!!??」
もう何度目だろう。
こんな馬鹿みたいに大声でのパフォーマンス。
届いて欲しいのに、周りの人々は誰も真実を伝えてくれないのか。
それとも彼は忘れたふりをしているのか。
「アイリス様っ! なりません、そのような大声で叫ばれては品位を疑われます!」
おつきの侍女であり、親友である子爵令嬢のケイトがそっと耳打ちする。
これも何度も聞き飽きたセリフだ。
アイリスはついつい、ケイトに嫌味を言ってしまった。
「品位? 我が父上様の爵位がはく奪されるかもしれない、の間違いじゃないの、ケイト?」
「アイリスー‥‥‥ほんっとうに勘弁して! お願いだから、よく回るその舌を引っ込めて頂戴! 単なる王子ならともかく、相手は殿下なのよ!? 次期国王陛下になられる御方なの! 侮辱罪で死刑になるわよ!?」
ケイトはたしなめるように言うが、アイリスの怒りは収まりそうにない。
だって、今夜は特別な夜だからだ。
「‥‥‥知っているわよ。理解しているから悔しいじゃないの。あんな年増とこんな大事な夜まで過ごしているなんて!!!」
「はあ‥‥‥もう慣れなさいよ。ディーゼル女伯爵ダイアナ様と殿下の仲はもう数年前からじゃない。側妃と呼んでもいい仲なのよ? 今更、浮気どうこうと叫ぶ必要があるの?」
「いいえ、無いわよケイト。でもそれが普通の時ならね。明日は結婚式なのよ!? 私たちの!!」
「きっともう少しでお出ましになるわよ。でも、他の女の匂いがついているのは――いい気分じゃないわね」
「あと一時間で今日になるけどねっ!?」
真紅の豊かな髪を不機嫌そうに後ろにやると、アイリスは上半身はありそうな高価な枕をサンドバッグ代わりにぶん殴っていた。
それでも怒りが収まらない。
今夜は――今夜だけは特別なのだ。
彼に自分に対する愛が無いとしても、この儀式だけは成功させないといけない。
それはアイリスの実家どうこうではなく、王国のためだからだ。
しかし――アズライル王太子はまだ姿を現さない。
それは亡き母親の遺言だった。
ドナード侯爵第一令嬢アイリス。
王族以外の貴族の最高位である侯爵家。
辺境の重要な拠点を任されたり、大臣などの要職を出してきた実家は名家と知られていた。
十数年前に外務大臣に昇りつめた父親の野望。
それが一族から王族を出すこと。
まだ五歳だった侯爵の愛娘のアイリスと当時、十六歳だった王太子アズライルの婚約は大々的に公表された。
二人の愛はゆっくりと育まれ、幼い少女が王立学院を卒業するその数日後――
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その前夜、アイリスの怒りは頂点に達しようとしていた。
「もうーっ、まだ来ないの!? あの浮気男はっ!!??」
もう何度目だろう。
こんな馬鹿みたいに大声でのパフォーマンス。
届いて欲しいのに、周りの人々は誰も真実を伝えてくれないのか。
それとも彼は忘れたふりをしているのか。
「アイリス様っ! なりません、そのような大声で叫ばれては品位を疑われます!」
おつきの侍女であり、親友である子爵令嬢のケイトがそっと耳打ちする。
これも何度も聞き飽きたセリフだ。
アイリスはついつい、ケイトに嫌味を言ってしまった。
「品位? 我が父上様の爵位がはく奪されるかもしれない、の間違いじゃないの、ケイト?」
「アイリスー‥‥‥ほんっとうに勘弁して! お願いだから、よく回るその舌を引っ込めて頂戴! 単なる王子ならともかく、相手は殿下なのよ!? 次期国王陛下になられる御方なの! 侮辱罪で死刑になるわよ!?」
ケイトはたしなめるように言うが、アイリスの怒りは収まりそうにない。
だって、今夜は特別な夜だからだ。
「‥‥‥知っているわよ。理解しているから悔しいじゃないの。あんな年増とこんな大事な夜まで過ごしているなんて!!!」
「はあ‥‥‥もう慣れなさいよ。ディーゼル女伯爵ダイアナ様と殿下の仲はもう数年前からじゃない。側妃と呼んでもいい仲なのよ? 今更、浮気どうこうと叫ぶ必要があるの?」
「いいえ、無いわよケイト。でもそれが普通の時ならね。明日は結婚式なのよ!? 私たちの!!」
「きっともう少しでお出ましになるわよ。でも、他の女の匂いがついているのは――いい気分じゃないわね」
「あと一時間で今日になるけどねっ!?」
真紅の豊かな髪を不機嫌そうに後ろにやると、アイリスは上半身はありそうな高価な枕をサンドバッグ代わりにぶん殴っていた。
それでも怒りが収まらない。
今夜は――今夜だけは特別なのだ。
彼に自分に対する愛が無いとしても、この儀式だけは成功させないといけない。
それはアイリスの実家どうこうではなく、王国のためだからだ。
しかし――アズライル王太子はまだ姿を現さない。
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