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第四章 二人の皇女編
猫耳族の皇女
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人が何かに期待して行動したとき、なぜか不思議と良い結果に恵まれることはあまり多くない。
どちらかといえば思った通りの結果にならなかったり、何か道を間違えてしまって最初に考えていた結末とは違うものを迎えることは、よくあることだ。
「――っせーのッ!」
姉の許可を受けて、それまでずっと溜まりに溜まっていた鬱憤を全てを晴らすかのようにアイラは、全身全霊をもってサラの部屋と自室を繋ぐ扉に、鞘ごと剣を叩きつけた。
一度、二度。
……反応なし。
三度、四度―ーえーい、もう一っ回いってしまえ!
もし主人が扉を不意に開いたら?
そんな疑問はアイラの脳裏には浮かばなかったらしい。
サラは寝起きが悪い方ではない。
しかし、これだけうるさく扉を叩かれたら、そろそろ彼女だって気づいてもいいはず。
妹の暴虐ぶりが見て、エイルはいつ声をかけようかと迷っていた。
ありえないとは思うが、サラが暴漢かなにかに襲われているのだとしたら、アイラの行動は抑止力にもなるわけだ。
そう考えるとも、安易な制止は意味を成さないかもしれない。
とも思えてしまう。
「ねえ、アイル!」
「なあに? いまいいとこなんだけど!」
「……いいところって、あなたねえ……、もし扉が開いた時の事ぐらい考えてやりなさいよ」
「え? 扉?」
開くのかなこれ?
妹はそんな目で姉の方を見た。
開かなきゃ困るでしょう。
レベッカの連絡を受けて文官化誰かが駆け付けたあとに、開いてみたら主人の死体があったなんて――そんな現実は想像だにしたくもなかった。
「そうよ。思いっきり叩きつけるのはいいけど、サラが向こうから出てきたらどうするつもり?」
「出てくるのかな、叩き壊すつもりでやってるんだけど……」
「自重するって言葉くらい、頭の片隅に置いておいてよね」
だめだ。
この筋肉で脳みそができている妹に、気配りをしろと言うほうが無理なのかもしれない。
姉は嘆息する。
しかし、妹は妹でそれなりに考えてはいるようだった。
「自重してるけど、一応。ドアのど真ん中じゃないし、もし扉が開いたら、寸止めできるぐらいのつくばで押してるつもりだよ」
「それならいいんだけど。嫌よ、サラが顔つきをした瞬間にあなたの剣が頭蓋骨を叩き割っていたとか――そんなことにならないようにしてね」
「はいはーい……」
調子良く返事する妹に姉の不安は増すばかりだ。
とはいえ妹としてもやることはちゃんとやっていて、剣を振りかぶる前に一声xくらいのことは当たり前だった。
「サラ――っ! 今から扉を叩き壊すから出てこないでね。でも返事はしてちょうだいッ!!」
危険だから出るな。
しかし安全かどうかの無事を確認するために返事をしてほしい。
この重要な二文をどうすればそんなに簡略化できるのか。エイルは軽くめまいを覚えながらレベッカの返事を待っていた。
ついでに、冷静な姉はちゃんとご主人様とつけなさい! とアイルに向かって叫ぶのを忘れなかった。
一方――。
サラやアリズンが搭乗するこの飛行船にだって、オットー以外の高官もいれば、最初に揉めたロプスの所属する金竜騎士団の他の面々も存在する。
急ぎの要件とレベッカから上に上げられた伝達だったが、しかしそれはある場所で意図的に遮られてしまい、オットーやアリズンの耳に入る前に止められていた。
昨夜、彼らが会話を交わしたあの特別な場所。
そこを行き来できる存在は、何も皇女や書記官だけではなかったのだ。
アリズンが口にしたティナという従姉。
従妹とは違い、金色の猫耳族そのままの容姿を誇る彼女は……あれをしたいこれをしたいと望んでも、相手は皇族だからそれはなりませんとオットーのように諌めてくれる人材に恵まれなかった。
そんな彼女が帝国本土に戻るはずの便を、アリズンの御座する飛行船にそっと行き先を変えたのは、空港でのアイラの暴れっぷりを見たすぐあとのことだった。
深夜の時間帯。
アリズンも寝入ってしまい、魔法回廊は自分の思うがまま。
わがままな姉皇女が企んだことはただ一つ。
「あの様に強い女剣士を家臣に持つ、レンドール公女とやら。是非一度お話をしてみたい」
そんな思いつきにも近いわがままだった。
妹にうるさく言われないようにオットーたちの動きを監視させ、全ての公務が終わり昼と夜の艦船の人員が交代を終えた頃。
いたずら好きな金色の猫耳をピクピクを左右に揺らし、ティナ・イズバイア・エルムド……。
アリズンとは従姉妹になり、エルムド帝国本家に連なる名を持つ猫耳族の皇女は、数人の供をしたがえてサラの眠る部屋へと突然の訪問を行なっていた。
度重なる疲れからようやく解放されたと思い健やかな寝息を立てていたサラは、まるでいたずらな子猫が高い場所からベッドの上で眠っている主人の上に飛び込んでくるかのように現れた彼女たち。
ティナとその従者たちの闖入にたたき起こされてしまい、大変不機嫌まことこの上なかった。
どちらかといえば思った通りの結果にならなかったり、何か道を間違えてしまって最初に考えていた結末とは違うものを迎えることは、よくあることだ。
「――っせーのッ!」
姉の許可を受けて、それまでずっと溜まりに溜まっていた鬱憤を全てを晴らすかのようにアイラは、全身全霊をもってサラの部屋と自室を繋ぐ扉に、鞘ごと剣を叩きつけた。
一度、二度。
……反応なし。
三度、四度―ーえーい、もう一っ回いってしまえ!
もし主人が扉を不意に開いたら?
そんな疑問はアイラの脳裏には浮かばなかったらしい。
サラは寝起きが悪い方ではない。
しかし、これだけうるさく扉を叩かれたら、そろそろ彼女だって気づいてもいいはず。
妹の暴虐ぶりが見て、エイルはいつ声をかけようかと迷っていた。
ありえないとは思うが、サラが暴漢かなにかに襲われているのだとしたら、アイラの行動は抑止力にもなるわけだ。
そう考えるとも、安易な制止は意味を成さないかもしれない。
とも思えてしまう。
「ねえ、アイル!」
「なあに? いまいいとこなんだけど!」
「……いいところって、あなたねえ……、もし扉が開いた時の事ぐらい考えてやりなさいよ」
「え? 扉?」
開くのかなこれ?
妹はそんな目で姉の方を見た。
開かなきゃ困るでしょう。
レベッカの連絡を受けて文官化誰かが駆け付けたあとに、開いてみたら主人の死体があったなんて――そんな現実は想像だにしたくもなかった。
「そうよ。思いっきり叩きつけるのはいいけど、サラが向こうから出てきたらどうするつもり?」
「出てくるのかな、叩き壊すつもりでやってるんだけど……」
「自重するって言葉くらい、頭の片隅に置いておいてよね」
だめだ。
この筋肉で脳みそができている妹に、気配りをしろと言うほうが無理なのかもしれない。
姉は嘆息する。
しかし、妹は妹でそれなりに考えてはいるようだった。
「自重してるけど、一応。ドアのど真ん中じゃないし、もし扉が開いたら、寸止めできるぐらいのつくばで押してるつもりだよ」
「それならいいんだけど。嫌よ、サラが顔つきをした瞬間にあなたの剣が頭蓋骨を叩き割っていたとか――そんなことにならないようにしてね」
「はいはーい……」
調子良く返事する妹に姉の不安は増すばかりだ。
とはいえ妹としてもやることはちゃんとやっていて、剣を振りかぶる前に一声xくらいのことは当たり前だった。
「サラ――っ! 今から扉を叩き壊すから出てこないでね。でも返事はしてちょうだいッ!!」
危険だから出るな。
しかし安全かどうかの無事を確認するために返事をしてほしい。
この重要な二文をどうすればそんなに簡略化できるのか。エイルは軽くめまいを覚えながらレベッカの返事を待っていた。
ついでに、冷静な姉はちゃんとご主人様とつけなさい! とアイルに向かって叫ぶのを忘れなかった。
一方――。
サラやアリズンが搭乗するこの飛行船にだって、オットー以外の高官もいれば、最初に揉めたロプスの所属する金竜騎士団の他の面々も存在する。
急ぎの要件とレベッカから上に上げられた伝達だったが、しかしそれはある場所で意図的に遮られてしまい、オットーやアリズンの耳に入る前に止められていた。
昨夜、彼らが会話を交わしたあの特別な場所。
そこを行き来できる存在は、何も皇女や書記官だけではなかったのだ。
アリズンが口にしたティナという従姉。
従妹とは違い、金色の猫耳族そのままの容姿を誇る彼女は……あれをしたいこれをしたいと望んでも、相手は皇族だからそれはなりませんとオットーのように諌めてくれる人材に恵まれなかった。
そんな彼女が帝国本土に戻るはずの便を、アリズンの御座する飛行船にそっと行き先を変えたのは、空港でのアイラの暴れっぷりを見たすぐあとのことだった。
深夜の時間帯。
アリズンも寝入ってしまい、魔法回廊は自分の思うがまま。
わがままな姉皇女が企んだことはただ一つ。
「あの様に強い女剣士を家臣に持つ、レンドール公女とやら。是非一度お話をしてみたい」
そんな思いつきにも近いわがままだった。
妹にうるさく言われないようにオットーたちの動きを監視させ、全ての公務が終わり昼と夜の艦船の人員が交代を終えた頃。
いたずら好きな金色の猫耳をピクピクを左右に揺らし、ティナ・イズバイア・エルムド……。
アリズンとは従姉妹になり、エルムド帝国本家に連なる名を持つ猫耳族の皇女は、数人の供をしたがえてサラの眠る部屋へと突然の訪問を行なっていた。
度重なる疲れからようやく解放されたと思い健やかな寝息を立てていたサラは、まるでいたずらな子猫が高い場所からベッドの上で眠っている主人の上に飛び込んでくるかのように現れた彼女たち。
ティナとその従者たちの闖入にたたき起こされてしまい、大変不機嫌まことこの上なかった。
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