殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

文字の大きさ
上 下
88 / 105
第三章 帝国編(空路編)

不機嫌な獣耳

しおりを挟む

 そして、冷たい風か吹き抜けたその場所に最初に陽の光を持ってきたのは、サラだった。

「はい、アリズン様。是非、そうさせて頂ければと思います。私たちは彼を支えていくことが使命ですから……我が王国で責務を果たしたアルナルド様に会える時も近いかと」
「王国……?」

 なぜかエルムド帝国の皇女は、首を傾げていた。
耳慣れない言葉を聞いたときのように、不思議そうな顔をしてサラを見つめ、どこの王国? と疑問符を顔に浮かべる。

「我が古郷にして、アルナルド殿下が幼少時より最近まで過ごされた、ラフトクラン王国ですが」

 知らないのですか、とサラは目線が上になるアリズンを見上げて聞いていた。
 獣人の少女は頭の上の獣耳をパタパタと動かすと、斜め上を見つめてからさあ? ときょとんとした仕草をする。
 てっきりアルナルドが婚約者に内情を打ち明けているはず、とばかり思っていたサラは、ふとある疑問を感じた。
 もしかして……この皇女殿下。
 アルナルドとは深い信頼や絆といった類のものを互いに作り上げていないのではないのか。
 そんな疑問だった。

「そう、ラフトクランですか……」
「我が国の皇帝陛下の御意思でしたら、もうしばらくお待ちいただくことが必要かと」
「そう」

 まだ会えないのね。
 獣人の皇女は寂しそうにそう呟くと、アルナルドの為、と口にしたサラへの怒りを鎮めるような素振りを見せた。
 固く閉じていた口元と目元を緩めると、もう一人の婚約者に頬を軽く持ち上げて微笑んで見せる。

 ほぐれた笑顔の向こうには早くアルナルドに会いたい。そんな彼女の想いが垣間見えて、サラは心にもやっとしたものを感じていた。
 それはロイズやアルナルド達、男性に良いように使われた自分の人生が安っぽく見えてしまったからで――純粋に男性を慕っているアリズンへの嫉妬とも言えた。

「彼はそのうち……我がクロノアイズ帝国の皇帝陛下の命が下ればやって来るかと思います」
「そう――です、ね。待つことも妻の仕事。待ちましょうか……」

 大勢の部下が見上げているその前で、アリズンは恥じらいもなく恋する乙女の顔をさらけだし、ため息を一つつく。
 皇女にしては無作法だが、ここに彼女を責める者はいないようで。
 それが逆にアリズンの自由を奪っているような気もしないではなくて。
 サラはどうにも微妙な気分を味わうことになってしまった。

 そして、アルナルドを名目上だけでも支えると口にしてしまったからには、これから先の数か月。
 もしくは、数年を彼がやって来るまで、アリズンとうまくやっていく必要があった。
 その為にまずやらなければならないことは――休息だ。

「オットー様。ここまで私たちは旅の装いのまま。これでは必要な意見を殿下と交わす余裕もありません」
「は、あ――っ、左様でございます、な」

 文官は――いや、この場においてはそれなりの地位を持つだろう権力者の一人であるオットーは、サラの言葉に一瞬だけだったが顔色を変えた。
 そしてすぐにその気まずさを消すとアリズンを横目でちらりと見やる。
 どうやら彼とあのロプスとの間には、皇女には言えない秘密を抱えているらしい。
 サラは、ここは彼の肩を持ってもみてもいいだろうと思い直し、ふふっ、とオットーに微笑んでやった。

「はい、先にアリズン様にご挨拶だけをしたいと言った私の願いをかなえて頂きましたから。我がままついでに申しますが、どうですか」
「……それはもちろん、サラ様が我が主人との謁見を先に求められたことは、両国の良好な関係を確認しあう意味でも大きな意義がありますから、私としてもとてもありがたい申し出を頂きまして、ええ」

 あいまいさを残したまま、彼はうなずくと主人であるアリズンに視線で許可を求めた。
 白い獣耳が片方だけ動いたのが、同意の合図なのだろう。
 皇女の仕草をそれとなく観察していたサラはそのことに気づいて、ふうん、と心で呟いた。
 人のようで人でない種族の行動は、些細なことでも同意や拒絶を示すことができるのだと理解する。

 便利な様で不便なのか、それとも知れば故郷で飼っていた猫たちのように、そのきまぐれな心中を察することが出来るものなのか。
 長く滞在することになりそうなら、その間の暇つぶしと実益を兼ねて研究してみる価値はありそうだとサラは思った。

「オットー。サラ様に不調法な真似はしていませんよね?」
「もっ、もちろんでございます。我が主……」
「金竜たちが騒がしいようにも思うけれど――サラ様の従者がその二名だけということもないでしょう。それなりのおもてなしを」
「はっ」

 腹心の部下の歯切れの悪さになにかを感じたのだろう、アリズンが本当に問題はないのか。
 そう詰問するような口調で皇女が言うと、文官は否定する。
 彼が金竜とはロプスのことだろう、それを聞いてごくり、と喉を鳴らすのをサラは目の当たりにする。
 ここで助け船を出すべきなのか。
 それとも、彼らのことは彼らのことで口出しをするべきではないような気もしてしまい、部外者は口を閉じることにした。
しおりを挟む
感想 99

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?

ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。 レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。 アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。 ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。 そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。 上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。 「売女め、婚約は破棄させてもらう!」

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

処理中です...