殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

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第三章 帝国編(空路編)

解放

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「ねえ、どういった存在なの!?」
「さあ……獣人、でしょうか」

 ひそひそと後ろに立つエイルと会話しながら、サラはロプスから目を離さないでいた。
 アイラの暴行事件はたしかに問題だし、それを捜査するとなればなったで時間がかかることは否めない。
 そうなるなら、自分の嫌いな権威とやらにお出ましいただいてことを収めようとしたのだが。
 どうも、ロプスはやってくる猫耳の女性たちに関心があるようだった。

「あの方々がどうかしましたか、ロプス様? 何か問題でも?」
「……いや、何でもありません。確かにそうですな、殿下のおっしゃられる通り。帯剣についてはこの場に至る前に、御忠告をさせていただくのが定法。それはこちらの落ち度です」
「あら、理解していただけるなんて」
「しかし、刃傷沙汰にならなかったからいいものの、暴行は暴行でして……」

 ぐるり、と周囲を固める百人規模の兵隊たち。
 中には興味本位で来た者もいるだろし、ロプスの部下であったり、サラが異国の帝室関係者と聞いてやってきた者もいそうだが……ここまで誰も出てこないところを見ると外務省関係者はいないのだろう。
 その他はたぶん、アイラに負けた兵士の同僚かその親しい者たち。
 ここは敵地で、サラたちが容易に突破するのはなかなかに難しいようだった。

「まあ、それはそうですがこちらとしては正当防衛を訴えますわ」

 魔法もかけてくれていないし。
 特段、特別扱いはしてくれないのだろう。
 こちらとしては、アイラの身体に何かしらの怪我が無い事を祈るのみである。

「あれらも職務の終わり、酒も入った中で陽気になった末の行動だ。少しは……」
「あら。ロプス様はあちらの方々から詳しい内容もお聞きにならないのによくお分かりですね」
「その程度は報告を受ければ分かるだろう。それよりも、こちらの殿下の御名を出されては引くものも引けないと理解できないのか」
「そちらの?」

 どうやらアリズンの名をサラが口にしたことが今度は気に食わないらしい。
 何かにつけて、ロプスはサラたちを逃がしたくないようだ。これは何かおかしくない、とサラとエイルは顔を見合わせる。
 ただの富裕層や貴族に対しての嫌がらせにしては度を越えているし、外国の非公式とはいえ皇帝からの新書を持っているのだから準公式程度には扱われてしかるべきのはずなのに。
 まるで犯罪者を扱うようなこのやり方はどうにも変だ。
 そんな時、エイルがもしかして、とロプスに声をかけた。

「……アリズン様はそんなに人気のある皇族なのですか」
「そりゃあ、もちろん。我が藩王国の美しき姫君だ。当たり前だろう」

 と、ロプスが答えるまでもなく、周囲の衛兵の一人がそう自信満々に返してくる。
 ありゃ、と合点がいったサラとエイルは平行線が続くかもしれない、そう覚悟を始める。
 つまり、彼らはアリズンというお姫様を溺愛しすぎなのだ。
 さらにエルムド帝国という世界でも指折りの大国の皇族が、たかだか島国に過ぎない小さな帝国の皇子を夫に迎えるというのだから、ことさらに面白くないに違いない。
 アイラに声をかけて来た経緯はよくわからないが、もし、これが偶然の産物だとしても、ちょっとばかりやり過ぎでしょう? 見えなくもない。
 この騒ぎを聞きつけてロプスの上司やここの管理官なんて存在が来てくれればいうことはないのだが。

「さすがにそんな上の人間が顔を見せる落ち度はしないわよね」
「多分、来ないかと思います。現場での判断で終わらせるでしょうね」

 組織の長とは有事の際ほど、前線から身を退いて大局を指示するものだ。
 歌劇や伝説のように颯爽とこの場を変えてしまうような権力者が登場し、お待たせしました。とか、申し訳ございません、なんて言葉がかけられるほど現実は甘くない。
 このまま捕縛され、事情を聞かれた上でクロノアイズ帝国の外務省の役人がやってきて、エルムド帝国は母国になにかしらの謝罪請求をするだろう。
 そして、殿下同士の関係は破談になる。
 それはそれでこちらとしては断ってくれるのだから、それでもいいのだけれど。
 と、サラはそう思いつつとりあえず出来る限りのあがきはしてみることにした。
 行くか、戻るか。
 である。

「それでは、ロプス様」
「何でしょうか……サラ殿下」
「ええ、もう結構ですので。あれは預けますから。罰金なり過料なり、お好きにしてくださいな。ただし、そちら様も同じだけの刑を等しく均等に与えるように、クロノアイズ帝国の代理人として要求いたします。これが成される場合――宜しいですね?」

 ロプスの喉がごくり、と鳴りサラをどことなくそれまでの誰かではない厄介な存在を見る目でにらみつける。
 ここで引くわけにはいかないが、しかし、国家を代弁して要求すると言われたのでは自分で背負えるはずもない、返事ができるはずもない。
 結局のところ、ロプスのできることは彼らが予定している便に乗り遅れて恥をかくように仕向けることくらいで、はなからさっきのように出られたら、出来ることはなにもないのだ。

「それならば――船の上で、別の者……空軍の捜査官がお尋ねになると思われますが。宜しいですか?」
「ええ、もちろん結構です」

 便に乗り遅れたら、このロプスのことを散々、悪しざまにアリズン様に訴えてやるわ。
 サラの笑顔の下にある思いが届いたのか、背筋にひやりとしたものを感じながら、ロプスは三人をいっとき、解放したのだった。

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