上 下
65 / 105
第二章 帝国編(海上編)

継承のテーブル

しおりを挟む
 ふふっ、と悪戯を思いついた子供のような笑みを自分に向けられた船長は、なぜか嫌な予感を覚えてしまう。なんとなく生粋の皇族ではないのですよ、と自分が雑草のような下級貴族出身であることを強調したくなり、サラは目を細めてずいっと背を椅子の背もたれから離し、身を乗り出した。

「なんでしょうか、殿下」
「いえ、別に。ただ、私とアルナルド。どちらが現時点では有用でしょうか?」
「そのような発言は困りますな。お答えしかねる」
「では――そう、ですね。船長も軍人なら出世だって願うことはおありでしょう?」

 むっ? と彼は普段は隠しているはずの何かを透かされたかのような気になった。皇帝陛下の為、この船団の為と思い任務に奉仕しているが、野心がないわけではないからだ。
 ただ、そのためにしたことが帝国にとって不利になるようなことであれば……どんな理由をつけてでも跳ねのけるつもりだった。

「返事は致しかねますよ、殿下。遊ばないで頂きたい」

 あら、とサラは心外だとでも言いたいかのように足を組むとこれまでしたことのない、挑発的な態度を男性に初めて向けていた。
 肩肘を組んだ膝上に置くと、その上に顎を乗せて身を屈めて見せる。
 ふとすれば胸元が露わになりかねないその光景に、船団の長は目を反らすことで対応する。

「王国の最下層だった子爵家の女としては、殿下と言われても違和感を覚えるしかないのです」
「かもしれませんな。王国を出られてまだ数週間ですから」
「そう。アルナルドにさらわれて、一月未満です」
「殿下、それは物議をかもします。問題発言になりかねない」
「でも、嘘ではありませんよね? 結婚して欲しいと言われ、婚約者を捨て王国まで捨てた女を迎えたら、いきなりの正室には出来ない。側室になれ、そして……」
「アリズン様のことは、船に乗られた後にお知りになった、と?」
「そうですね。ですから、裏切りに近いものをアルナルド殿下には感じております。今朝まで利用されたことに気づかなかった私も愚かですが」
「そこは殿下同士の会話の問題かと。部下である自分には口だし出来ない部分ですな」
「それに子供まで」
「……」

 船長はうっ、となってしまう。
 アルナルドがハルベリー姉妹を養子にすると発言した場に、自分も同席していたからだ。

「おまけに、孫まで」
「いや、それはっ」
「出来ましたわ。間違いなく。どこか霧の向こうからいきなり現れた幽霊船みたいに。ああ、空飛ぶ幽霊船でしたわね」

 あの問題があった夜にどうせ、アルナルドの思い付きで養女にしたのだろうとサラはにらんでいた。
 その場に、管理者たる彼が、船長がいないはずがないのだ。
 でなければ、ハルベリー姉妹がアルナルドの特別な存在になったなんて、語りだすはずがない。
 こんな短い時間に経緯を知る者は限られている。

 止めてくれなかったのは船長にも責任があるのでは? とサラは目と態度と悲し気な雰囲気で船長を追い詰める。
 じわじわと尋問するかのような発言で彼から逃げ場を奪おうとするサラを見て、侍女姉妹は目を丸くしてその光景を眺めていた。
 多分、こんなサラを見たことは初めてだと、姉と妹は目配せをして主人と同じような威圧をと悲しみを秘めたため息をそっと漏らしてみる。
 エイルよりもこういった策略が大好きなアイラは、目尻に涙を浮かべて「可哀想なお嬢様……」と声を上げていた。
 三者から非難の視線を浴び、室内に漂い始めた悲壮感溢れる侍女たちの泣き声も混じり、はあ……と頑固な顔を崩さなかった船長が助けを求めるかのようにサラに視線を戻したのはそれから間もなくだった。

「……殿下、何をお望みですか」
「いえ、別に。船長も男性のお一人ですから、アルナルドのように私を利用されるのかな、と。いえ、良いのですけどね。それがお望みならばそうなされば宜しいかと」
「サラ様!」

 もういいでしょう? そんな誰何の声が飛ぶ。
 だまし合いもそろそろかしらと思い、サラはそれならば、と本題を突き付けてみた。

「誰が帝国に行けばこれから先の未来について、有用だと思われますか、船長? これは現実に各国のことを詳しく知る貴方だから聞いています」
「それを言わせますか、困った御方だ。自分は最初に申し上げた通り、アルナルド殿下には王国が相応しいかと思いますが」
「それは何故?」

 サラは居住まいを正すと、きちんとした姿勢で彼を見つめ返した。
 船団の主は言いづらいという顔をするが、それでも軍人として出過ぎないように言葉を選んで返事を返す。

「アルナルド様はまだ、陛下が提示されたテーブルに就くことが出来ておりません」
「王国の……懐柔ね」
「左様ですな。ですから、その意味ではサラ様はもうそのテーブルに座っておられるのです」
「……は?」

 それは意外な返事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

結婚式の日取りに変更はありません。

ひづき
恋愛
私の婚約者、ダニエル様。 私の専属侍女、リース。 2人が深い口付けをかわす姿を目撃した。 色々思うことはあるが、結婚式の日取りに変更はない。 2023/03/13 番外編追加

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

(本編完結・番外編更新中)あの時、私は死にました。だからもう私のことは忘れてください。

水無月あん
恋愛
本編完結済み。 6/5 他の登場人物視点での番外編を始めました。よろしくお願いします。 王太子の婚約者である、公爵令嬢のクリスティーヌ・アンガス。両親は私には厳しく、妹を溺愛している。王宮では厳しい王太子妃教育。そんな暮らしに耐えられたのは、愛する婚約者、ムルダー王太子様のため。なのに、異世界の聖女が来たら婚約解消だなんて…。 私のお話の中では、少しシリアスモードです。いつもながら、ゆるゆるっとした設定なので、お気軽に楽しんでいただければ幸いです。本編は3話で完結。よろしくお願いいたします。 ※お気に入り登録、エール、感想もありがとうございます! 大変励みになります!

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

処理中です...