上 下
61 / 105
第二章 帝国編(海上編)

ハルベリー再び

しおりを挟む
 そうでもない。でも、そうでもある。
 ああ、つまり自分と同じなんだ。レイニーと私のように、家と家の約束……。

「殿下は殿下同士なら、男性と女性、女性と男性でも……問題ない、とそういうことですか」
「ま、そういうことになりますな。ですから、アルナルド様でなくても問題はないわけです」

 アルナルドは第六位の帝位継承権を持つ皇族。
 その前には五人、後ろにはサラの十四位までずらりと跡が控えている。
 成果を上げたものこそが、真なるクロノアイズ帝国での栄華を保証される。
 なんともひどい制度だわとサラは嘆息した。

「アルナルドは……使い捨ての駒ですか?」
「そう見えますかな」
「ええ、たぶんにそう見えてしまいます。まだ王国の方が、彼には生きやすそうだわ」
「そうですな。自分もそう思います」
「は?」

 サラは船長の意見に目を白黒させて返事の意味を考える。
 それはアルナルドの最初の王国に戻り、自分がロイズの義母として王族を廃絶し、王国から帝国領にしろという、あの依頼に従えということだろうか。
 海軍の責任者の一人で幹部でもあるこの船長のことだ。
 そんなことをすれば、いずれラフトクラン王国はエルムド帝国に接収されることになる。
 サラでも理解できることを彼は望むのだろうか?
 母国の危機になるかもしれないのに、とサラは不安を心に抱いた。

「御心配なく。王国が存続するほうが有用、と自分たち軍部は考えていますよ」
「……皇族と軍部との意見の対立がある、と?」
「いいえ、我らは陛下の下、一枚岩ですよ。ただ、皇族の若君たちに試練を課すのも陛下の、そう。ある意味悪癖でして、はい」
「悪癖……子供たちを試して遊んでおられるのですか、陛下は?」

 それは為政者であっても親としての愛情はあるのだろうか。
 聞いただけでは帝家の家族仲はそうとう不仲のように聞こえる。
 もしアルナルドの妻になったとしても幸せを得られるとは思えないサラだった。

「はっはは……サラ様。貴方様の曾祖母であるミッシェル様も相当お転婆と言いますか。ご自由な生き方をされたと聞いておりますよ?」
「それは――曾祖母は……確かに身勝手かもしれません。でも、王家に当時の婚約者に迫害を受けたとも……」

 そうですな、と船長はうなずくと返事をした。

「しかし、その状態でも受け入れたのは当時の皇太子殿下でした。まるでいまの貴方様とアルナルド様によく似ていますな」
「それとこれとは……違いませんか?」

 言葉を返すというか事情が違うというかその時の皇太子はもっと情に厚い人物だったのではないのだろうか。
 自分の会ったことのない曾祖父を思い、サラは虚しさを覚える。
 同じひ孫というか近い立場で血を引くアルナルドのあの態度は――女を利用して出世を考える為政者と何も変わらない、そう思えたからだ。
 間違いない、と船長がうなずいたのがそんなサラの心の闇を、ちょっとだけ楽にしてくれた。

「しかし、それはサラ様にも十分な資格がある、そうは思われませんか?」
「資格? この私にですか。私は王国を裏切り、帝国にも損害をもたらそうとした女ですよ!?」
「おや、まだ罪人だと殿下は言い続けていましたか。仕方のない御方だ」

 はあ、と船団の管理者は重くため息をついた。
 どうしてそんな発言をするんだろう。サラはまったく理解が及ばなかった。

「分かりました。あれにはしばし、お仕置きでもしておきますよ」
「あれ、とは?」
「お気になさらず。いいですか、サラ様。皇帝陛下はサラ様の機転に感謝しておいでです。それはお忘れなく」
「……陛下が、なぜ?」
「現ラフトクラン王国国王が帝室の血筋を勝手に加えようと画策したことを、破談にしたからですよ。ま、そうでなくとも血は混じっていたようですが、帝室は王家に対してそれなりに遺恨がありますからな」
「遺恨ってなんで……」

 そこまで言い、サラはそういえばと気付く。曾祖母の代から数えれば現皇帝は彼女の孫に当たる。
 つまり、その父親か母親はもしかして――。

「いえいえ、王国の血は陛下には混じっておりません。ですが、陛下の祖父母や、その兄弟姉妹の生死が暴力によって扱われたことを好ましく思う方でもありません。その意味では、陛下はサラ様に感謝しておいでですよ。二度目の紛争を回避できたわけですから」
「はあ……なんとも釈然としないものですね。アルナルドからはずっと罪人だと言われたわけですし」

 ふう、と二度目の重いため息が船長から漏れる。
 女性を道具扱いすれば最後は女性たちから疎まれることをあれは知らない、とぼやいていた。

「ご苦労されているのですね、船長」
「我が家の妻もなかなかに気丈でしてな。まあ、そんなことにより、サラ様の罪は陛下により許されております。ご安心を」

 ご安心を、と言われてもこれじゃあアルナルドの話とあべこべだ。
 あの馬鹿、ちょっとは信じていたのに――そう知るとイライラととめどない怒りが心の奥から湧き上がる。
 このまま無関係を装って船を降りるのも悪くないけど、黙って去るにはいささかアルナルドはやり過ぎたとそんな気にもなって来た。

「でも――そうなったら私は何をすれば?」
「ハルベリー姉妹、ご存知ですか?」

 ハルベリー? それを耳にしてドキリとしたのは誰でもない、悪戯好き侍女のアイラだ。
 また何かしたの? そう問うサラの視線を受け、彼女は何もしてない無実だ、と首を振っていた。
しおりを挟む
感想 99

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

お姉ちゃん今回も我慢してくれる?

あんころもちです
恋愛
「マリィはお姉ちゃんだろ! 妹のリリィにそのおもちゃ譲りなさい!」 「マリィ君は双子の姉なんだろ? 妹のリリィが困っているなら手伝ってやれよ」 「マリィ? いやいや無理だよ。妹のリリィの方が断然可愛いから結婚するならリリィだろ〜」 私が欲しいものをお姉ちゃんが持っていたら全部貰っていた。 代わりにいらないものは全部押し付けて、お姉ちゃんにプレゼントしてあげていた。 お姉ちゃんの婚約者様も貰ったけど、お姉ちゃんは更に位の高い公爵様との婚約が決まったらしい。 ねぇねぇお姉ちゃん公爵様も私にちょうだい? お姉ちゃんなんだから何でも譲ってくれるよね?

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...