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第二章 帝国編(海上編)
爆発
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「盲点といえば盲点だったな」
「これを与えられた兵士は死ぬまでもしくは軍籍を離れるまで――その身の一部として生きることを誓いますから。その誓いは、帝国内部であればどこであろうと……」
「剣を取り上げることは免除される。あくまで、その資格を持つ身であれば、か。犯罪者ならその短刀は取り上げられてしまう。しかし、査問会ならまだ帯剣は許されるということか」
バーディーは静かにうなずいた。
「はい、殿下。左様でございます」
「つまらない秘密裏の交信探索なんてやるだけ無意味だった、ということか。どこまで伝わっているんだい?」
「ハサウェイが何をどうしたか、までは分かりません。ただ、携えておけとそう言われただけで」
「では、沈黙を」
アルナルドの号令一下、屋内が一斉に静まり返る。
部下たちが手にしていた灯りや、天井のランタンの炎を消すと、窓辺から差し込む星明りと沈黙がそこを支配していた。
重苦しさと灯りの消された室内にはバーディーがその手の平の上に捧げた短刀だけが、月明かりを浴びて美しく、紫色の燐光照り返し輝きを放っていた。
しばらく、十数分が経過しても特に何かが現れることもない。
こちらからではなにも出来ない――あちら側からの指令が無ければ何も起こらないのかと誰しも思った時だ。
「……っ、来ました」
「おおっ」
バーディーが静かに空気を切るように言葉を発した。
船長や幹部たちが小さくどよめく中、アルナルドは見た。
柄にしつらえられた宝珠が奇妙にチカチカと瞬いている。
「それか?」
「はい、殿下。しかし、こちらからは何も語れず……」
「語れない? ならどうやって。ああ、そういうことか。位置だけが伝わる……か」
「はい、左様です。それ以上のことまでは――」
どういうつくりなのだろう?
アルナルドは幹部たちや船長をふと見てみた。
緊急時の救難信号ともいえるべきもの――そんな返事が彼らから戻って来る。
「本来は司令部にしか存在を許されない調査機器がどうにかしてあの船に――空往くあれに載っているようですね」
「こちらへ」
その言葉でバーディーが側にいた衛士が彼女から短刀を受け取ると、それを士官の一人に手渡した。
刀身、その他に問題がないかを確認して、彼はそれを船長に、船長からアルナルドへと渡る間、ハルベリー姉妹の視線はそれに吸い付いついたかのように動かなかった。
自分たちの命運がこれにかかっていると思うと、人はこんな態度しか取れないのかもしれないな。
どことなく申し訳なさを感じながら、アルナルドはこんなものにこれまで翻弄されてきたのか、と嘆息する。
磨きこまれた刀身は海の上だというのに錆一つなくて、持ち主の愛国心の深さを思わせた。
「この宝珠は最初から?」
「いいえ、殿下……。宝珠は最初からですが、鞘は……」
「ああ、そう。夫からのもの、か」
バーディーがうなずいた。なるほど、大事にしてきたのだろう、これだけが自分と子供とのたった一つのつながりだと思って……。
「母親は強し、か。いま子供は帝国本土にいるのかい?」
「……はい」
「では、こうしよう。ハルベリー二等水兵。明日の空路に乗り換えの際、君は天空航路を帝国本土に戻るがいい」
「は? 殿下、それは姉では……?」
妹が伏せていた顔を上げ、アルナルドに質問する。
姉妹が割かれるのがどうやら、理解できているらしかった。
アルナルドは短刀から宝珠を外すように部下に指示すると、代わりに自分が携えていた別の短刀を下賜するようにもう一人の部下に渡した。
それはバーディーが受け取ると、先ほどのものよりもよりしっくりとその手に収まるように、彼女には感じられた。
「やれやれ、この歳で血のつながりのない孫が出来る、か。厄介なもんだ」
「は? 殿下、それはやり過ぎでは?」
「いいんだよ、船長。ハサウェイがろくでもない画策を練っているうちは、あれは陛下の駒だ。その駒から脱するには、ハサウェイが手を出せない何かにしなければ……保護にはならないのさ。バーディー・ハルベリー中空師」
「殿下、何でしょうか」
「僕はこれから天空航路経由で帝国本土に戻る。理解しているな?」
「もちろんです」
「帝都について家族の安全が確保できれば、剣を戻しに来い。それまでは――形だけでも帝室の端に名を連ねるがいい」
「しかし、殿下にはすでに婚約者が……」
「孫、と言っただろう。君は養女になるんだ、僕の、な。それ以上は勘弁しろ。アリズンに殺されそうだ」
サラには絶対に知られては――知らさなければならないだろうなあ。
陛下、戻ったらさんざん文句を言わせてもらいますからね、父上!
そう心でうめくと、アルナルドはハサウェイが残した剣を叩き折るように申し付けた。
衛士が屋外にでてそれを行ったのはすぐのことだ。
そして、刀身が折れた瞬間。
まるで打ち上げ花火でも上がったかのように、強烈な閃光と殺傷力の無い爆発音が船内に響き渡ったのだった。
「これを与えられた兵士は死ぬまでもしくは軍籍を離れるまで――その身の一部として生きることを誓いますから。その誓いは、帝国内部であればどこであろうと……」
「剣を取り上げることは免除される。あくまで、その資格を持つ身であれば、か。犯罪者ならその短刀は取り上げられてしまう。しかし、査問会ならまだ帯剣は許されるということか」
バーディーは静かにうなずいた。
「はい、殿下。左様でございます」
「つまらない秘密裏の交信探索なんてやるだけ無意味だった、ということか。どこまで伝わっているんだい?」
「ハサウェイが何をどうしたか、までは分かりません。ただ、携えておけとそう言われただけで」
「では、沈黙を」
アルナルドの号令一下、屋内が一斉に静まり返る。
部下たちが手にしていた灯りや、天井のランタンの炎を消すと、窓辺から差し込む星明りと沈黙がそこを支配していた。
重苦しさと灯りの消された室内にはバーディーがその手の平の上に捧げた短刀だけが、月明かりを浴びて美しく、紫色の燐光照り返し輝きを放っていた。
しばらく、十数分が経過しても特に何かが現れることもない。
こちらからではなにも出来ない――あちら側からの指令が無ければ何も起こらないのかと誰しも思った時だ。
「……っ、来ました」
「おおっ」
バーディーが静かに空気を切るように言葉を発した。
船長や幹部たちが小さくどよめく中、アルナルドは見た。
柄にしつらえられた宝珠が奇妙にチカチカと瞬いている。
「それか?」
「はい、殿下。しかし、こちらからは何も語れず……」
「語れない? ならどうやって。ああ、そういうことか。位置だけが伝わる……か」
「はい、左様です。それ以上のことまでは――」
どういうつくりなのだろう?
アルナルドは幹部たちや船長をふと見てみた。
緊急時の救難信号ともいえるべきもの――そんな返事が彼らから戻って来る。
「本来は司令部にしか存在を許されない調査機器がどうにかしてあの船に――空往くあれに載っているようですね」
「こちらへ」
その言葉でバーディーが側にいた衛士が彼女から短刀を受け取ると、それを士官の一人に手渡した。
刀身、その他に問題がないかを確認して、彼はそれを船長に、船長からアルナルドへと渡る間、ハルベリー姉妹の視線はそれに吸い付いついたかのように動かなかった。
自分たちの命運がこれにかかっていると思うと、人はこんな態度しか取れないのかもしれないな。
どことなく申し訳なさを感じながら、アルナルドはこんなものにこれまで翻弄されてきたのか、と嘆息する。
磨きこまれた刀身は海の上だというのに錆一つなくて、持ち主の愛国心の深さを思わせた。
「この宝珠は最初から?」
「いいえ、殿下……。宝珠は最初からですが、鞘は……」
「ああ、そう。夫からのもの、か」
バーディーがうなずいた。なるほど、大事にしてきたのだろう、これだけが自分と子供とのたった一つのつながりだと思って……。
「母親は強し、か。いま子供は帝国本土にいるのかい?」
「……はい」
「では、こうしよう。ハルベリー二等水兵。明日の空路に乗り換えの際、君は天空航路を帝国本土に戻るがいい」
「は? 殿下、それは姉では……?」
妹が伏せていた顔を上げ、アルナルドに質問する。
姉妹が割かれるのがどうやら、理解できているらしかった。
アルナルドは短刀から宝珠を外すように部下に指示すると、代わりに自分が携えていた別の短刀を下賜するようにもう一人の部下に渡した。
それはバーディーが受け取ると、先ほどのものよりもよりしっくりとその手に収まるように、彼女には感じられた。
「やれやれ、この歳で血のつながりのない孫が出来る、か。厄介なもんだ」
「は? 殿下、それはやり過ぎでは?」
「いいんだよ、船長。ハサウェイがろくでもない画策を練っているうちは、あれは陛下の駒だ。その駒から脱するには、ハサウェイが手を出せない何かにしなければ……保護にはならないのさ。バーディー・ハルベリー中空師」
「殿下、何でしょうか」
「僕はこれから天空航路経由で帝国本土に戻る。理解しているな?」
「もちろんです」
「帝都について家族の安全が確保できれば、剣を戻しに来い。それまでは――形だけでも帝室の端に名を連ねるがいい」
「しかし、殿下にはすでに婚約者が……」
「孫、と言っただろう。君は養女になるんだ、僕の、な。それ以上は勘弁しろ。アリズンに殺されそうだ」
サラには絶対に知られては――知らさなければならないだろうなあ。
陛下、戻ったらさんざん文句を言わせてもらいますからね、父上!
そう心でうめくと、アルナルドはハサウェイが残した剣を叩き折るように申し付けた。
衛士が屋外にでてそれを行ったのはすぐのことだ。
そして、刀身が折れた瞬間。
まるで打ち上げ花火でも上がったかのように、強烈な閃光と殺傷力の無い爆発音が船内に響き渡ったのだった。
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