41 / 105
第二章 帝国編(海上編)
母性
しおりを挟む偶然をなんどまで許せるだろう?
二度? それとも三度か?
サラを迎えるために出向を遅らせた船団に、たまたま第一王子の元恋人かなんだか知らないが関係者が乗船していた、それも二人も。
姉は自分の警護担当の士官の一人で、上級士官だ。船の航海スケジュールもある程度は把握している。
どうやって連絡を取り合った?
ハサウェイは帝国の皇族たる自分でも船と空路を乗り継ぎが必要なのに、はるかに権力の必要な飛行船を王国に向けて走らせていた。
顔の見えない帝国の有力貴族の影が見えて、アルナルドは不快だった。
しかも、こんなにタイミングよく出てくるなんて……愚かを通り越してたんなるバカだ。
皇族の前にでても自分が有利だと考えられるハサウェイの頭の中はどうなっているんだ?
「ああ……そうか」
「殿下?」
アルナルドは何かを思ってそう呟いた。
隣に座る船長が首をかしげた。
「いや、いいんだ。船長、空にはまだあれがいるのかな?」
「そうですな。報告ではつかず離れずの距離を取りながら、こちらの射程内には入らないようにしているようですが、警戒そのものが無意味ですからな」
「空にいる敵なんて誰も想像していないよ。仕方ない。貸し与えたのは誰だろうか? どう思う?」
「……飛行船そのものは、帝国――エルムド帝国の、あの大国のものでしょうが借り受けている可能性も大いにあります。誰とは一概には……」
「分かった。それはあとで考えよう。それよりも、あんなワイン程度の為にここに来るとは思えない」
座る数人の士官たちがバーディーを見、アルナルドを見て多分と同意するように顔を曇らせる。
積み荷――サラの引き渡しが本命ではないかとみんな、考えたらしい。
アルナルドは再び、バーディーに目を向けた。
「中空師。どこまでを話した? 返答次第によっては、妹と共に最後の一夜になるぞ?」
「殿下……」
「よく考えて答えるんだ。ハルベリー家の未来も含めてね」
アルナルドの残酷な問いかけに、姉は思わず妹を見やる。
妹は死の恐怖と自分の行動の愚かさがもたらした結果に怯えてしまい、姉の顔を直視できないようにアルナルドには見えた。
そして、姉は姉でハサウェイのことはどうやら知っているらしい。
当たり前と言えば当たり前だが、これで裏で両者が関わっていたことは聞かなくても理解できる。
ワインはただの口実だ。
サラの存在についてもハサウェイは確実な情報はつかんでいないのだろう。
あいつの尊大な態度の裏にあるものが何か。それがどうしても理解できない。
顔には出さないように頭を悩ませるアルナルドに、ふと一つの疑問が浮かんだ。
バーディーは、独身なのか……?、と。
「どこまでと言われましても、自分は帝国軍人として恥ずかしくないように……」
「恥ずかしくないように、機密を漏らしたのか。情けない軍人だな、ハルベリー中空師」
「いいえ、殿下。そんなことは決してございません」
「断言するのは賢くないと思うけどね、中空師」
言い当てられても動揺しないのは軍人としては素晴らしい。
その職務への忠誠心をどうしてもっと帝国に向けてくれなかったのか。
答えはそこにあるような気が、アルナルドはしていた。
皇族による尋問はふさわしくないと、バーディーの上司たちがアルナルドに代わり詰問しようとするが、少年はそれを片手で制してしまう。
時間が惜しい。
せっかく手に入れた愛する人をここで失うような真似はしたくなかった。
「ハルベリー、決してないとは言えないだろう? 実家の家族にはまだ子供もいるのかい? そう……産まれて間もないか、それとも二、三歳か。そんな子供が」
「……ッ!?」
「ようやく顔に出るようになって嬉しいよ、中空師」
「何を――なさるおつもりですか」
「保護をしてもいい」
「……保護、とは……?」
「僕の名において、君とハサウェイの子供を保護してもいい。もしくは実家の後ろ盾になってもいいかもしれない。忘れるな、ハルベリー。客人は陛下の命により帝国に行かれるお方だ。ハサウェイの受けている命令よりは重いだろうな」
「殿下……。あの人はそんなことは何も――」
「言ってないか? 聞かされてない? いや違うだろう。どうせあれも……ハサウェイも帝国からすれば単なる駒だと考えた方がいいぞ、バーディー・ハルベリー中空師。お前たち一家を救えるのは誰かを間違えるな」
ラフトクラン王国第一王子ハサウェイが君を渡せとやって来たことは知っているだろう?
そう言わなくても、これ以上の会話は必要ないようにアルナルドには思えた。
母親なら、愛した男よりも子供を優先するはずだ。
サラの母親は最後まで娘を助けようとしなかったけど――僕はそうはしたくない。
バーディーがぽつりぽつりと悔やむようにして語り始めたのを見て、アルナルドは少しだけ胸をなでおろしていた。
21
お気に入りに追加
3,478
あなたにおすすめの小説
私に代わり彼に寄り添うのは、幼馴染の女でした…一緒に居られないなら婚約破棄しましょう。
coco
恋愛
彼の婚約者は私なのに…傍に寄り添うのは、幼馴染の女!?
一緒に居られないなら、もう婚約破棄しましょう─。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
虐げられてる私のざまあ記録、ご覧になりますか?
リオール
恋愛
両親に虐げられ
姉に虐げられ
妹に虐げられ
そして婚約者にも虐げられ
公爵家が次女、ミレナは何をされてもいつも微笑んでいた。
虐げられてるのに、ひたすら耐えて笑みを絶やさない。
それをいいことに、彼女に近しい者は彼女を虐げ続けていた。
けれど彼らは知らない、誰も知らない。
彼女の笑顔の裏に隠された、彼女が抱える闇を──
そして今日も、彼女はひっそりと。
ざまあするのです。
そんな彼女の虐げざまあ記録……お読みになりますか?
=====
シリアスダークかと思わせて、そうではありません。虐げシーンはダークですが、ざまあシーンは……まあハチャメチャです。軽いのから重いのまで、スッキリ(?)ざまあ。
細かいことはあまり気にせずお読み下さい。
多分ハッピーエンド。
多分主人公だけはハッピーエンド。
あとは……
出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??
新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる