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第二章 帝国編(海上編)

母性

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 偶然をなんどまで許せるだろう?
 二度? それとも三度か?
 サラを迎えるために出向を遅らせた船団に、たまたま第一王子の元恋人かなんだか知らないが関係者が乗船していた、それも二人も。
 姉は自分の警護担当の士官の一人で、上級士官だ。船の航海スケジュールもある程度は把握している。
 どうやって連絡を取り合った?
 ハサウェイは帝国の皇族たる自分でも船と空路を乗り継ぎが必要なのに、はるかに権力の必要な飛行船を王国に向けて走らせていた。
 顔の見えない帝国の有力貴族の影が見えて、アルナルドは不快だった。
 しかも、こんなにタイミングよく出てくるなんて……愚かを通り越してたんなるバカだ。
 皇族の前にでても自分が有利だと考えられるハサウェイの頭の中はどうなっているんだ?

「ああ……そうか」
「殿下?」

 アルナルドは何かを思ってそう呟いた。
 隣に座る船長が首をかしげた。
 
「いや、いいんだ。船長、空にはまだあれがいるのかな?」
「そうですな。報告ではつかず離れずの距離を取りながら、こちらの射程内には入らないようにしているようですが、警戒そのものが無意味ですからな」
「空にいる敵なんて誰も想像していないよ。仕方ない。貸し与えたのは誰だろうか? どう思う?」
「……飛行船そのものは、帝国――エルムド帝国の、あの大国のものでしょうが借り受けている可能性も大いにあります。誰とは一概には……」
「分かった。それはあとで考えよう。それよりも、あんなワイン程度の為にここに来るとは思えない」

 座る数人の士官たちがバーディーを見、アルナルドを見て多分と同意するように顔を曇らせる。
 積み荷――サラの引き渡しが本命ではないかとみんな、考えたらしい。
 アルナルドは再び、バーディーに目を向けた。

「中空師。どこまでを話した? 返答次第によっては、妹と共に最後の一夜になるぞ?」
「殿下……」
「よく考えて答えるんだ。ハルベリー家の未来も含めてね」

 アルナルドの残酷な問いかけに、姉は思わず妹を見やる。
 妹は死の恐怖と自分の行動の愚かさがもたらした結果に怯えてしまい、姉の顔を直視できないようにアルナルドには見えた。
 そして、姉は姉でハサウェイのことはどうやら知っているらしい。
 当たり前と言えば当たり前だが、これで裏で両者が関わっていたことは聞かなくても理解できる。
 ワインはただの口実だ。
 サラの存在についてもハサウェイは確実な情報はつかんでいないのだろう。
 あいつの尊大な態度の裏にあるものが何か。それがどうしても理解できない。
 顔には出さないように頭を悩ませるアルナルドに、ふと一つの疑問が浮かんだ。
 バーディーは、独身なのか……?、と。
 
「どこまでと言われましても、自分は帝国軍人として恥ずかしくないように……」
「恥ずかしくないように、機密を漏らしたのか。情けない軍人だな、ハルベリー中空師」
「いいえ、殿下。そんなことは決してございません」
「断言するのは賢くないと思うけどね、中空師」

 言い当てられても動揺しないのは軍人としては素晴らしい。
 その職務への忠誠心をどうしてもっと帝国に向けてくれなかったのか。
 答えはそこにあるような気が、アルナルドはしていた。
 皇族による尋問はふさわしくないと、バーディーの上司たちがアルナルドに代わり詰問しようとするが、少年はそれを片手で制してしまう。
 時間が惜しい。
 せっかく手に入れた愛する人をここで失うような真似はしたくなかった。

「ハルベリー、決してないとは言えないだろう? 実家の家族にはまだ子供もいるのかい? そう……産まれて間もないか、それとも二、三歳か。そんな子供が」
「……ッ!?」
「ようやく顔に出るようになって嬉しいよ、中空師」
「何を――なさるおつもりですか」
「保護をしてもいい」
「……保護、とは……?」
「僕の名において、君とハサウェイの子供を保護してもいい。もしくは実家の後ろ盾になってもいいかもしれない。忘れるな、ハルベリー。客人は陛下の命により帝国に行かれるお方だ。ハサウェイの受けている命令よりは重いだろうな」
「殿下……。あの人はそんなことは何も――」
「言ってないか? 聞かされてない? いや違うだろう。どうせあれも……ハサウェイも帝国からすれば単なる駒だと考えた方がいいぞ、バーディー・ハルベリー中空師。お前たち一家を救えるのは誰かを間違えるな」

 ラフトクラン王国第一王子ハサウェイが君を渡せとやって来たことは知っているだろう? 
 そう言わなくても、これ以上の会話は必要ないようにアルナルドには思えた。
 母親なら、愛した男よりも子供を優先するはずだ。
 サラの母親は最後まで娘を助けようとしなかったけど――僕はそうはしたくない。
 バーディーがぽつりぽつりと悔やむようにして語り始めたのを見て、アルナルドは少しだけ胸をなでおろしていた。
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