殿下、婚約者の私より幼馴染の侯爵令嬢が大事だと言うなら、それはもはや浮気です。

和泉鷹央

文字の大きさ
上 下
37 / 105
第二章 帝国編(海上編)

逃亡前夜

しおりを挟む
「アイラ? エイル? これはどういうことか説明しなさい」

 命じても集まらないのは仕方がない?
 そんなことを許していては何も始まらないじゃない。
 あいまいな言い訳とともに御前に行けませんと返事を寄越したバーディー・ハルベリー中空師。
 彼だけならともかく、その妹まで来れないというなんて。
 サラは朝から微妙な不機嫌を保ち続けてきて、そろそろ我慢の限界だった。

「はい、お嬢様。これはアイラの問題かと」
「お姉様!?」
「そうね、エイルの言うとおり、アイラの問題だと思うけど、まあ――いいわ。あの兄妹揃ってこの部屋に来れないとはどういうこと?」

 それは、と姉妹は顔を見合わせて困った顔をした。
 どうやら言いづらい内容らしい。
 サラが受け取った返事は、任務にて、というものだった。
 アイラが言いなさいよ、とエイルにせかされ、妹はおずおずと口を開いた。

「その――次に航路に乗り換える王国の港は、その国土から少しばかり離れた島にあるらしくて、ですね」
「それで?」
「飛行船に乗り換えるものですから、それの手配と物資の補給にだとか」
「アルナルドには話を通していたのに?」
「……殿下は、そちらを優先するようにと」
「本当に?」

 侍女たちの目は語っていた。
 それは違う、と。
 サラはなんとなく背後に別の思惑があることを察する。
 つまり、アルナルドの意思を越える誰かがこの船にはいる、ということだろう。
 もしくは、彼の権限を代行した誰かがいるか。

「お嬢様。しばらくは、その――帝国に着くまでは静かになさったほうがいいかもしれません」
「そうみたいね。……私は都合のいい取引の道具といったところかしら?」
「そこまでは分かりかねますが……どうなのお姉様?」

 アイラの問いかけにエイルは顔を曇らせた。
 王国も帝国も、四方にはまだまだ敵がたくさんいるようだ。
 こんな海の上にいたんじゃ、逃げることもできない、か。
 自分は自由を拘束された身なのだと、サラは納得する。

「アルナルドはこの船にはまだいるのかしら? エイル?」
「まだいらっしゃるようです、お嬢様。でも、よい状況ではないかもしれません」
「どうしようかしらね?」
「船を替える際に、別方向に移動することは出来るかもしれませんね。でも……」
「それだと、どうなりそう?」
「アルナルド様をあきらめることになるのでは?」
「……彼には帝国のお姫様がいるでしょ?」
「お嬢様? 大魚を逃がすのですか?」
「エイル……。魚はもういいのよ。それに王国のレイニーを釣り上げてからどうにも運が逃げていった気がするのよ、どう思うかしら?」

 黒と赤の毛並みをした侍女たちは、まるで猟犬のように面白そうに笑っていた。

「なら、サラはどうしたいの?」
「私は取り戻したいわ、アイラは?」
「お姉様とお嬢様に従います。どうせ、あたしは最後まで損をする役割ですから」

 どの口が言うのよ? サラとエイルは口をそろえてアイラをにらみつけた。
 あたしは悪くない! そう叫ぶアイラに先に口を開いたのはやはりサラだった。

「そう、まあいいわよ。こうなったきっかけはアイラだし、何より――その口の軽さが今回はいい結果になるかも、ね?」
「……ひどいですわ、お嬢様」
「いいから、これから何をするか考えて行動しなさい。航路を継続するにしても、空路に移動するにしても、もう……アルナルドは頼れないし。頼れるのはあれだけじゃないの?」
「金貨です、か」
「そう。現金ではないけど――でも、紙って便利ね?」

 そう言いながら、サラは数枚持ち込んだ絵画を指で示した。
 裏側には帝国内であればどこでも換金できる証書が入っている。
 それが最後まで自分たちを救うはず。
 やっぱりじいやの先を見通す眼は確かだったわね。
 アルナルドももう少し自分に厳しくあって欲しかったけど、逃げる女ばかりじゃつまらない。

「ではお嬢様。島につけば移動しますか?」
「目立たない姿でね、アイラはどこまでもドジだから」
「……ええ、かしこまりました」

 いい逃亡先があればいいんだけどね。
 サラはそうぼやきながら、一人、この船での最後の夜を楽しむのだった。


 
しおりを挟む
感想 99

あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

新野乃花(大舟)
恋愛
ミーナとレイノーは婚約関係にあった。しかし、ミーナよりも他の女性に目移りしてしまったレイノーは、ためらうこともなくミーナの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたレイノーであったものの、後に全く同じ言葉をミーナから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

[完結]婚約破棄したいので愛など今更、結構です

シマ
恋愛
私はリリーナ・アインシュタインは、皇太子の婚約者ですが、皇太子アイザック様は他にもお好きな方がいるようです。 人前でキスするくらいお好きな様ですし、婚約破棄して頂けますか? え?勘違い?私の事を愛してる?そんなの今更、結構です。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

処理中です...